春を追ってキミに会いに行く~田舎が結ぶ、幼馴染の物語
斜陽
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「…やることねえなあ」
そう呟いて青木瑛人(あおきえいと)は縁側に寝転がった。
今は3月半ば。地元の大学に進学することも無事決まった。そして高校の卒業式を1週間後に控えた高3と大学1年の狭間の今、人生で最も暇を持て余す時期と言っても過言ではない。
瑛人は18年間を共にしてきた雲一つない青空を見上げる。
高い建物もなければコンビニも30分歩かないと存在しない。だからこそ青空が映えるのだ。
「…なーんでこんな田舎なんだろうなあ」
どうしようもない田舎。瑛人の地元を形容するにはこの言葉しかなかった。
…ただ、いつもは静かなこの田舎町が今日は「あるイベント」があるからか、少々賑やかだった。
「よっエート!今日も暇そうにしてんねえ」
縁側の下からひょこっと顔を出すのは親友というか悪友というか、瑛人が小学校からの付き合いの亮介(りょうすけ)だった。
「悪かったな…つーかどこから入ってきてるんだよ」
このパーソナルスペースの狭さ、というか壁のなさが田舎特有のものだ。庭から出てくるのならともかく、縁側の下から出てくるというのは田舎どうこうの問題ではないと思う瑛人だったが。
「わりぃわりぃ。今日もゴロゴロしてんなあって思って。よほどやることないのかなって思ってね!」
「悪かったな…お前に言われなくったってんなこと分かってらあ…」
瑛人はそう不貞腐れた後、おもむろに部屋の中に飾ってある写真立てを見た。
何の写真だったっけ…そう考えて手に取ると、急に全ての視界が開けたように、忘れかけていた全てを思い出した。
「おっ、懐かしいねえこの写真」
写真に写っているのは瑛人と亮介、そして一人の女の子だった。
この村で年2回開かれる大きなお祭りの写真だった。浴衣を着た3人が大きく写っている。
いや、正確には写真の手前ではその女の子と瑛人がりんご飴の取り合いをしていて、亮介は後ろでそれを笑いながら見守っている。
「小春…懐かしいなあ」
その女の子の名前は小春(こはる)。幼い頃は小春と瑛人、亮介の3人で日が暮れるまで遊んだものだった。
家の裏山ではぐれちゃって、夜遅くになって3人で泣きべそかきながら帰ってきた時、それぞれのお母さんお父さんにこっぴどく怒られたのも今ではいい思い出だ。
そんな3人も今年で高校卒業だ。時の流れは早くもあり、それは時に残酷だ。
瑛人と亮介は同じ高校だから今でも面識はあるが、小春は中学で少し離れた町の高校に進学した関係でかれこれ3年近く顔すら見ていなかった。
「なあ…リョウは卒業したら働くんだよな?」
「そ。親父の工場継がないと跡取りもろくにいないしね!どうせやることもないしちょうどいいよ」
「そっか…」
高校卒業して社会出る人もいるのに、やることもなく惰性で大学に行く自分に少し嫌気がさした瞬間だった。
思えば昔からそうだったなあ…どことなく無気力で内気で、でも変なプライドだけはあって…
「ハル、今ごろ何してるんだろうなあ」
あんなに毎日遊んでいたのに、離れる時は一瞬で離れてしまうんだよなあ。
そう考えて再び写真立てに目を戻したその瞬間だった。
「ここにいるよっ」
聞き馴染みのある声だった。女子にしては少し低い声。3年前までは毎日聞いていて、今も脳内に残り続けるその声の主は…
「ハル!!!!」
縁側でダラダラしていた俺と亮介が跳ね起きた瞬間だった。
「お久しぶりっ」
「にしても久々だな。何年振り?」
「うーん中学卒業してからだから3年振りくらいかな」
中学までは一貫してショートボブだった小春の髪型は知らないうちに肩までかかるくらい伸びていて、その長い髪を下ろしている小春は今までとのギャップもあってか、なんだかすごく大人に見えた。
「だって2人とも連絡くれないんだもん!全く薄情だよねえ」
「別にお前が連絡くれたっていいだろ別に」
小春の外見は3年前の記憶からはかなりアップデートされていたが、田舎育ちのぶっきらぼうでサバサバしてる感じや、仕草は3年前までと全く変わってなかった。
「で、なんで急に戻ってきたんだよ」
そんな小春に瑛人はもっともな疑問をぶつけた。今までも学校は違っただけで家の距離は近いままなのだから、この3年でいくらでも会えた日はあっただろうに。
ハルももしかして、大学に進学するからこの時期やることないのだろうか。
「実はね、みんなで行きたいところがあってさ」
「行きたいところ?」
瑛人と亮介はそのセリフでシンクロした。
「あははっ。やっぱ2人は変わってないねえ、そういう思ってることが一緒なところ」
「うるせえやい」
「お祭り行こ!お祭り」
「はあ?」
予想外の一言に瑛人も亮介も驚く。ただ、すぐにそういえば今日はお祭りだったか…そう気持ちに切り替わっていた。
中学、高校と大人になっていくにつれてお祭りの存在感がどんどん薄れていくのを肌で感じていた。小学生の頃はあんなに毎回楽しみにしていたのに。
この村のお祭りは年2回開かれる。1回は全国恒例、8月の夏祭りだ。
だがこの村が真に力を入れているのは3月の「春祭り」だ。
この村では少し有名な梅の木が、ちょうど実をつける時期に合わせて祭りが開かれる。祭りの最後には花火が上がるが、その花火を村の高台から見たカップルは結ばれるって言い伝えが残っている。
…何もない村なのに、そう伝承だけは一丁前にあるんだから…そう呆れかけた瞬間だった。
ハルに久しぶりにあって、久しぶりにこの祭りのことを思い出して、小学校の時3人で行った「あの日」のことがフラッシュバックしてきた。
…だけど、完璧には思い出せない。あの時俺はりんご飴をハルに奪われて…それを取り返そうとして…そこからが…思い出せない…!!
「ってわけでさ、祭り行こ!祭り」
瑛人は我に返った。目の前には俺の手を無理やり引く小春がいたのだ。俺は涼しい縁側から日光の当たる庭に引っ張り出される。
「いいけどさ、祭りって夜からだぞ!?今みんな準備してる最中だし行っても何もないじゃん…」
「いいのいいの!私が行きたいから行く、ただそれだけ!ほらリョウも行くよ!」
「俺は…いいかな」
一瞬3人を流れる空気が止まった。
のどかに時が流れる田舎の村を、冷たい空気が切り裂いたようだった。
「…いいかなって何で…お前祭り好きだったじゃん。あの時みたいに3人で…」
「ちょっと午後は工場行かなきゃいけないんだ。まだ一応学生だけど、来年度からはここで働くんだから即戦力になれるよう鍛えてやる!って親父がうるさくてさ」
小春は少し俯いたが、すぐにまたいつもの笑顔になってこう言った。
「そ、残念…じゃ次の8月ね!」
「…リョウも大変だな」
瑛人と小春はゆっくりと村唯一の神社に至る階段を歩いていた。
祭りは神社の境内で行われる。思い返せば現地に赴くのは8年ぶりくらいだが、昔お世話になったりんご飴屋のおっちゃん、元気にしてるかなあ…
「ね!ハチはまだ学生?」
ハチと言うのは瑛人のあだ名だった。名前が瑛人、数字のエイトだから、ハチ。それ以上でもそれ以下でもないし、そもそもこう呼ぶのは小春だけだった。
「うん。親が大学は行っとけって言うからお言葉に甘えて。その辺の大学だけど」
瑛人が進学する大学は村の隣町の大学だ。村の中心から大学行きのバスが出ているため、自宅から通える唯一の大学、というだけで進学を決めた。
「いーじゃん大学!…そっかあ、ハチも大学生かあ」
「そういうハルはどうなんd…」
「ねえ見て見て!もう屋台がいっぱい!!」
瑛人のその言葉を振り切るかのように、小春は叫んだ。
まるでその質問が、小春には都合が悪いかのように。
「お、おう…」
色々不自然な点はあるが、確かに久しぶりに見た屋台の光景は荘厳だった。
この祭りのために中央には櫓がこしらえられ、境内はたくさんののぼり、髪飾りで彩られていて今どき珍しいぐらいの「お祭り感」だった。
屋台はほぼ準備完了なものから今まさに組み立てている最中のものもあり、これから始まる祭りの、第一話を見ているようだ。
「いやあ来てよかったなあ…すっごい階段上るから行こうか迷ったんだけどさ!」
「いや来てよかったって早すぎだって…そもそも祭り始まるの夜だぞ?」
ふと小春の顔を見た。
なんだか見たことないような笑顔をしていた。
…あれ、この顔本当に見たことないか?
…いつかのお祭りの時も、こんな顔していたような。
「…あれ、もしかして小春ちゃんと瑛人くん?」
瑛人が小春の顔を見て物思いに耽り始めたその時だった。背後から記憶にない声が耳に入ってきた。小春の声の時とは違う。記憶にありそうでない声。
ただ、振り返ると全てを思い出した。
思わず瑛人と小春は同じ顔をして、同じ声のトーンで、同じ言葉を発していた。
「…りんご飴のおっちゃん!!!」
「…はは、いつまでも仲いいねえ君たち」
「おっちゃん元気してましたか?」
「そりゃあ見ての通りピンピンよ!お祭りにりんご飴の屋台を出し始めて35年!ワシが死ぬか、りんご飴が滅びるか、どっちが先かって感じよ!」
「そりゃ言い過ぎだろ…」
たわいもない会話をしつつ、瑛人はほっとしていた。
自分は8年経って背丈、外見、そして性格もかなり変わった気がするが、自分が思っているよりこの村は変わってないらしい。
むしろ変わらないからこそ田舎なのだ。そして瑛人はこの村がなんだかんだ好きだった。
「にしても、2人ともずいぶん大きくなったもんだなあ。8年も経つと変わるもんだねえ」
「そんな親戚のおばちゃんみたいなこと言わないでよ!」
「そこはせめておじちゃんだろ!?」
そしてこの会話のくだらなさも8年前と一緒だ。
姿形は変わっているかもしれないが、8年も経って変わらない学生などいない。
唯一変わったことと言えば…
「昔はりんご飴取り合うくらい喧嘩してたのにねえ…」
2人の関係、なのかもしれない。8年どころか、会わなくなった3年で、お互いに伝えたいことが、うまく伝えられなくなっている。
そんな気がする。
「親御さんからもらったお小遣いじゃ1個しか買えなくて、それでちょっと言い合いになって…おっちゃんもう1個ぐらいサービスするって言ったのにそれはいいって、2人とも変なところで頑固だったのが面白くて」
小春は微笑んだ。
「…おっちゃん会えて嬉しかったよ!じゃ、また!」
小春は「さっさと行くぞ」と言わんばかりに瑛人の方をバンバンと叩く。何もそんな叩かなくても、と思うが。
「…あれ、もう行っちゃうのかい?」
「悪いけど私、急いでるんで!」
「ちょっと歩くの早くねえか?」
りんご飴屋の親父と別れた後、小春の足取りは一層速くなっていた。
神社に来る際に上ってきた階段よりもさらに険しい階段を上がっていく。
瑛人はこの階段を上った先に何があるのか、全て知っていた。
なぜなら1回、行ったことがあるから。
いや、瑛人が知っているんじゃない。村の人間なら皆知っている場所だった。
村全体を一望できる場所。そして絶景の花火スポット、
ーーーー高台だった。
「ねーハチ見て!!すっごいいい景色!」
瑛人はそう言われて、手すりに捕まりながら恐る恐る下の景色を見る。極度の高所恐怖所なため、手放しで楽しめない自分しかいなかった。
「す、すごいいい景色だな」
「もーそんなこと思ってない癖に!!」
小春はそう笑いながら「何言ってんのよ」と言わんばかりに瑛人の背中をドンと叩いた。
「落ちる落ちる!!」
「もうそんなんで落ちるわけないでしょ~?」
瑛人は恐怖のあまり5mぐらい後ずさりしてしまった。
そんな瑛人をからかうように小春はケラケラ笑ったが、すぐにおちゃらけモードは影をひそめた。
「…懐かしいね。ここ」
覚えている。はっきりと。
あの8年前のお祭りの時りんご飴の取り合いになって、「あげないよ~」と逃げた小春と、それを追う俺が最終的にたどり着いた場所がここだった。
あの時ここにたどり着いて、その時交わした会話を必死に思い出す。
「ねえ、ハチ!あたしになんか言うことない?」
「…はあ?そんなんねえよ!」
「…そんな照れてないでさ!ほんとは何か言うこと、あるでしょ?」
「んだよそんなんねえって!1つあるとしたら…」
「りんご飴、返せよ!」
「…そうなんだ。」
「は?花火の音でよく聞こえねえよ!言いたいことあるなら…」
「私より、りんご飴の方が大事なんだ!!」
小春はそう言い捨てると、りんご飴だけ瑛人に押し付けて、顔を見せないまま走り去ってしまった。
「これで満足なんでしょ!?じゃあね!!」
あの時と同じ構図だった。
「ねえハチ。なんか言うことない?私に」
なのに、緊張して言葉が出てこなくて。
昔から照れ屋で引っ込み思案で、言いたいことも周りの目を気にして自分の本心を口に出せない、そんなどうしようもない性格だった。
そしてそれは今も変わってなかった。
「…いい眺めだな!夜来るのもいいけど、天気のいい日に見下ろすこの景色も最高だな!」
「…そう」
小春はそう呟くと、俯いたまま瑛人の前を走り去ってしまった。
「じゃあね。ハチ」
…瑛人はその場にへたりこんだ。
ああ、あの時と同じだ。
こうなることは分かっていたのにーーー
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