第4話

「マミ、あんた。まさかだけど、うちの弟と付き合ってるの?」

「分からない。でも、今は付き合ってる」

「それ、どういうこと?」と私は眉をひそめる。弟は下にお菓子とかを取りに行っているから、今私の部屋にはマミと私の二人しかいない。「マミ、あいつのことが好きなの?」

「すき」彼女はその言葉をまるで異国の言語のように口に含んだ。「分からない」

「あなた、付き合うことって、どういう意味か、知ってる?」

「知ってる」彼女は無表情に頷いた。「用事とか、買い物に同伴する、こと」

「違うよ。この場合で言う、付き合うっているのはね」私はため息をついた。なんで私がこんなこと言わなくちゃいけないの、と思った。「恋人になるってことなの」

「恋人……。私とカオリが?」

「ち、違うわ。あんたとうちの弟が」

「そうなの」

「そうなのって、あんた分かってんの? 知らないけど、あいつ多分本気だよ。断るんだったら、今だから」

「カオリは、私に断ってほしいの」

「べ、別にそういうわけじゃないけど………」

「カオリは、どうしてほしいの」

「……それは」

「本当に、私が断って、いいの?」

「え……?」

 一瞬、空気がひんやりと変わった気がした。

「私が、断ったら」

 その時だった。彼女の声が、ノイズ混じりに揺れた。

 彼女は首を傾げて、感情が全く読み取れない虚ろな目で私を見てくる。

「カオリハ……、ドウシテ、ホシイ、ノ」

「……や、やだ。やめて」


 ガチャン。

 胸が鷲掴みにされるような不安に限界を感じた時、扉が開けられた。

「おまったせ~。お菓子の盛り合わせと、ジュースです! お姉ちゃんはダイエット習慣だから、お茶しか持ってきていません!」

 どこから集めてきたのだろうか。

 机の上にはドンっと色とりどりのお菓子が入った皿が置かれる。

 そのお菓子の山を見て、私はふと思う。恐る恐る彼女のことを見る。「マミ?」

「カオリ。どうしたの?」

 そういって私のベットに座っている彼女は、もう普通のマミだった。

 私は胸をなでおろした。さっきのは、きっと夢だ。そう思うことにした。

「あんた、食べれるの?」

「分からない」マミは何かを考え込む。「でも、私に食べ物を消化するユニットは搭載されていない。あと私の名前は、マミ。忘れないで」

「悪かったわよ。マミ」

「えええ、マミさん食べられないの!? せっかく持ってきたのに」

 マミは弟の顔を見ると、首を横に振った。

「だべられないわけじゃない。でもどうなるかは、分からない。でも食べてみることはできる」

「マミ、別に無理して食べなくてもいいから」

 私はそういうと、ひょいっとスナックを一つとって口に運んだ。

「あー、それマミさん用なんだけど」

「こんなあるんだから、一つくらいいいでしょ」

 そういって私はポッキーの袋を一つ破いた。

「カオリ。ショウセツは、進んでる?」

 お菓子を食べていると、突然マミが訊いてきた。

「え……、ああ。小説ね。そ、それがね。最近あんま思うように進んでないんだ」

「そうなの? どうして」

「どうして……、どうしてだろう」

「カオリの小説。とてもよかった」

 その台詞に私はデジャブを感じた。

 苦い記憶が、喉元に蘇ってくる。

「……マミ。あの時は、ごめん」

「どうして?」

「マミが小説書くの諦めろとか、酷い事言っちゃったよね、私」

「問題ない」

「いやもんだいあるの! だからそれはごめん」

「カオリは謝ってくれた。だから問題ない。あの続き、読みたい」

「あの時から何にも進んでないの。むしろ後退してるかも」

「こうたい?」

「うーん」私は頬をかきながら、苦笑いした。「実はバッサリ消しちゃったんだよね」

 マミは目を丸くした。「どうして」

「なんか、気持ち悪かったの。私に合ってないなって思っちゃって。それで……」

「カオリに合っていない?」

「んーなんていうんだろ。あれはもう小説として成り立っていないというか……、なんというか……、なんかもう修正が効かない領域だった、と言えばいいのかな……。まあとにかく消しちゃった」

「そうなの。そんなこと、なかったのに」

「これは多分、私にしか分からない。でもあの小説は、もう駄目だった。だから、もし書くんだったら、新しいの」

「そう……」マミは寂しそうに頷いた。

「なら、私も書く。カオリのために」

「私のために? どうして」

「分からない」マミは視線を落とした。「でも、カオリは私のショウセツを必要としていることが、今、分かった。カオリには新しい刺激が必要。だから完成したら、受け取ってくれる?」

 私は少し驚かされた。「え、ええ。もちろん。マミのショウセツ、私も読んでみたいから」

「よかった」マミは安心したように頷いた。「じゃあ、私。頑張る」

「ところで、マミはいつになったら学校に来るの?」

「明日」マミは私に顔を向けた。「行く」

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