第3話
結局、高坂マミは期末試験中、一回も学校に現れなかった。
それとなく先生に訊いたら、研究施設にいったん戻っているらしい。
だから、あの部室で会って以来、彼女の顔は見ていない。
私は枕に頬杖をついて、塗り絵みたいに鮮やかな青空をぼーっと眺めた。
「姉ちゃん、最近なんか楽しそうだよね。彼女でもできた?」
「……は?」
私はびっくりして体を起こした。いつの間にか私の回転椅子には弟が座っていた。
「あんたいつの間にッ……。てか彼女って何!? 作るんだったら彼氏!」
「たよーせー」
「うるさい」適当にあしらって、私は再びベットに身を沈めた。「お子ちゃまは早く帰れ」
「まあ、僕は彼女出来たんだけどね」
「あっそう……。っては? 誰!?」
「すっごく可愛くて、お姉ちゃんと同じくらい美人な人。お姉ちゃんと同じ匂いがする人」
「………あっそう。ま、好きにすれば」
「今度、家に連れてくるんだ」
さも当たり前のようなその問題発言に、私は飛び起きた。
「だめよ!!! それは絶対ダメ禁止。もし連れてきたらお母さんに言うから!!!」
「どうして?」
「そ、それは………」私は上手く言葉がでてこなくて、黙り込む。
「ま、とにかく禁止なものは禁止だから。女の子を家に連れ込むのは中学生のお子ちゃまにはまだ早いの! 以上! 分かったら自分の部屋に帰れ!」
「もう約束しちゃったんだけどな」
「………いつ」
「今日」
「は? 嘘でしょ…」
ピンポーン。
その時、待ち構えていたように、けたたましくインターホンの音が鳴り響いた。
「あっ、来た」
「え、えええええ。嘘でしょ……。私、ここに居ない方がいいの?」
「ううん。お姉ちゃんにも紹介したいんだ。言ったでしょ。お姉ちゃんと同じ匂いがする人だって」
「………どうなっても知らないから」
そうやって私は弟に連れられて一階に降りた。
玄関の扉の曇りグラスから、ぼんやりと、でも確かに外に誰かが立っていることは分かる。
何か、気味が悪かった。なぜか分からないけど、お腹の当たりが気持ち悪くなってくる。
「はいはい待ってくださいね~」
弟は玄関の段差を降りると、スルッとサンダルに足を滑らせた。
呼吸が苦しくなって、私は身動きが取れなくなっていく。
弟は、つま先をトントン叩いて、扉に近づいていく。
嫌な汗が全身からあふれ出し、耳の血管が破裂しそうなくらいドクドク言っている。
なんなのよ、これ―――。
出所不明で、意味不明な感情。
扉がスローモーションに、私の前に開かれていった。
誰かの白い足が見えた。
その時、なぜか視界が一瞬ぶれた。
夢見心地のような弟が扉に手をかけて、ガチャリと扉は開いた。
「いらっしゃい~」
「こんにちは。よろしくお願いします」
聞き覚えのある声。ちょっと不自然な、その日本語。どこか機械のような、立ち姿。
私は目を剥いた。
だってそこに立っていたのは―――。
「マミ!?」
彼女は仕掛け人形のように首の関節を動かすと、私の姿を捉えた。
「カオリ」
ほんの少し表情が、変わったことに私は酷く安堵する。
彼女が、怖かった。
なぜだかは、分からない。
ただ恐ろしかった。
彼女に、自分の体が、圧倒されそうだった。
「……え?」私たちの中間に立った弟が、私たちの顔を交互に見る。「お姉ちゃんとマミさんって知り合い?」
うん、と私は頷いた。「だって。同じ、クラスメート、だもん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます