第10話

「んっ――うぅ……」

「はい動かないでくださいね〜」


 あれから私は、アビスに運ばれ、魔王城内の病室にやってきた。

 浅くはあったものの、切られた範囲が大きく、回復薬をかけてもらうことになった。


「痛っ――」

「はい、動かない」

「ご……ごめんなさい……」


 あの直後は、アドレナリンが出ていたから、痛みはあまり感じなかったが、こうして落ち着くと、徐々に痛みがやって来る。

 回復薬は、すぐに傷口が塞がるものの、傷口に染みるから苦手だ。


「はい手当完了。傷は塞がったけど、今日一日はゆっくりしてないとダメよ」

「は、はい……」

「イルミナ! 無事か!?」

「ひゃっ!? アビス! まだ入ってくるな!」


 そう、私は背中の傷口に回復薬をかけるため、上の服を脱いでいる。

 私は急いで胸を隠して、アビスに叫んだ。


「す、すまん!」

「もう――」


 そうして治療を終えた私は、服を着替える。

 前着ていたものは、背中が切り裂かれて、血も着いてしまったから、綺麗に洗って縫ってくれるらしい。

 同じ衣服は何着も支給されていたから、私は新しい衣服に着替えて病室を出た。


 廊下に出ると、アビスが腕を組んで待っていた。


「イルミナ! 大丈夫だったか?」


 アビスが心配そうな目をしながら私を見つめて言う。


「あぁ、あの程度の傷、どうということはない」

「そうか、良かった」

「……その、色々と迷惑をかけてしまったな。申し訳ない……」


 私はアビスに深く頭を下げた。

 本来なら、あんな3人に攻撃をもらうなどあってはならない。

 私はこれから、アビスを狙うさらなる脅威と戦うことになるかもしれないのだから……。


「ふっ。気にするな。イルミナが無事だっただけで、私は嬉しい」

「……そうか」

「とにかく、皆が控え室で待っている。一度皆のところに戻ろう」


 そうして私たちは、護衛控え室に向かった。


 控え室に向かう途中で、私は一つ気になったことをアビスに尋ねる。


「アビス、ところであの3人は、あの後どうなったのだ?」

「あぁ、あいつらは、あの後来た衛兵に捕まって、今は事情聴取を受けている。理由によっては全員牢獄行きだ」

「――悪魔族というのは、あんな奴らが多いのか?」

「あぁ……それについては、また後で話そう」

「分かった……」




 もう日が暮れて、空がオレンジ色に染まった頃。

 私たちは護衛控え室にやってきた。


「イルミナ〜おかえり〜!」


 扉を開けると、トクシーが私を抱きしめた。


「イルミナ! 大丈夫だった!?」

「そっか! イルミナ怪我してるのか! 大丈夫?」

「う……うん平気。切られるのなんか慣れてるから」


 正直、ここまで色々な人に心配されたのは初めてだ。

 聖騎士時代は、皆が怪我をするのは当たり前だった上、他人の心配をするほど余裕がなかったため、誰も心配してはいけなかったし、誰からも心配されなかった。

 だから、こうして皆に心配されるのが、どこか新鮮で、少し嬉しかった。


「慣れてるって言ったって、痛えもんは痛えだろ」

「ま、まぁ――」

「無理しちゃダメだよ! イルミナはいつも無茶しちゃうんだから」

「うん……気をつけるよ……」

「ゔゔん」


 すると、私たちが話している中、アビスが少し咳払いをして話した。


「ところでお前たち、この後少し時間は空いているか?」

「まぁ、午前中はちょっと訓練して、午後はお喋りしてただけなので……」

「それは言わなくていいの!」

「そうか、良かった。この後少し会議をしたくてな。会議室に来てもらえるか?」


 何やらアビスは真剣な顔をしている。

 きっと、重要な話なのだろう。


 私たちは護衛控え室を出て、アビスとともに会議室に向かった。



 

 会議室には、横長の大きな机と、20人分ほどの椅子があった。

 

 まぁ今回の会議は私たちだけのようだから、使うのは手前の6席分だけだが……。


 全員が席に着いたところで、アビスが話を始める。


「皆、夕食前に会議に呼んでしまってすまない」


 いつもはふざけたり、遊んだりしている皆も、この時は真剣にアビスの話を聞いている。


「今回皆を呼んだのは、他でもない、悪魔族についてだ。もう全員知っているとは思うが、先ほど、王都商業区の市場で、悪魔族の男3人が事件を起こした。今年に入ってもう3件目だ」

「その、1件目と2件目というのは、どんな事件だったのだ?」

「あぁ、1件目は子供の誘拐。2件目は今回と同じく住民への暴行。どちらもこの街の安全を脅かすものだ」

「悪魔族め……魔王様に手を出したらただじゃおかねえぞ」

「まぁそう怒るなセヴァー。どちらの事件も、優秀なお前たちのおかげでなんとか事は収まった」


 セヴァーは貧乏ゆすりをしながら、人一倍怒りに満ちていた。


「……ところで、今回の話っていうのは?」

「あぁ、悪魔族による事件は、今回の事件で3件目。悪魔族には、しっかりこのことを伝えなければならない。そこで、近々悪魔族の幹部と話をすることになっているのだが、護衛としてお前たちの中から2人、一緒に来てもらいたい」


 すると、セヴァーが勢いよく手を挙げた。


「はい! じゃあ俺行きますよ!」

「あぁすまない。私と一緒に来てもらう護衛は、こちらで既に決めている。すまないが、今回セヴァーは留守番していてくれ」


 それを聞いたセヴァーが、勢いよく立ち上がる。

 

「なんでなんですか魔王様! 相手は悪魔族ですよ!? 相手が魔王様に手を出す可能性だって――」

「あぁ、その可能性が高いだろう。だが、お前だったらその瞬間、そこにいる奴らを皆殺しにしてしまうだろう。なるべく面倒事は避けたい」

「分かりましたよ……」


 アビスの説明を受けて、セヴァーは大人しく席に着いた。


「それで、今回来てもらう2名なんだが、ランスとイルミナ、来てくれるか?」

「もちろん、お供いたします」

「イルミナはどうだ?」

「――もちろん良いのだが、私で良いのか?」


 正直、私は少し不安だった。

 あんな3人を相手しても、背中を大きく切り裂かれてしまうほど。

 次に相手をする敵は、きっとさらに上の力の持ち主だろう。

 こんな私で、アビスを守れるのだろうか――と。

 

「あぁ、イルミナは戦闘者としては一流だが、護衛としては新人だからな。色々と経験を積んでおく必要があるだろう?」

「そうだな……」

「……おそらくイルミナは、敵がさらに強くなれば、自分が魔王を守れないのではと心配しているのだろう?」

「うっ――」

「ふっ。心配することはない。もうお前は、聖騎士ではなく私の護衛なのだ。失敗しても誰も責めないし、引きずる必要もない。気楽に仕事に臨んでくれれば良い。最悪お前が危なくなったら、私が守るから」

「アビス……」


 アビスのそんな一言に、どこか心が救われたような、そんな気がした。


「えぇっ!? イルミナ! なんで泣いてるの!?」

「えっ?」


 トクシーの声に、気づけば私は、自然と涙が溢れていた。

 私は涙を拭い、アビスに告げる。


「承知した。今回の任務、ありがたく引き受けさせてもらおう」


 すると、アビスは嬉しそうに笑った。


「あぁ! 期待しているぞ!」


 そして、アビスが椅子を引いて席を立つ。


「さぁ皆、今週もご苦労だった。明日は休みだから、この一週間の疲れをしっかりと休めて、また来週に備えてくれ」

「「「「はい!」」」」

「それでは解散! 私はこの後も少し会議があるから、早めに戻るように」


 そうして私たちも席を立つ。

 各々が会議室から出ていく時、私はアビスに呼び止められた。


「イルミナ!」

「ん?」

「すまない、すっかり忘れていた」


 そう言って、アビスはポケットから何かを取り出した。


「ん……? 鍵――?」

「あぁ、ようやくイルミナの自室が用意できたからな。これはその鍵だ。場所はリシアの部屋の隣だ。昨日一緒に寝ていたから、場所は分かるだろう?」

「あぁ、ありがとう」


 私はアビスから鍵を受け取り、会議室を後にした。




 あれから夕食なり風呂なりを済ませた私は、鍵を持って自室にやってきた。


「おぉ――やっぱり広いな」


 部屋はリシアの部屋と同じものだったが、それでもこの部屋を一人で使うとなると、かなり広い。


「ふふっ。え〜い!」


 私は、この部屋を一人で使えると思うと、解放感が押し寄せ、ベッドにダイブした。

 ここだけは、一人でいられる唯一の空間……自分を解放できる空間だ。


「はにゃ〜ふかふかで気持ち良い〜。しかもこれだけゴロゴロしても大きいから落ちな〜い。お布団あったか〜い。ん〜っ最高〜!」

「イルミナ?」

「へっ?」


 その時、扉の方からリシアが私を呼ぶ声が聞こえた。


「ひゃっ!? ちょ、リシア!? な、なんでいるの!?」

「いや、鍵が開いてたから……」


 しまった! つい興奮して、鍵をかけるのを忘れてた! まずい――今の見られたのか――?


 リシアは私の部屋を見回しながら、中に入ってきた。

 部屋を一通り見回したリシアは、なぜかベッドに座った。


「いや〜イルミナも自室貰えたんだね」

「うん――あっ! 昨日は泊めてもらってありがとう」

「ううん。全然いいよ」


 もしかして見てなかった――?

 怖いから、とりあえず早く戻って欲しい……。


「ねえイルミナ」

「んっ……何――?」

「――さっきの、何?」

「はぁぁっ!」


 見られてたぁぁああ!!!


 リシアがいやらしい笑みを浮かべながら尋ねてきた。

 私はあれが見られていたことが恥ずかしすぎて、顔が真っ赤になった。


「ふふふっ。ほんとイルミナって面白いなぁ。たまにあぁやって子供みたいになるんだもん」

「うぅ――言わないでよぉ……」


 私は毛布で自分の顔を隠す。

 

「あぁ! 2人とも! また私抜きでお泊まり会しようとしてる!」


 その時、扉の方からトクシーの声が聞こえてきた。

 まさかと思って見ると、トクシーがまた枕を抱えて立っている。


「ズルい! 私も交ぜてよ!」

「いや! 別にお泊まり会とかじゃなくて!」

「え〜い!」

「ちょっとトクシー!」


 こうしてこの日は、私の部屋でまた3人で寝ることになった。

 私も部屋を貰えたわけだし、次からはしっかりと鍵を閉めなくてはな……。

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