第9話

「はぁ――んっん〜っ」


 私はベンチに座って、背伸びをする。


「ほらこれ」

「ん?」


 すると、アビスがあるものを差し出してきた。

 それは、さっきの屋台でアビスが購入していた、黄色いパンのようなもの。


「これは……?」

「カレーまんだ。中にカレーが入ってる。腹減っただろう?」

「わ、私お金なんか持ってないぞ!?」

「はっはっは! 金なんか良い! ほら、食べなさい」

「あ……ありがとう――」


 私はアビスからカレーまんとやらを受け取った。


 中にカレーが入っていると言っていたが、カレーの匂いなんか全然しないぞ。

 というか、カレーを生地で包んだ食べ物など見たことがない。

 これも異世界の食べ物なのだろうか。


「いただきます」


 私はまず一口、小さくカレーまんをかじった。


「ん?」


 だが、口の中に広がるのは、もっちりとした生地だけで、カレーの味はしない。

 確かに生地は少し甘めで美味しいが、カレーは入っていないではないか。


「アビス、このカレーまん、カレーが入っていないぞ?」


 私が自分のカレーまんを見せると、アビスは目を手で覆って大笑いした。


「あっはっはっは! イルミナ! 一口が小さすぎるぞ! カレーはその奥にあるのだ!」

「えっ!? あ、嘘!?」


 というか、普通に考えればそうだ。

 私は早くカレーが食べたすぎて、早とちりをしてしまったのだ。


「もう少しこう、ガブッと大きな一口でいきなさい。中のカレーと食べるとなお美味いぞ」

「こ、こうか――? あむっ」


 私はアビスに言われた通り、先ほどよりも大きく、中心部まで口に入れた。


「んっ!?」


 だが、一口食べた瞬間、反射的に声を上げてしまった。


「はふっ! はっはふいっ――はふっ――んっ」


 なぜなら、生地に包まれたアツアツのカレーが、私の舌を激しく刺激したからだ。

 あまりの熱さに、口を閉じることが出来ず、目からは涙が出てくる。


「あっはっはっは! イルミナ! そんなにいきなり口に入れたら、火傷してしまうぞ!」

「うぅ……」


 だが、少しすると、段々と口の中でカレーの熱が冷めてきた。

 すると、口の中に、生地とともにトロリとしたカレーの味が広がる。

 そして、スパイスの効いたカレーの匂いが、私の鼻を通り抜ける。

 

 美味い……このモチモチとした甘い生地が、ピリッと辛いカレーをより引き立ててくれる。

 ――いやこれは、むしろカレーの方が生地を引き立てているのか――。

 まぁこの際どっちでも良い。


「ふふっ。その様子だと、口にあったようだな」

「うん――美味しい――」

「そうか、では私も」


 そう言ってアビスも、カレーまんを持って一口食べる。


「あっふ!!! はっはっ――はむっ――」


 だが、アビスも私と同じように一口が大きすぎて、口を火傷していた。


「だ、大丈夫か?」

「ら、らいろうふ(大丈夫)……」

「ふふっ――」


 目に涙を浮かべ、呂律が回っていない情けないアビスの姿に、私は思わず笑いが漏れ出てしまった。


「なんだか私たち、変なところで似ているな……」

「んっ――ははっ。そうかもな」




 あれからカレーまんを食べ終えた私たちは、少しベンチで休憩をしていた。


「きゃぁぁぁあああ!!!」


 その時、市場の奥の方から、大きな叫び声が聞こえてきた。


「なっ、なんだ!?」

 

 その声は、明らかに事件性のあるようなもの。

 私たちは咄嗟にベンチから立ち上がって声のした方向に目を向ける。


「さらに奥か……行くぞ」


 アビスは目を鋭く光らせ、そう言って、市場の奥へと走り出した。

 その後ろをついていくように、私も走り出す。


 そうして到着した先の光景を見て、私は息を飲む。

 なぜなら、小さな店の前で、褐色の肌の角の生えた男3人が、鉄の棒やナイフを持って暴れていたからだ。

 店は窓ガラスが割られ、商品もグチャグチャに荒らされている。


「くっ……なんだあいつら――」


 私は怒りで、拳に力が込もる。

 

「はぁ。あいつらは悪魔族だな」

「悪魔族だと?」

「あぁ、荒々しい性格の奴が多くて、この街でも何度か問題を起こしている。二度は忠告したんだが、今回で問題は三度目か。これはそろそろ、悪魔族を厳格に取り締まらなければならないな」

「そうだな――」

「奴らも、今回は相手が悪かったな。私が捕まえよう」


 そう言って、アビスが一歩前に出た。

 だが、ここは魔王ではなく、護衛である私の出番だろう。

 私はアビスの袖を掴む。


「アビス。ここは私にやらせてくれ」

「……分かった」


 私の真っ直ぐな視線に、アビスは私の申し出を了承してくれた。

 すると、私たちが奴らから目を切ったほんの一瞬の間、ゴンッという鈍い音が辺りに響く。


「なっ!」


 見ると、近くにいた老婆が、鉄の棒で殴られ、頭から血を流して倒れているではないか。


「おばあちゃん!」


 その老婆の孫であろう少年が、泣きながら老婆の元に駆け寄る。


「ガキィ。目障りなんだよ。てめえも殺しちまうぞ?」

「えっ……やめっ……」


 少年は泣きながらその場に膝から崩れ落ちる。

 それでも、男は悪魔のような笑みを浮かべて、容赦なく刃を振り上げた。

 だが、二度も私の前で好き勝手などさせぬ。


 私は少年を飛び越え、刃を振り上げる男の喉に飛び蹴りを入れた。

 その勢いで、男はナイフを手放し、そのまま地面を転がっていく。


「かはっ! はぁはぁはぁ――」


 男は喉を掴みながら、苦しそうに呼吸をしていた。

 当然、一人倒せば、他の二人も武器を持って襲いかかってくる。


「てめえゴルァ!」

「何してくれて――って、人族!?」


 すると、奴らは私が人族であることに気づくと、大笑いし始めた。


「あっはっはっは! 誰かと思えば人族かよ!」

「人族なら2人で相手すれば余裕だろ!」


 そう言って、ナイフと鉄棒を手に持って、私の方に突っ込んできた。

 本来、相手が武器を持っている以上、私も剣を抜くべきなのだが、ここは一般商業区、普通の市場だ。

 一般人も多く見ている中で刃物を抜くのは、皆を怖がらせてしまう可能性がある。

 私は向かってくる2人を、素手で迎え入れた。


 まず片方が、鉄棒を両手で思い切り振り下ろしてくる。

 だが、私は体を捻って、1ミリで回避する。

 直後、奴のがら空きの喉に貫手をする。

 これで奴はもう戦闘不能だ。


 だが、左からもう一人の男が迫ってきている。

 ロングナイフを振り下ろしてくるが、私の目はそれを捉えている。

 咄嗟に前方に回避する。髪の毛の先が僅かに切られたが、想定内だ。


「い、今のを避け――ぐっ!」


 私はそのまま奴の背後を取り、首に手を回してチョークを決めた。


「がっ――がっ……」


 必死にもがくも、やがて男は意識を手放し、地面に倒れた。


「う、うぉぉぉおおお!」


 その瞬間、辺りからたくさんの歓声が沸き起こる。

 それと同時、周りにいた民が私の元にやって来る。


「本当にありがとうございました!」

「助けてくれてありがとうございます!」

「あ、あはは……」


 ここまで皆に感謝されたことなどなかった。

 嬉しくはあったが、少し恥ずかしい。


「ありがとうねぇ、若い人」

「えぇっ!? お婆さん!?」


 すると、さっき鉄棒で殴られ、地面に倒れていたはずの老婆が、普通に立って私の元へ感謝を伝えに来ていた。


「け、怪我は!?」

「大丈夫だよぉ、さっき優しいお人が薬をかけてくれたもんで、もう元気さ」


 ついさっきまで倒れていたはずなのに――。

 まさかと思って、前に目を向けると、アビスが空の回復薬の瓶を私に見せながら、笑みを浮かべていた。


 ははは――やはりアビスか。

 

 すると、アビスの隣に黒紫色のゲートのようなものが現れる。


「おや、もう終わってしまったようですね」


 そこから現れたのは、同じ魔王直属の護衛仲間のランスだった。

 どうやらアビスは、万が一があった時のために、私が戦っている間にランスを呼んでいたらしい。


 まぁ、これにて一件落着――と思っていた矢先、私の脳に、ビリリと電撃が走るようなものを感じた。


「きゃっ!」


 突如、後ろから小さな悲鳴が聞こえてくる。

 それと同時、私の方にスタスタと向かってくる足音が一つ。

 浮かれて油断しているのがいけなかった。


「死ねぇ〜!」


 老婆に手を握られていた私は、瞬時に手を離し回避に移ろうとするも、もう遅かった。


「ぐっ!!」


 次の刹那、私の背中に焼けるような痛みが走る。


「なっ! イルミナ!」


 アビスが必死の形相で叫んだ。

 そう、私は、最初に倒したと思っていた男に、背中を切り裂かれてしまったのだ。

 だが、聖騎士時代に備わった第六感が、僅かに体を動かしてくれたおかげで、奴の想定よりも傷はかなり浅かった。

 こんな傷、聖騎士時代に数え切れないほど食らっている。

 私は咄嗟にその場にしゃがみ込むと、そのまま奴の喉仏を蹴り上げてやった。


「がはっ!!!」


 二度も同じ場所、しかも急所である喉を蹴られるのはキツイだろう。

 男はそのまま吹き飛び、地面に大の字に倒れると、そのままピクリとも動かなくなった。


「イルミナ〜!」

「うっ!」


 すると、アビスが心配そうな顔をしながら私の元に走ってきた。


「イルミナ! すぐに病室に運ぶからな!」

「えっ!? いや、これくらい別に――」

「ダメだ! お前が大丈夫でも、私が大丈夫じゃない!」

「ひゃっ!?」


 そう言って、アビスがいきなり私のことを両手で抱き抱えた。


「ま、街中で急にこんな持ち方するなぁ!」

「ランス! 病室までのゲートを開けてくれ!」

「了解です」


 アビスは全く私の話を聞こうとしない。

 街の皆にこんな姿を見られて、私は恥ずかしくて顔を手で覆った。


 そうして、ランスの作ったゲートに入り、私たちはその場を後にした。

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