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 そのミサンガは、従属の腕輪だ。

 精神干渉する腕輪を脱着させるという事は死を意味するのだ。

 笑里の行動に誰もが声を出せずに固まっていたが、意外にも井上だけが冷静な表情を保っていた。

 そして、

「白沢さんは分かっていたんですね。この人だけがマインドコントロールされていないことを」

 と笑みを浮かべてそう言った。


「どういうことだ?」

 とおれは井上を見た。

「精神に干渉したり、無理に外そうとしたら、これを付けていた人間の首が絞まって死ぬんじゃないのか?」

「彼女――アレクシアは、アンチ魔法スキルだ。そもそも魔法の干渉を受けない体質なんだ」

 言いながら井上は小さな空間魔法陣を展開し、火魔法ファイヤーボールを彼女に浴びせた。

(ちょっと待てよ!)

 おれは慌てたが、魔法陣から打ち出した火魔法はアレクシアに触れた瞬間打ち消され、彼女は傷ひとつ負っていなかった。


 笑里が、カトリーヌに抑えつけれらているアレクシアの前にかがんだ。

「ねぇアレクシア、キミはマインドコントロールされていないのに、何でムーンライトの手先になっているんだよ」

「なんであんたら、わたしの名前を知っているのよ」

「アハハハハ。わたしと彼はミラジオでデボラさんの世話になったからね」

 笑里はおれをチラ見した。

「デボラおばさんか……」

 アレクシアはちっと舌打ちをしたがそれ以上何も言わなかった。


「デボラさん心配していたよ、キミのこと」

「――ほっといてよ」

 アレクシアがプイッと顔を背けた。

「好きで従っているんじゃないよ……ムーンライトのやつらに……」

 と言いかけて言葉を止めた。

 笑里はアレクシアから奪ったミサンガを、彼女の目の前でブラブらさせた。

「キミのお父上のグフタウ様を始め、全員がこのミサンガを付けさせられているよね。それが原因じゃないの?」

「………」

 アレクシアはそれには答えなかったが、表情からそれを察する事が出来た。


「おまえさ、アンチ魔法スキル持ちじゃねぇのか?」

 とユウが言った。

「おまえがみんなのミサンガに触れたら、それで魔力を解除できるんじゃねぇのかよ」

「違うよ、ユウ」

 とミオが首を横に振った。

「それをやったら、わたしがやった精神干渉と同じ結果になるのよ」

「首が絞まって死ぬということかよ、牢屋にいた若いヤツみたいに」

「そうよ。このミサンガを手首から外すも、アンチ魔法でミサンガの魔力を無効化するも、結果は同じになるんだよ。ミサンガからの魔力が途切れてしまった時、首が絞まってしまう仕組みになっているみたいよ」

 言いながらミオはアレクシアを見た。


 アレクシアの表情が変わっていた。

「えっ? 牢屋にいた若いヤツって――」

 とアレクシアが身を起こそうとして、再びカトリーヌに地面に頭を押し付けられた。

「もしかしてそれ、ルーカスのこと言ってるの!」

 アレクシアが取り乱すよう言った。


「名前までは知らないわ。ムーンライトの一味と一緒にいたやつよ。敗走したのは二人だけど、攻め手のうち五人は戦死しているから、その中にいるかもしれないわよ、ルーカスってヤツが」

「じゃあ、戻って来なかった他の連中は……すべて殺されたってことなのかよ……チクショウ――ルーカス……殺されちゃったのかよぉ」

 アレクシアは唇を噛んだ。

 そんなアレクシアを見下ろしていたカトリーヌが怒気を含んだ目で睨みつけた。首根っこを押さえる手にも力がこもった。

「あんたね、なに被害者ヅラしているのよ! おまえらが村に攻めて来なかったら、死なずにすんだ人がいるのよ! おまえたちの仲間の死は自業自得よ! ふざけるな!」

 体を震わせ怒りを爆発させるカトリーヌに、おれは中田由衣の深い憎しみのようなものを感じた。

 カトリーヌの言葉が身に染みたのか、自分たちの仲間の死に落胆したのか分からないが、アレクシアは気力を失ったように脱力した。


「なんだろ……これ」

 さっきから井上だけが違うものを見ていた。

 それは二つのミサンガだった。

 一つはアレクシアが付けていたもので、もう一つは牢屋で死んだ若い男の手についていたミサンガだ。


「どうしたんだ、井上? 何か気になることでもあるのか?」

 おれが聞くと井上は頷いた。

「この二つは、まったく同じものなんだ」

 言いながら井上は何かの魔法陣を展開して、まじまじと二つのミサンガを見比べていた。拡大鏡のようなものだろう。


「そりゃ、同じ種類の魔道具だから、当たり前じゃないのか?」

「いや、そういうことじゃないんだよ」

 と井上は相変わらずミサンガから目を離さなかった。

「魔道具は基本的に人の手によってつくられる物だから、同じ人物が作る同じ魔道具でも、若干の違いが出るもんじゃないか。――例えば手縫いの刺繍ししゅうなんかだと、パッと見同じでも、虫眼鏡で見るとわずかに糸の位置が違ったり――とかあるわけだ」

「ああ、そういうことか」

 井上が言いたいことが分かった。


「手作りだというのに、この二つは寸分の違いがないんだ。しかも、精神を支配するこんな魔道具を作るには、魔導師クラスの人間が十年前後かけてようやく一つ作ることの出来るくらいの、膨大な魔力を込めなければならないんだ。――反政府勢力のみんなの精神支配したということは、グレンライヤーは三百個以上これを持っていたということになる――」


「それは、少しおかしいわね」

 と笑里が言った。

「これって、確か禁忌の魔道具でしょ? 一般に出回る物じゃないでしょうし、この世界に魔導師って何人くらいいるの?」

「隣のゴンドアナ大陸は分からないけど、パンゲア大陸での登録された魔導師の数は、一番数が多いロマノフ帝国でも六名です。帝国より人口の少ないゲルマンやアルビオンではもっと少ないはずだから――パンゲア大陸全体でも十五名もいないと思います」

「なるほどね。魔導師一人が制作に十年かかる高価な魔道具を、一人で三百も所持しているなんて、それはおかしいよね。――井上君が言いたいのは、そこから先の核心部分だよね」

 笑里は相変わらずの笑みで井上を見たが、その目は笑っていなかった。

 井上は小さく頷いた。

「おそらく、これはコピーされたものです」

 その答えは予想の範疇はんちゅうにあったようだ。笑里の表情は変わらなかった。

 そして――。

「敵の中に、コピー魔法使いがいます」

 井上がそう答えた。

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