7
「あんた、頭いいんだね。ご明察だわ。グレンライヤーのユニークスキルは、触れたモノなら何でも複製できるコピー魔法なのよ」
押さえつけられているアレクシアが井上に目を向けた。
「今夜の作戦は、あんたの戦術みたいね。――あんたのような先見の明を持つ軍師がうちにいれば、わたしの組織もこんなことにはならなかったのに……」
アレクシアは悔しそうに口ごもった。
「キミたちの組織に何があった――」
笑里がそう言いかけた時、本陣と
(こ、これは……!)
その曲を耳にした瞬間おれの心に衝撃が走った。
何事にも動じない笑里ですら目を大きく見開いていた。
ユミヒリも同様の反応を示していた。
「これは、アコースティックギターじゃねぇかよ――」
ユウがしぼり出すような声で言った。
そして――。
本陣のある岩山から流れてきた曲は、ドビュッシーの『月の光』だった。
本来ピアノで弾く曲だが、それをギターで弾いていのだ。
(この曲を知っているということは――)
「このギター奏者は間違いなく転生者よ――」
カトリーヌが愕然とした顔でそう言った。
その時だった。
そのスキをついてアレクシアは立ち上がり、笑里を左腕で羽交い絞めにすると、笑里が腰に差していたナイフを奪って彼女の脇腹に差し込んだ。
一瞬の出来事だった。
「ウッ――!」
笑里は小さく呻き声を上げた。
「笑里さん!」
おれが一歩踏み出すと、
「動くな。今度は首を掻き切るわよ!」
アレクシアは脇腹から抜いた刃物を、笑里の首に押し付けた。
ナイフを抜いた笑里の腹から鮮血がしたたり落ちた。
脅しでない事は誰の目にも分かった。
ユミヒリたちも動けなかった。
「白沢さん!」
「早く放しなさい!」
「テメェ――! ただじゃおかねぇぞ!」
怒声を浴びせるも、本気のアレクシアを目の前にして、おれたちは成す術がなかった。
「落ち着きなさい。何がしたいの!」
ミオが前に出ようとすると、
「動くな!」
アレクシアは笑里の首にナイフを軽く突き立てた。笑里の首からスーッと一筋の血が流れた。
深く刺された笑里の脇腹からはポタポタと血がしたたり落ち、痛みに顔を歪めながらも、おれと目を合わせた笑里は「だいじょうぶ」と笑っていた。
大丈夫なわけない。
(このままで、笑里さんが危ない。早く治癒してもらわないと!)
おれは両手を上げた。
「まて、おれが人質になる。彼女を放してくれ!」
おれがそう言うと、笑里から笑みが消えた。
「ダメだよ……雅人君……。わたしの犠牲に……なるくらいなら――」
それだけ言うと笑里は、
「笑里さん!」
笑里の首から鮮血が飛び散った。
「なにバカやってんのよ! あんた死ぬつもりなの!」
アレクシアの方が愕然としていた。
「笑里さん!」
(このままでは笑里さんが危ない)
「早くおれを人質にして、笑里さんを開放しろ!」
おれが前に進み出ると、アレクシアは笑里を突き放し、代わっておれを背後から羽交い絞めにし、首にナイフをあてた。
アレクシアに押し出された笑里を、ユウとミオが抱き止めた。
「雅人君……ダメだよ……」
笑里は弱弱しい眼差しでおれを見ていた。
その首筋が鮮血にまみれていた。
「道をあけなよ! でないとコイツも刺すよ! 脅しじゃないからね」
アレクシアはエキサイトしていた。ナイフを握り手に力が入り、少し、チクッとした。
目の前で笑里が刺された事もあり、アレクシアを遠巻きに囲みながらも、ユミヒリやカトリーヌは手が出せないようだった。
ユウが笑里を抱えて寝かしつけると、ミオが治癒魔法を施し始めた。
(死なないでくれ! 笑里さん――)
「そこの岩場をあけろ! みんな近い! もっとわたしから離れろ!」
アレクシアはおれを盾にしながら岩場に近づくと、みんなに距離を取るように要求した。
距離が12、3メートルくらいできると、アレクシアはポケットから手の平サイズのツボのようなものを取り出し、岩盤にぶつけて叩き割った。
するとその岩盤に得体の知れないゲートが開いた。笑里が展開する異空間収納のゲートによく似ていたが、おそらく違うものだ。
たぶん、これが転移魔法のゲートなのだろう。
おれはここで開放されると思ったのだが、先に転移魔法ゲートに入ったアレクシアは、一度放しかけた手で、もう一度おれの首に左手を回した。
「やっぱり、あんたも来るのよ」
アレクシアは右手でおれの首にナイフをあてた。
(言いなりになってたまるか)
逃げ出そうとしたが、ナイフの刃を押し付けられて、動けなかった。
「雅人君!」
閉じようとするゲートに、カトリーヌが駆け込んで来たが間に合わなかった。
カトリーヌの背後に瞳を閉じた笑里の姿が見えた時、ゲートは完全に閉じられた。
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