第5話 兄として、剣を取る理由

 夜の帰路、俺と隼人は言葉少なに歩いていた。


 蝉の鳴き声は消え、代わりに虫の音が静かに耳を満たす。


 旧神社での出来事が、二人の間に妙な沈黙を生んでいた。


「あれ、マジで……お前がやったのか?」


 隼人がぽつりと尋ねた。


「見た通りだろ」


「見たって言ってもな……なんか、こう、“人間業”じゃなかったというか……」


 俺は苦笑を漏らした。


「俺は、“元”人間だよ。少なくとも、前世まではな」


 その言葉に、隼人の足が止まる。


「……やっぱ、そういう話なんだな」


「信じるのか?」


「今さら疑っても仕方ないだろ。目の前で、お前が影を吹っ飛ばすの見たばかりだし」


 夜道に涼しい風が吹いた。俺の白いシャツが少しだけ揺れる。


「隼人。……俺、昔、別の世界にいた」


「うん」


「魔法や魔獣が当たり前に存在する世界で、“勇者”って呼ばれてさ。世界を救った。……でも、その代わりに死んだ。で、気がついたらここにいた。今の家に、妹たちに囲まれて、生きていた」


 俺の言葉は静かだったが、どこか痛みを孕んでいた。


「なるほどな……それで、今の“煉”がいるってわけか」


「そうだ」


 隼人は数歩歩き、立ち止まって、夜空を見上げた。


「妹ちゃんたち、煉のことすっごい慕ってるよな。特に天音ちゃん、兄信者ってレベルで」


「……あいつらには、関係ない。俺の過去なんて、知らなくていい」


「けど、お前、さっきの戦いの後、少し泣きそうだったよな」


 俺は驚いたように隼人を見た。


「……見てたのか」


「そりゃ、親友だし」


 隼人の顔は真剣だった。


「お前、自分の“力”が人を傷つけることを怖がってる。でもな、それって同時に、人を“守れる”ってことだろ?」


「……」


「お前が今までその力を隠して生きてきた理由もわかるよ。でもさ、もう“力”の存在が表に出始めてるなら――いつか、妹ちゃんたちや、俺らの前に現れるかもしれない。今のうちに、戦える準備をしておくべきじゃねぇか?」


 俺は、目を伏せた。


 その通りだった。自分はこの世界で静かに生きると決めた。


 だが、過去の残滓がこの世界に滲み始めた今、その“決意”だけでは守れないものがある。


(天音や澪を、失うわけにはいかない)


 かつてのように仲間を――家族を失うのは、もう二度と。


「……わかったよ。俺は、もう一度“剣”を握る。兄として」


 俺の決意は、静かに言葉となって夜に溶けた。


 その夜。家に戻ると、玄関には天音が正座していた。


「おかえりなさい、兄さま!」


「……なんで正座?」


「だって、なんだか大事なことが起きてる気がして……でも、澪には“邪魔しちゃダメ”って言われて……!」


「はぁ……」


 その後ろから、澪がそっと顔を出す。


「おかえり。……もう、迷わないの?」


 俺は少し笑って、二人に背を向けずに言った。


「ただいま。俺は、お前たちの兄だから。もう、守る覚悟は決めた」


 その言葉に、澪は小さく笑い、天音は「やっぱり兄さまは最強だねっ!」と笑顔を浮かべた。


 平穏な夏の夜が、再び訪れる。


 だが、すでに世界は静かに歪み始めていた。


 その兆しは、煉のすぐ隣にまで――忍び寄っていた。

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