第6話 転校生は、知っているかもしれない

 夏休みが明けた。


 蝉の声はまだ残っているが、空の色は少しずつ秋の気配を帯び始めていた。


 俺たちの通う私立蒼陽あおい学園も、長い休暇を終え、再び賑わいを取り戻していた。


「うぇーい、久しぶりだな、煉!」


 教室に入るなり、隼人が手を振ってきた。


 前より少し焼けた肌に、やや乱れた髪。


 休み中に何かやらかしてきたのは一目瞭然だった。


「よく夏休みを生き延びたな、お前」


「お互い様だろ? お前こそ、“異常気象”みたいなことに巻き込まれてなかった?」


 隼人の言葉に、俺は小さく肩をすくめた。


「まぁな。少しだけ、な」


 二人のやりとりを横目に、教室の空気がざわつき始める。


「……なんか、今日の雰囲気変じゃね?」


「うん、転校生が来るって噂だったけど……?」


 ガラッ――


 担任が教室のドアを開けて入ってきた。


 背後には、一人の少女が立っていた。


「えー、みんな静かに。今日からこのクラスに転校してくる生徒を紹介するぞ」


 少女は一歩前に出る。


 整った顔立ち。腰まで届く銀の長髪。


 真っ白な肌に、どこか現実離れした雰囲気を纏っていた。


 制服の着こなしも完璧で、誰もが目を奪われる――だが、俺だけは違った。


(……見覚えがある。この“気配”……)


「はじめまして。名前は結城友莉亜といいます。よろしくお願いします」


 少女――友莉亜は、微笑んで軽く頭を下げた。


 その瞬間、俺の背中に戦慄が走った。


(この気配……魔素だ。しかも、俺と同じ“次元”の気配……!)


 彼女は、俺と同じ“異世界から来た存在”だ。


 担任の指示で、友莉亜は俺の隣の席へと案内された。


 すれ違いざま、彼女が小さく囁いた。


「……お久しぶりですね、“ヴァルト=フェルディア”」


 俺の心臓が跳ね上がる。


(名前を……知っている?)


 椅子に座ると同時に、友莉亜は微笑を浮かべながら、ノートを取り出していた。


 周囲の男子たちは騒いでいたが、俺の脳内は別の騒音で満ちていた。


 授業中、俺は内心のざわめきを抑えきれなかった。


(あの口ぶり……俺の正体を知っている。そして、前世の名前まで――)


 思い出す。かつての異世界、アルヴェリアにて。


 王国の聖騎士団に所属していた一人の少女。


 銀髪の騎士。王女の護衛を務め、常に毅然とした態度を崩さなかった。


 その名は――《ユリア=アルステリア》。


(間違いない……彼女は“前世”の仲間だ)


 放課後。俺は校舎裏に彼女を呼び出した。


「ユリア。お前、本当に……」


「はい。私は確かに、かつて“あなた”と共に戦った者です」


 ユリアの目に、迷いはなかった。


「この世界に目覚めたとき、私は全ての記憶を保持していました。前世の記憶も、あなたが命を賭して魔王を倒した瞬間も。そして……“何か”がこちらの世界に流れ込んだことも」


「……俺も感じていた。あの夜、とある神社で“影”と戦った。魔王の残滓のようなものだった。何者かが、異世界の力をこちらに引き出そうとしている」


「それは、“彼”の仕業かもしれません」


「彼……?」


 ユリアは小さく頷いた。


「あなたが魔王を倒したあの戦いで、私たちは確かに勝ちました。しかし、魔王には“魂を砕かれた者”たちの集合体という側面がありました。完全に滅したわけではない。あの時、彼の“核”は、別の世界に逃げた可能性がある」


「つまり……この世界が次の標的、ってことか」


「その可能性は高いです。そして、煉――いえ、ヴァルト=フェルディア。あなたがこの世界にいることも、偶然ではない」


 俺は静かに目を閉じ、吐息を吐いた。


(……結局、俺は逃げきれなかった。世界はまた、俺に“選ばせる”つもりか)


「……分かった。協力しよう。俺はもう、ただの“兄”じゃいられないかもしれない」


「ええ。私たちは再び、共に戦う運命なのだと思います」


 その瞬間、空が小さく揺れた。


 ユリアが振り返る。


「魔素の波動……強くなっている。早く対処しなければ、妹さんたちにも危険が及ぶ」


「……あいつらだけは、絶対に巻き込ませない」


 俺の眼が鋭く光った。


 兄として、勇者として――


 再び“守るべきもの”を守る戦いが、静かに始まりを告げた。

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