第3話 魔法少女の今後の話

「は~、仕事終わりのビールって、最高~!」


 帰宅すると、台所からは美味しそうな匂いが漂う。ディーノは鍋を火にかけながら、缶ビールを煽る凛音を見て言った。

「うちの魔法少女は、すっかり“少女”を捨ててるな」

 その言葉を聞き、凛音はムッとした顔で言い返す。

「ちょっとぉ、やめてよそのセクハラ発言~」

「だって本当の事だろ? ぷはーってビール煽る魔法少女、見たことねぇもん」


 ディーノの言うことはもっともだ。確かにこれは、魔法少女にあるまじき姿。しかし、仕事帰りのビールが旨いのは、如何ともしがたい事実なのである。


「恋愛より先に、こっちを禁止すべきだったのかもな」

 笑いながらディーノが言うと、凛音は真面目な顔で答える。

「もし魔法少女の禁止事項が恋愛じゃなくアルコールだったら、私きっと二十歳で引退してたわね……」

 酒は旨いのだ。


「恋愛禁止は気にならなかったのかよ?」

「ああ、そうねぇ。思春期の時は少しだけ考えたこともあるわ。恋愛に夢中になってる友達も多かったし。でも私は、恋なんてもので魔法の力を失うくらいなら、正義を掲げて誰かのために戦うことの方が絶対的に尊いって、確信してたわ!」

「……なぁ、その話だけどさ」

 ディーノが話を蒸し返す。

「ん? なに~?」

「だから、魔法少女引退の話だよ」

「……あ~」


 本当は、あまり真剣に考えたくない。ずっとこのままで行けたらと思っている。今の生活に、何の不満もない。ゆる~く仕事をして、時々魔法少女になって、自己肯定感を保ちつつ、平和に暮らしているのだから。


 しかし、ディーノの言うことも聞き流せないところまで来ているのはわかっている。いつまでも今のままではいられないのだと。


「ハートブレーカーの撲滅、もしくは引退……か。ね、もし私が引退したら、ディーノはまた新しい魔法少女を探すの?」

 元々、ディーノはこの世界の住人ではない。ハートブレーカーたちのいる世界……アフェクタリアの出身でもない。コル・イラディアという、これまた別の次元からやってきたのだ。ハートブレーカーの親玉である暗黒の王、アモール・ヴァンデロスを倒さないと、自らの世界、コル・イラディアも危険に晒されるから、という理由だ。


「大体、魔法少女ってなんで恋愛禁止なんだっけ?」

「さぁ? 恋愛すると正常な判断ができなくなるとか?」

「ええ? そんなことないと思うけど?」

「聖職者って煩悩を断ち切ろうとするだろ。そういうことじゃないの?」

 なんとも適当な答えだ。しかし、一理ある気もする。


「じゃあさ、魔法少女ってどうやって選んでるわけ? 素質とか?」

「素質っていう言い方が合ってるかはわかんねぇな。ただ、俺の本来の姿がちゃんと見えること、ってのが第一条件になる」

「あ~、そうよね。ディーノのあの姿、普通の人には見えないんだもんね」


 かなり人の往来がある場所で、ディーノの姿を認識したのは、凛音だけだった。ふわふわの、得体の知れない生き物。宙に浮いたままキョロキョロと何かを探している様子の生命体に、当時の凛音は全く動じることなく

「なにか探し物?」

 と訊ねたのだ。


「まぁ、もし新しい魔法少女を探すことになったとしても、俺はお役御免になるけどな」

「えっ? そうなのっ?」

 凛音は、またディーノが誰かをスカウトするものと思っていたので驚く。


「凛音に渡したステッキは、俺の魔法の力が込められてる。そして魔法少女に選ばれた人間にそのステッキを渡したら、それはもうその人間にしか使えないんだ」

「ってことは……もしかして私、罪深いことしてる? 選ばれし者なのに、全然役目を果たしてない!」

 ディーノが選んだ魔法少女はアモールを倒せなかった、となればそれはつまり、ディーノの責任ということになる。このまま魔法少女を引退すれば、ディーノは「時間ばかり費やしておきながらなんの役にも立たない人間を選んだ」と言われてしまうのではと思ったのだ。


「ん? ああ、それは心配するな。コル・イラディアの連中は、自国がハートブレーカーに侵略さえ受けなければそれでいいと思ってんだ。凛音がこっちの世界であいつを引き付けてる間は、コル・イラディアに危険は及ばない。だから感謝されることはあっても、文句を言われる筋合いはないさ」

「そうなんだ」

「それに……」

 コト、とスープの入ったカップを置き、


「俺みたいな使い魔希望は、それなりにいるんだよ。俺が帰れば別の誰かが派遣される。ただそれだけだ。実際、今までだってそうやって魔法少女を生み出してきたわけだし」

 と早口で説明を付け加えた。


「そっか、私が引退したら、やっぱりディーノはコル・イラディアに帰っちゃうんだね」

 しょぼん、と俯く凛音に、ディーノが真剣な眼差しを向けた。

「なぁ、凛音はさ……その、俺のこと……」


 言いかけた瞬間、警報音が鳴る。ハートブレーカーの気配を察知したのだ。


「嘘でしょっ? 平日のこんな時間に?」

 もう何年も、アモールたちハートブレーカーの出現は、決まって週末の夕方近くで、平日の夜に現れることなどなかった。会社員をしている凛音にとっては、ありがたい配慮だったのだが。


 ハートブレーカーたちが現れると、凛音とディーノはアビスゲイトと呼ばれる異空間の入り口付近まで飛ぶ。そこでアモールを待ち受け、こちらの世界に入ってこないよう、撃退するのだ。その間、こちらの世界の時間は止まり、凛音は何時間でも自由に戦うことができる。


「行こう、ディーノ!」

「おう!」


 ディーノが人間の姿から本来の姿へと変化する。宙に魔法陣を描くと、凛音はその中へと飛び込んだ。ディーノも後を追う。

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