第4話 歯切れの悪い話
魔法陣を抜ければ、いつもの場所。十五年通っている、アビスゲイトの前。
「ぱぴぷぺポニーの、らりるれ輪舞!」
ステッキを手に、お決まりの呪文を暗唱する。軽くステップを踏みながらくるくるとステッキを回せば、その体が光に包まれた。
ぽいん、ぽいん、と生成される戦闘用の魔法服。レースもフリルもいつも通り可愛く揺れて、髪がきゅるんと伸び、トップで纏まる。
最後に頭の上に大きなリボンが結ばれれば、完成だ。
「涙の雨は、私が照らす! ポニー・レイン=サンシャイン参上!」
可愛くポーズを決め、ウインクを一つ。
いつも通りだった。
しかし、今日に限ってアモールのお決まりの台詞は出てこなかった。ポニーは、待った。彼が「小癪な! また邪魔をしに来たのか、魔法少女め!」というのを待ってみた。だが、彼は黙ったままポニーを見つめている。非常に居心地が悪い。
「……なんで無言なわけ?」
居心地の悪さに耐え切れず、直接訪ねた。アモールは難しい顔をしたままだ。
「ちょっと、なんで黙ってんの? どっか具合でも悪い?」
対峙している敵であるにも拘らず、ちょっと心配になってしまうポニー。そんなポニーを前に、アモールがゆっくりと口を開く。
「お前……引退間近っていうのは本当なのか?」
「ふぇっ?」
いきなり敵の大将にそんな質問をされ、戸惑う。意図が見えない。それに、なんでそんなことを知っているのか。
「さっき軍法会議で聞いた。現魔法少女は今季で引退が決まっているから、次期魔法少女への対策を練った方がいいのではないかと」
「……会議の内容、バラしちゃっていいわけ?」
さらに混乱するポニー。どのくらいの頻度で会議をするのだろう、と考え少しおかしくなる。ハートブレーカーたちも会社員とあまり変わらない生活なのかもしれない。だとするなら、同情しないでもない。
「どうなんだっ! 引退するのかっ?」
黙り込んだ凛音に、こちら側の戸惑いなど一切無視で質問を繰り返す。見れば、アモールは真剣そのものだ。仕掛けてこない相手に、必殺技を繰り出すわけにもいかず、ポニーは厳かに頷いた。
「ええ、そうよ。私は今、引退かハートブレーカーの撲滅か、二択を迫られているわ。だからなに? 大人しく私に倒されてくれるって言うなら、有難いんだけどっ?」
「……そうか、やはり引退なのか」
何故か声に凄みが増す。何かを考えこむように手を口元に当て、キッとポニーを睨みつけた。
「お前は、引退したらどうなる?」
「……は?」
「だからっ、引退したら……あれか? 普通の女の子に戻ります、とかいうやつかっ?」
しどろもどろになりながら、アモール。さすがに脳内のクエスチョンマークが増えすぎて、思わずディーノを振り返るポニー。どういうことか説明求む、の視線だ。
「ノーコメントだ」
ディーノは遠い目をして一言だけを口にした。
ポニーは構えていたステッキを下ろし、アモールに向かって、答える。
「魔法少女の規定で、引退の時期は決まってるわ。だから私はあと八カ月程で強制引退になる。正義のための戦いを全うすることなく、よ。それだけは絶対避けたいけどねっ」
「そのあとは?」
「その後は……記憶を消されて一般人に戻ることになると思うけど? それが一体どうしたっていうのよ?」
「記憶を消されるだとっ!?」
大きく反応するアモールに、ポニーが驚く。
「なにっ? 話の論点はどこなのっ?」
アモールのツボがどこなのかわからない。引退が駄目なのか? それとも記憶が問題なのか? いや、どちらも彼にとってはどうでもいい話のような気がするのだが。
「お前は……私との闘いの日々をすべて忘れてしまうのかっ?」
「……まぁ、そうなる……と思う、けど?」
「なんということだ!」
オーバーリアクションで頭を抱え始めるアモールを前に、もはやどう反応すればいいかもわからないポニー。
「……あのさ、やっぱ今日ちょっと変だよ? 平日の夜だってのに出て来るし、来たら来たで戦いもせず私の今後について聞いてきたり。どうかしたの?」
十五年も戦っていると、それなりに相手に対して情も移る。そもそも彼らは人間を襲ったりしてこないし、この場所での戦闘も、昔に比べて非常に質素で時間も短めだ。つまり、ポニーにとっては負担が少ない。
「あれ?」
ポニーは今更ながらに気付く。
「そう言えば、なんで決まった時間にしか来なくなったんだっけ? 初めの頃は昼夜かまわず来てたわよね? それに、戦闘時間も前に比べたらずっと短くなってる。体の負担が少なく済んでるのって……」
「やっとかよ……」
後ろでディーノがぽそっと呟いた。
「魔法少女よ!」
「ひゃいっ!」
いきなり大声で呼ばれ、思わず背筋を伸ばす。
「……また会おう。俺は、諦めない……」
アモールは静かにそう告げると、そのままアビスゲイトの向こう側へと戻ってしまった。
「へ?」
残されたポニーは、ただ茫然とアビスゲイトが閉じるのを見ていたのである。
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