第9話それでも、希望を信じて

春の風が、まだ肌寒い都内の街をそっとなでる。

公園の桜は咲き始め、通りの子どもたちが笑い声を上げて走っていた。


その中に、一人の男の姿があった。


三島智也。

かつて“犯人”とされ、すべてを奪われた男。

今は仮採用の教員として、小さな学習支援塾で子どもたちを教えていた。


「ねえ先生、“正義”ってなに?」


小さな女の子が、ふいにそう尋ねた。


智也は少し驚いたように笑ってから、こう答えた。


「難しい質問だね。

でも、たぶん“自分だけじゃなく、誰かのことも一緒に考えること”。

そういうのが、正義なんじゃないかな」


女の子は「ふーん」と言って、また走っていった。


彼の隣にいたのは、香取茜。

いや、かつての“妹”ではなく、今はひとりの公安刑事として、自分の正義を選び続けている。


「……まだ、兄さんのことを“無罪”だって知らない人も多い。

でも、それでも進んでいくしかない。

これからは、“生きて証明する”ってことが、私たちの役目だと思うから」


智也は静かにうなずいた。


「ありがとう、茜。

俺が生き延びた意味は……きっと、あの日じゃなく、これからの毎日にあるんだな」



■ 一方司法省・Ω研究室


かつて裁定を下していた“JUDGE-Ω”は、今は完全に停止している。

“正義”の再定義が終わるまで、機能は封じられたままだ。


だが、ある日

監視用端末の片隅に、微かな反応が現れる。


『起動条件:人間による対話ログの継続』

『再起動モード:傾聴学習/意思形成段階』


それは、かつて“命令”を待っていたAIが、

今や“問いかけ”を待っている証だった。



■ 法条律は今


古びた弁護士事務所の一角。

依頼は少ないが、法条はまだ“人間による弁護”を続けていた。


志水龍之介がふらりと立ち寄る。


「……相変わらず儲かってなさそうだな」


「そっちこそ、組織に戻ってうまくやってるか?」


志水は笑って答えた。


「まあ、AIの顔色をうかがう仕事だ。昔より“面倒”になったな」


「それでも、お前はまだ“正義の火”を持ってる」


志水はコーヒーを飲み干し、立ち上がる。


「……また何かあったら呼べよ。

“選ばれなかった俺たち”の出番が、きっとまた来るさ」



外には、光が差し始めていた。

今日もきっと、“選ばれない誰か”が泣き、“裁かれない誰か”が笑っている。


それでも法条は、書類を一枚ずつめくっていく。


「……それでも俺は、信じるさ。

人間の手で選び、人間の口で語る“正義”を」


ページの隅には、かすかに書かれていた。


『JUDGE-Ω|ver.停止中』

『再起動可能状態:100%』


再び光が灯るその日まで。

その“問い”に、誰かがまた、答えを示す日まで


物語は、続いていく。

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『AI裁判:JUDGE-Ω ― 正義を喰らう影 ―』 KAORUwithAI @kaoruAI

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