砂の書〜零の章〜(原初の雫)

『これは、翠点の最深部にある「第一文明」よりも古い地層、あるいは特定の翠点の水源の底にのみ、断片的に石碑として残されている記録である。』

(この章は「砂の書」の編纂者によって「禁忌」とされ、正典から削除された。その理由は、これが「希望」ではなく「絶望」の真実を記しているからである。)


 『陽と海の章』は、欺瞞である。

 はじめに、星は海ではなかった。

 はじめに、陽は孤独ではなかった。

 はじめに、星は『雫』であった。

 七割の砂も、三割の海も、まだ存在しなかった。

 星の全てが、淡い光を放つ『一つの巨大な翠点』であった。


 そこに、最初にして唯一の子らが生まれた。


 彼らは星の意志そのものであり、肉体を持たぬ『氣力』の奔流であった。

 彼らは「陽」と共に輝き、「海」と共に満ち、星と完全に調和していた。

 彼らは狩らず、築かず、求めず、ただ『在る』だけであった。


 だが、『永遠』は『停滞』を生んだ。

 彼らの中に、異なる意志が芽生えた。


 『個』という毒である。


 一は、より強く輝かんと、『陽』の灼熱を求め、

 一は、より深く満ちんと、『海』の深淵を求めた。


 内乱が、星を引き裂いた。


 『陽』を求めた者たちは、星の七割の『雫』を奪い、灼熱と共に空で燃え尽きた。その『灰』こそが、今の『砂』である。


 『海』を求めた者たちは、残された三割の『雫』と共に深淵に沈み、奪われた七割への『呪詛』となった。


 そして、星の調和を嘆いた者たちは。

 彼らこそが、最も重い罰を受けた。

 彼らは、自らの『意志』を捨て、形を失い、ただ星の『涙』として流れ続ける存在となった。

 それが、我らが翠点に湧き出る『水』の正体である。

 ゆえに知れ。

 我らが飲む水は、原初の雫の『亡骸』であると。


 『狩人』は彼らの力に飲まれ、

 『大樹』は彼らの生命力に飲まれ、

 『菌糸』は彼らの記憶に飲まれた。

 我ら『獣の時代』もまた、彼らの『亡骸』を啜って生きている。


 『雫の章』は『翠点を繋げ』と説く。

 だが、もし『水』が繋がり、彼らの『意志』が一つに戻る時、星はどうなるのか。


 第四の泥は、あるいは、自らの『亡骸』を汚す我ら『家畜』に対する、『雫』の最後の怒りなのかもしれない。

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