第11話 政治家、原口正晃
順治たちを乗せたリムジンは龍鹿市の市境に差し掛かっていた。
「ここから先は少し徐行します。よろしいですか?」
「ええ、だって国の財産ですものね」
路上を我が物顔で鹿が歩いている。この街では人間より鹿のほうが偉いようだ。
「なんやあいつらいったい…噴水で水浴びしとるわ」
「ほんとだ、かわいいね」
順治の父が指を差した先には公園の噴水の中で半分目を閉じたような鹿がいた。
鹿を避けるようにゆっくり車が進んだ先に順治たちの目的地があった。
雑居ビルの3階に「龍鹿市議会議員 原口正晃事務所」とパネルがある。
「ごめんください。私先程連絡いたしました天神ですわ」
「お、天神のお嬢さん、ぜひ入ってください」
扉のカギが開き大柄なスーツ姿の男がニコニコ顔で出てきた。
「今日はどうしたんで…あ゛?」
男は作った笑顔を消し露骨に不機嫌になる。視線の先にいるのは順治だ。
「てめえ、俺の議員人生終わらせるようなことして何しにきやがった?」
「今日はそのことについて私も含め話があるのですわ」
「…わかりました。順治、お前も入れ」
原口の一トーン低くなった声を聞き順治は冷や汗を書いた。
迷惑系CTuberのryu。僕が配信者として復活した時に撮影補助や生活支援を買ってでた男だ。しかしそこでも僕は自分のプライドを優先させわがままの限りを尽くし、どんどん疲弊させてしまった。ましてこの前の配信騒動、僕はその大きな体格から放たれる拳で顔を曲げられることも覚悟した。
「天神の嬢ちゃんがいなかったらボコボコにしてたからな」
文句をいいながらペットボトルのお茶をコップに移し替えてもってきた。
ピリピリした空気を壊すために僕はおどけてみた。
「僕前みたいにリンゴジュースがいいな。」
「…あのな、選挙事務所ではお茶菓子程度しか出しちゃダメなんだよ。だから我慢せいや。あとペットボトルそのままでも渡したらだめなんじゃ。そのままだとワイロだと思われるからな」
迫真のボケは本気で遠慮を知らないままの僕が無知を晒す結果になってしまった。
この空気に耐えられなくなった天神が切り出す
「原口さん、あなたと話をしにきたのは他でもない例の配信のことです。だから山崎さんも同席してもらいました」
「こいつがまた馬鹿なこと考えた訳じゃないと?」
「ええ、その時間は作業所にいたらしいですわ」
原口の表情が少し和らぐ
「おお順治!お前作業所いくの再開したんか。前は週一で2時間でも地獄とか言ってたよな?今もそんくらいなんか?」
「い、今は週五で7時間くらい…」
「え、マジで?お前変わったんだなー、お父様、こいつ音上げてません?」
「わしがこいつに会いに来た視聴者に向けて『飯食ってうんこして寝るだけや』って言ったらさすがに焦ったみたいですわ」
「うわお父様エグいっすねw順治!ショック療法成功だな!」
「ははは…」
僕のみっともないいきさつをお父さんにバラされたのと引き換えに原口と話を継続できそうだ。
「…じゃあその『布酢怒』ってやつが俺らになりすまして悪さしてるってことでいいのか?」
「ええ、何か心当たりはありませんの?」
原口はしばらく僕らが持ってきた資料を眺めながら考え込んでいた。そして
「災いがあった場所で現れる傾向か…もしかしたら」
「原口さん、何かあるんですの?」
「ああ、俺がまだ迷惑系CTuberやってた時の話だ。でっかい地震があったろ?その震源地付近にいってみたんだ。あのころの俺はロクデナシだったからな」
「CTuberのryu、被災地弾丸ボランティアー!」
そう銘打ち許可もろくに取らず被災地に突撃したryuこと原口。もちろんボランティアなんて口実で炎上商法狙いである。
よりショッキングな映像を撮るために土砂崩れがおきた場面に近づき、滑落した。
「死を覚悟したときレモンのように爽やかな酸っぱい臭いを感じたよ。あれから俺は…」
原口は選挙期間中の演説を再現するように語りだした。
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