第2話 装飾用転生者

気がついたら、もう森の中だった。


ぼんやりと月光が差し込む薄暗い林。視界は霧に包まれ、空気はじっとりと湿っていて、何かが焦げたような毛の匂いと……血の匂い?


「どっちに進めばいいんだよ……」


俺はその場で固まり、夜風が四方八方から吹きつける。

静かすぎて、自分の唾を飲む音すら聞こえてくるレベル。


ポケットを探ってみると、指先に紙の感触。


「……なんだこれ?」


取り出して、かろうじて月明かりで見てみると――冥銭!?

「ふざけんなよっ!?」


反射的にその紙をブンッと遠くに投げ捨てた。

まるで触れてはいけない呪物にでも触れたような、そんな勢いで。


辺りを見渡しても、光源ゼロ、目印ゼロ、コンパスなし。

空は墨をぶちまけたみたいに真っ黒で、星も月も雲に隠れてる。

足元が崖じゃないかと確かめるのが精一杯だった。


野外、深夜、所持品ゼロ、文明の利器ゼロ。

――詰んだ。完全に詰んだ。


「これ、二度目の死亡フラグじゃね?」


だが立ち止まったらそこで試合終了。

「落ち着け俺……まずは今晩、どこかで一晩過ごせる場所を探そう」


少し明るめの木立に向かって、老木を回り込もうとした、その時――


「ガサ……ガサッ……」


茂みの中から、明らかに“食事中”の音がした。


「うっ……」


背筋に氷水をぶちまけられたような寒気。

そ〜っと近づき、枝葉の隙間から覗いてみると――


「ひ、ひぃぃぃっ!!」


そこにいたのは、俺よりもデカい、二匹の巨大ネズミ。


大きさは優に二メートル超え。

骨の山のような残骸をムシャムシャと咀嚼していて、

尻尾で器用に骨の破片を口に運んでいる。


「ま、まさか……あの残骸、人間……!?」


すると、一匹のネズミの口から、ボロボロのブーツがボトッと落ちた。

包帯が巻かれたまま、泥と血にまみれている。


「ぎゃああああああっ!?やっぱり人かよ!?」


思わず叫びそうになった口を、寸前で手で塞ぐ。

涙目でプルプル震えながら、そろ〜っと後退しようと――


「バキッ」


やっちまった。

足元の枝を踏み抜いた。


「誰だ!?」


「……生きてるぞ」


「新鮮そうだな。ちょうど今夜、装飾品が欲しかったんだ」


え、は!?

と、思った瞬間、太ももくらい太い尾に絡め取られた。


「うわぁあああっ!!」


俺はそのまま逆さ吊り。

まるで吊るされた干し肉だ!


必死で暴れるけど、尾はますます締まり、

肋骨がミシミシと音を立てて、呼吸が苦しい!!


そして――その頃。


森の別の場所。

一人の少年が古樹の枝に立っていた。


銀白の軽装甲を身に纏い、腰には淡く光る剣を携えている。

剣の鍔には月の欠片がはめ込まれ、青い光を放っていた。


「ネズミの巣の気配が濃くなってきたな……三大鼠、今回は確実に仕留める」


彼はふわりと宙に跳び、風のように樹間を駆け抜けていく――


……で、俺の方はというと、

すでにネズミどもの巣に連行され、未知の道具でガチガチに拘束されていた。


まさに“高級五花大綁”。


洞窟内はじめじめしてて、血の匂いが充満してるし、

地面はぬめっていて滑るし、足元は生肉みたいに気持ち悪い感触。

壁一面に苔と謎の液体――って、これ鼻水と胆汁のミックス!?


「ようこそ、本月最初の装飾品クン!」


ネズミ界のリーダーっぽい奴がゲラゲラ笑いながら近づいてくる。


「お前を始末する前に、紹介しておこう!」


「オレが鼠大(そだい)!巣で一番のパワーファイター!」


「こっちは鼠二(そじ)、頭脳担当!」


「そっちでナイフ握ってるのが鼠蜀(そしょく)……まあ、役立たずだ」


――なにその中二臭いネームとノリ!

いや、そんなツッコミしてる場合じゃねえ!!


冷静になれ……死神が言ってたろ?

異世界で幸せな生活が待ってるって。

……ってことは、ここで即ゲームオーバーはないはず。


今は……耐えろ。時間を稼げ。誰か来てくれるかも!


「ところで鼠蜀、なんで“鼠三”じゃないの?」


「フフフ……その質問にお答えしよう。鼠三は俺のオヤジだ!」


いや誰得情報!?


「俺、内臓弱いし、不摂生で筋肉もないし、皮膚はカサカサ。味も悪いと思うよ?」


「心配するな、喰わない。ただの装飾品だ」


「まず皮を剥ぐ。三分水に浸す。オイルを塗る。火で炙る。干す――プロの技術でやるから安心しろ、死なせはしない」


やばい、食べないけど虐待する系!?

貴様ら、喰人鼠じゃなくてSM鼠だろ!!!


鼠二が謎の器具で俺の身体を計測し始めた。


「兄貴!この皮、20ゴールドで売れますぜ!」


「ほぉ……悪くない。鼠蜀、出番だ。やってみろ」


「き、聞いたか鼠蜀!今度こそやれ!」


「え、え〜と……せっかくだし、もう少し会話しようぜ?死ぬ前にさぁ!」


無視。


鼠蜀の手が震え、ナイフがプルプル揺れてる。

身体中に包帯巻いてて、なんか湿布の匂いがするんですけど?


必死に暴れる俺。だが拘束が固すぎて動けない。

寿司かよ。俺、巻き寿司かよ!


「えっと……どこから切るんだっけ……」


鼠蜀のナイフが、俺の下半身に向かって……


「や、やめろおぉぉぉぉぉ!!」

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羽根に殺された俺、転生後にもらえたのはまさかの翻訳スキルだけ!? 見えざる目 @hemoubin

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