第2話 回生の時

『レベルアップしました。ジョブ〈探索者〉を得ました』


 俺は涙を流していた。

 このあふれ出る涙は二十四年間の後悔を洗い流すよう。


 機械音声的な女性の声を聞き、俺は未来に起きる全てを思い出した。

 ……でも涙は拭かなくちゃな。周りの人がドン引きしてるや。


 探索者学校の担任はそんな俺を見てぎょっとした顔をするが、すぐに声をかける。


「魔力とジョブを得たか。周防、あとは下がっていなさい」


「はい、わかりました」


 俺はダンジョンの中、大声をあげずに小さく返事をする。

 ここで大声を上げてしまえばダンジョンに潜む魔物が押しかけてくるかもしれない。


 目立ってしまえば担任教師に目をつけられるだけでなく、周囲も良い顔をしないだろう。


 ここで俺のジョブの力が知れ渡ることになれば再び〈サザンカ〉で洗脳奴隷労働コースに行ってしまうかもしれない。

 それだけは絶対に遠慮させていただきたい。こき使われて、脳みそも身体もいじくられて、大事な人は誰一人守れない人生なんて二度とごめんだ。


 担任は味方ではない。

 企業連合という、日本の企業が円滑に会社を運営するために作った下請け組織の構成員だ。

 企業連合の王様である〈サザンカ〉が「こいつを連れてこい」と言えば甘い顔をしてどぎつい契約を結ばせるような立場の人間ってワケ。


 有り体に言ってカスだ。

 企業の資本と武力に屈した国は、あからさまに人権を無視したようなことを自国民にされていたとしても手を出せない。

 というか、十年後には国という枠組みが消えていたな。


 そういうワケで、俺のジョブが伝わるような行動はなし。

 前回もこいつが俺を〈サザンカ〉に売ったようなもんだしな。


 前回、前回か……。


 ここまで俺は勝手に二十四年前に「戻ってきた」と思っていたのだが、実際のところはどうなのだろうか。

 これは今際の際の俺が見ている夢なのか、それとも時空回帰の魔法でも見つかったのか、あるいは違法なインプラントのどれかが不具合を起こして意識だけを過去に飛ばしたのか。


 それに自分だけが過去に戻ったのか、他の人間……特に〈サザンカ〉の人間も戻ってきているのか。


 ……わかんねえな。


 情報が足りなくて推論に推論を重ねてもなお分からない。


 これで本当に俺だけ過去に戻っているのだとしたら僥倖だが、そうは問屋が卸してくれるのか。

 もし〈サザンカ〉が記憶を持っていたとしたら確実に俺を捕まえに来るだろう。


 そうであれば今の俺に勝ち目はない。

 奴隷コースまっしぐらだ。


 だがもし〈サザンカ〉の人間が記憶を保持していなければ……まだやりようはある。



 小川教諭が俺に指し示した場所は、ダンジョン入り口の広場であった。

 クラスの人数は三十一人。そのうちの半分が虎視眈々と情報交換をしているところだった。


 グループはすでにいくつかに別れていて、一番の大所帯は冴えない顔をしているクラスメイトたちのところだった。

 大方、ハズレの職業を引いたのだろう。探索者とゲーマーほど数値に厳しい人種はそういない。

 自分の職業が厳しい目で見られるような悲惨なものであれば嘆きたくもなるものだ。


 あのグループは近いうちに解散し、レアなジョブを引けた人間やお偉いさんの子息の下につくようになるだろう。

 ……前回もそうだった。


 どいつも生き馬の目を抜くことばかりを考えていて、余裕というものがない。

 それもそうか。探索者としては大方人生が決まってしまって、そこからせめて悪くならないように必死に足掻いているのだから。


 俺のジョブは前回と同じ、探索者だ。

 このジョブはステータスも全てが高水準だが、その真価はそこではない。


 〈レアドロップ〉という、倒したモンスターから必ずレアアイテムが追加で手に入るスキルを持っているのだ。

 確率でしか手に入らない、あるいは特殊な条件を満たさないと落とさないレアドロップ品を、俺はただモンスターを倒すだけで得られるのだ。


 だから〈サザンカ〉に囲い込まれて大変な目に遭ったんだけどな!


 ドロップ品の運が良い代わりに人生の運は最悪だなんてふざけるなって言いたいところだけど。


 ジョブに固有スキルは紐付いており、レベルを上げることによってスキルを成長させることができる。


 戦士は〈剛撃〉。

 武闘家モンクは〈会心撃〉。

 神官は〈癒やしの奇跡〉。

 魔法使いは〈初級魔法〉。

 斥候は〈索敵〉。


 ちなみに汎用スキルというものもあるが、それはダンジョンのレアドロップ品から会得することができる。

 汎用スキルは上位の探索者で五つ持っていれば最上位だ。


 〈サザンカ〉の最上位は俺を使ってその汎用スキルをアホほど習得していたけどなー。

 だから誰も勝てなかった。ユニークジョブだった幼馴染のアイツでも。


 俺の固有スキルはモンスターを倒さないと発動しないため、ひとりで検証する必要があるな。

 などと考えていると、クラスメイトの女子――名前は覚えていない――が笑顔でこちらに近づいてくる。


「ねえねえ、周防くんはどんなジョブだった?」


「あー……俺は無職だよ。そっちは――」


「あ、あはは、大変だね。あ、私は友達待たせてるからまたね」


「ああ、また」


 ジョブを聞き出して俺が使えるかどうかを判断したかったのだろう。

 だがその手に乗るわけにはいかない。俺のジョブがユニークジョブである探索者であることが分かれば、いつかは〈サザンカ〉にその情報が行き渡る。


 クラスメイトの子は早々に見切りをつけてくれてありがたい。

 あとはもう待っているだけで俺がキングオブハズレジョブという認知である無職であることを広めてくれる。

 そうすればしばらくは学園内で俺を疑うやつは出てこない。


 出てくるとすれば……余程勘の鋭いやつか、前回・・の記憶を保持した誰かか。


 あぶり出してなにもなければそれでよし。しかしもしもの時に備えることは重要だ。

 さて、隠れ蓑が上手く機能してくれている間にやることをやらなければな。


 ……ただ、二回目の学生生活でいじめられる気配はするんだよな。

 せっかくのスクールデイズは楽しみたかったんだけれどなあ。

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