第18話「レンズ越しの真実」

 朝のスタジオは、独特の緊張感に包まれていた。

 白い無地の背景、ケーブルが這う床、スタッフの動く足音――その全部が、私の鼓動を速める。


「おはようございます!」

 声を張ったつもりだったが、自分でも驚くほど高く震えていた。





 アビは相変わらず涼しい顔でベースを抱えている。

「大丈夫だって。昨日までの練習通りやればいい」

 そう言うが、彼の手も少し汗ばんでいるのがわかった。


 そこに猫さんがひょっこり現れる。

「ほう……今日は女麺メイクか」

 ニヤリとしながら私を見て、「視線意識しろよ」と短く助言をくれる。

 そのぶっきらぼうな口調に、不思議と安心した。





 撮影が始まると、照明が熱を帯び、まぶたが重くなるほど眩しい。

 カメラマンが言う。

「もっと感情出して! ベスティさん、恋してる感じで!」

 ――無茶振りすぎる。

 でも、ふと猫さんの煙草を吸う姿が脳裏に浮かび、そのときだけは自然と目が柔らかくなった。





 休憩中、美月が差し入れの缶コーヒーを持ってくる。

「君の目、さっきすごく色っぽかった。……誰を思い浮かべてたの?」

 その問いに一瞬、言葉を失う。

 アビが少し遠くからこちらを見ていた。


 レンズの向こう側だけでなく、この現場の空気全体が、私の心を撮り取ってしまっている――そんな気がした。






つづく

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