第4話「箱ライブ、初潜入」

 土曜の昼下がり、学校帰りに寄った駅前の楽器店で、アビと私に声をかけてきた男がいた。

 切れ長の目に、黒いジャケット、銀のアクセをじゃらりと鳴らす――美月。

 笑顔だけど、その奥に何か鋭い光が潜んでいる。


「君らさ、バンドやってるんだって? 今夜、無料のビジュアル系ライブがあるんだけどさ。見てみない?」

 不意に差し出されたフライヤー。真っ黒な紙に、銀色の文字でバンド名が並ぶ。

 その中に知ってる名前はひとつもなかったけど、不思議と心が引き寄せられる。


「行こうぜ、ベスティ。参考になるかもよ」

 アビは食いつき気味。私は少し迷ったけど――気づけば頷いていた。





 夜。

 渋谷の小さなライブハウス。

 ビルの地下に続く階段は、黒いTシャツや奇抜な衣装の人たちでぎゅうぎゅう。

 重い扉を開けると、照明の熱と、スモークの匂いと、鼓膜を揺らす低音が一気に押し寄せた。


「うわ……」

 目の前のステージでは、真紅のジャケットを着たボーカルが、髪を振り乱しながら叫んでいる。

 ドラムのバスが心臓を直撃する。ギターの音は刃物みたいに鋭い。

 知らないはずの曲なのに、体が勝手に揺れてしまう。





 演奏が終わり、美月が近づいてきた。

「どうだった?」

「……すごかった」

 言葉にできない衝撃が胸を占めている。

 美月はそんな私を、じっと見つめてから微笑んだ。

「君、ステージに立つ顔してるよ」

 その一言に、心臓が跳ねる。


 でも――

 ふと横を見ると、アビが眉をひそめていた。

 「……あんまり舞い上がんなよ」

 その声は、ライブの余韻を少しだけ冷やした。





 帰り道、渋谷の雑踏を抜けながら、私はずっと考えていた。

 私、本当にあのステージに立てるのかな。

 でも、美月の言葉が耳から離れなかった。










つづく





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