第5話 「甘い言葉の裏側」

箱ライブから数日後。

 放課後のファミレスで、アビとバンドの方向性を話していたとき――

 店のドアが鳴り、美月が入ってきた。


「やあ、偶然だね」

 そう言いながら、当然のように隣に腰掛ける。

 黒いパーカーに、さりげなく光るシルバーの指輪。

 あの日のライブの余韻が、ふっとよみがえる。





「この前は来てくれてありがとう。君、ステージ映えしそうだなって思ったんだ」

「え……」

 不意の褒め言葉に、胸が熱くなる。

 美月は視線を私に固定したまま、笑った。

「もしよかったら、俺のバンドの練習、見に来ない? 君の声、マイク通して聴いてみたい」


 ――ドクン。

 心臓が跳ねる音が、やけに大きく響く。

 けど、その瞬間、向かいのアビが低い声で割り込んだ。

「美月、やめとけよ。こいつはまだ…」





 美月は軽く笑って肩をすくめた。

「心配性だなぁ。何もしないよ。ただ…君が本当に音楽やりたいなら、俺は応援するから」

 その言い方が、やけに甘くて――心地よくて。

 でも、同時にどこか寒気がした。





 数日後。

 美月のバンドの練習スタジオに顔を出した。

 …けれど、そこには他の女の子が二人、楽しそうに笑って座っていた。

 美月は私に気づくと「お、来た来た」と軽く手を振る。

 でもその視線は、私の後ろの女の子たちにも同じように向けられていた。


 ――私、特別なんかじゃなかったんだ。


 喉の奥がぎゅっと締まって、何も言えなかった。





 帰り道、夜風がやけに冷たい。

 アビからの「大丈夫か?」のLINEにも既読をつけられないまま、

 私は祖父のノートを開き、震える手で歌詞を書き殴った。


 "I'm not your toy, I'm not your girl"








つづく


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