第3話 「猫さんの音楽講座」

学校帰り、鞄に入れっぱなしだった猫さんのCDが、やっと聴き終わった。

 正直……衝撃だった。

 メタリカの重量感、Dream Theaterの展開の速さ、グリーン・デイの疾走感、LUNA SEAの透明感、陰陽座の和の迫力、SOUL’d OUTのグルーヴ。

 音の国が、こんなに広いなんて知らなかった。





 その日の夕方。

 レトロ喫茶peaceのいつもの席に、猫さんはもう座っていた。

 煙草の煙とともに、低い声が落ちてくる。


「……で、どうだった?」

「……やばかった。全部、やばかった。語彙力なくなるくらい」

「ふっ……まあ、耳は悪くないな」


 テーブルに置かれた紙ナプキンに、猫さんはスラスラとバンド名や年代を書き出す。

 それはまるで、音楽の地図だった。

 ブルース、ジャズ、ロックンロールから、80年代メタル、90年代V系、最新の海外インディーズまで――私の知らない道が枝分かれしている。


「お前が曲作るなら、こういう“根っこ”をもっと知れ。ルーツを理解しないと、ただの真似で終わる」

 ぶっきらぼうだけど、真剣そのもの。

 その熱さに、心がざわつく。





 帰り道、アビと鉢合わせた。

「お、ベスティ、どこ行ってたんだよ。……ん?」

「え、別に……CD聴いてた」

「ふーん。あの猫さんって人と?」

 軽く笑ってるけど、目がちょっと冷たい。

「まあね……」

「へぇ〜、いいなあ、年上の音楽先生ってやつ? でもさ、あんまり深入りしないほうがいいよ」

「……何それ」

「別に〜」


 アビは口笛を吹きながら先を歩く。

 その背中が、妙に遠く感じた。





 夜、祖父のノートを開いた。

 “love is the bond of perfection”の文字の下に、今日の気持ちを書きなぐる。

 胸の奥で、猫さんの声と、アビの笑い声が交互に響く。

 音楽が好き。それだけのはずなのに、なんでこんなに心が揺れるんだろう。









つづく





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