『吠える森』ー4

 昔、まだ"旅人のティゼル"になる前の私は恩人でもあった大切な人から言われた事がある。


 『半獣である事に誇りを持ちなさい』 と。


 今思えば、単に私を元気づける為の言葉だったのかもしれない。けれど幼い当時の私からしたら脳天に雷が落ちた くらいの衝撃は受けた言葉で。

 『何でですか?』そう聞いた私に大切な人はこう言った。 その"ミミ"と"尻尾"があれば、普通の人には不可能な事が出来るって。故郷では完全に負の部分しかなかった私の大コンプレックスを大切な人は手放しで褒めてくれたのだ。


 物事を多角的に捉えてみましょうと。

  例えば、"ミミ"は小さな音を拾う事が出来たり、"尻尾"は感情表現にとても便利だとか。自分が弱点だと思っているものでも、みがけばきっと力になるんですよ とか。


 半獣としての自分なんか嫌いだった私にはその大切な人との出会いは目に焼きついて離れない花火のように刺激的で鮮烈せんれつだった。


 『貴女はもっと、自分に自信を持って良いのですよ』

 私にあれこれ色々な事を教えてくれた大切な人。あの人は今、どうしているだろうか。

  旅人になりたいって話した時、あの人は言った。


 『それならば、1つだけ私と約束して下さい。ー。旅に出たいなら、これを最低条件とします』

 言われた当時は、その言葉の意味するところは完全には理解出来なかった。けれど今、私は旅に出て始めて、自分の秘密を他人に明かそうとしている。


 もし、受け入れて貰えなかったらどうしよう?

  下手したら私は泣いてしまうかもしれない。ショックで暫く寝込んでしまうかも。でも……。


 「ティゼル様……」

 私にはいつだって、どんな時も、絶対に私を心配して味方してくれる相棒がいる。旅路において相棒の存在があるだけで、困難な状況にっても無限に"頑張ろう"って気力が湧いてくるのだ。


 だから。


 (。貴女の弟子は少し頑張ります)

 今もどこかで私の旅路にさちあらんと祈っているだろう大切な人へ向けてそう思って。


 私は、自分が自分である為の証をー。


△▼△▼


 「…………」

 リルとシューヴェットさん両方から困惑の声が漏れ出た。リルに関してはびっくりさせてしまったと思う。リルは私が抱えているものを知っているから、私の葛藤や悲しみも知ってる。急に知り合っただけの他人の前でフードを取って申し訳なく思う。

  でも、知り合って直ぐなのに、シューヴェットさんは自分の事をちゃんと話してくれた。私に謝ってきた時も表面上じゃなくて誠実さをしっかり感じた。まだ詳しい事情は聞いていないけれど、この人は信頼出来るかもしれない。そう思ったから。


 大丈夫。いざって時はリルが居るもんね。


 フードに手を掛けた瞬間、少しだけ両手が強張こわばった。軽く息が詰まる。一瞬逃げ出したいなんて思ってしまったけど遅い。自分から仕掛けてしまったのだ。こういうのは勢い。勢いだよ、私。恐れていたら前には進めないからね。えーい、ままよ!私は意を決してフードを取った。取ってしまった。


 「……」

 一瞬の沈黙。私は何と切り出すか迷ったけれど、結局、ストレートに伝えた方が良いと思って


 「シューヴェットさん。私、半獣なんです」

 と。一言、そう言った。


 狭く小さな黒テントの中で、私の息遣いと心臓の鼓動だけが聞こえている気がした。

  少し怖かったけど、シューヴェットさんへ視線を向けてみた。


 シューヴェットさんは呆気に取られている様子だった。口をぽかんと開けている。黒いサングラスの奥はどんな目をしているかは分からなかった。驚きに見開いているのか、あるいはー。


 数十秒間ぐらいだっただろうか。その場には嫌な沈黙が流れた。シューヴェットさんは何かを考えるような素振りを見せている。リルはシューヴェットさんの反応を警戒しているのか、口を開こうとしない。私は私で勢いのまま行動してしまったから、フードを取ってからそのまま動けなくなってしまっていた。

  他人ひとから拒絶されるのって怖い。幼い頃からそういうのを経験してきた。リルは直ぐに受け入れてくれたけれど、世の中甘い人ばかりじゃない。旅人になってそれは十分理解してきたつもり。でも他人を信用する事も時には大事って言ってくれた人がいるから。私は逃げる訳にいかないのだ。


 「ー世界とはワシが思っていたより広いのだな」

 なんて事を真面目に考えていた私は、そこで不意打ちのように聞こえてきたシューヴェットさんの声に一瞬だけ耳を疑った。


 「ーぇ」 と思わず声が漏れた。


 シューヴェットさんはサングラスこそ外さなかったものの、きっと穏やかな目をしているんだろうと私は思った。どうして私がそう思ったのかは明白。

  ー調から。


 「ー」 少しだけ、息が漏れる。

  シューヴェットさんは続ける。


 「半獣……と言ったかな?ワシは今始めて見たが、人と獣のハーフのような感じなのだろうか。……凄いな。世界は広い。ものが存在しているのだな」 と。

  心の底から感嘆した声で。


 私はその時、どんな顔をしたのか分からない。

  その瞬間だけ、感情がぐしゃぐしゃになった事だけは確かだった。嬉しさとか困惑とか色々なものが一気に交ざり合って、ほおを何か温かいものが伝って、ミミも嬉しそうにピクピク動いていつの間にか尻尾も垂れ下がってワンピースの下から見えていた。


 「シューヴェットさん……ってティゼル様!?」

 シューヴェットさんの反応が想像していたものと大きく違ったのか、リルも静かに、でも少し驚いた様子でシューヴェットさんの名前を呼んでその直後絶叫した。


 「ティゼル様っ、大丈夫ですか!?」

 「うん?え?……あ、何が?」

 「泣いてますよ!?」

 「あー……うん。何でだろ?」

 「私が抱きしめて辛さを忘れさせてあげますよっ?」

 「うん……ここぞって時に変な事言わないでよ」


 リルが半錯乱状態になっておかしな事を言ってくるけれど、私は頬に伝った温かいものをゆっくりとワンピースのそでで拭うと穏やかな顔をしたシューヴェットさんへ向かって頭を下げた。それと一緒にミミもぺたんと垂れ下がる。


 「シューヴェットさん」

 「あ、ああ。済まない嬢ちゃん、つい年甲斐も無く見惚れていた。何か、気に障る事を言ってしまっただろうか?」

 気に障るなんて。とんでもない。

 「いえ、むしろありがとうございます。私のに肯定的な人、少ないんですよ」

 「……そうなのか?」


 驚くシューヴェットさん。嘘ついてるなんて思わない。態度から、本気で私のミミと尻尾を美しいと感じてくれてると分かる。

  正直な話をすると、シューヴェットさんのような反応の人の方が珍しいんだと思う。私の大切な人は言っていた。"世界は私達が思っているより優しくはない"って。でも、ほんの一部。暗く冷たい世界の中に一筋の光もあるのです みたいな事も教えてくれた。凄く抽象的な言葉だったから、当時は大いに?マークが浮かんで今は分からなくても大丈夫です と言ってもらった記憶がある。


 けれど、その言葉の意味は今、に理解出来た気がした。 旅人のティゼルになった今の私なら胸を張って言える。


 シューヴェットさんが、その内の1人だって。


 「ティゼル様、少し休んでいて良いですよ」

 私がそう思考していたら、横から相棒精霊のリルがそう声を掛けてきた。

 「リル?」

 「ティゼル様、ごめんなさい」

 と、思っていたらリルは突然私に謝罪してきた。え!?何で!?と慌てふためく私に対してリルは穏やかな口調でこう言った。

 「実を言うと私、シューヴェットさんを疑っていたんですよ。またティゼル様を隙あらば狙うんじゃないかって。けど、違いました。彼の昔話を聞いたり、人柄を見て、私の間違いだったと気付いたんです。シューヴェットさんは信頼出来る人です、それに今御主人様が頑張ったんです。相棒精霊である私が何もしない訳にはいかないでしょう?」

 私にそう言ったリルは私の一歩前に出て、シューヴェットさんと向かい合った。


 「シューヴェットさん。先程の失礼な態度の数々、申し訳ありませんでした」

 「リルさん、それはお互い様だよ。緊迫した場面にしてしまったのはワシなのだからな」

 「そうですね。まあ、ティゼル様に猟銃を突き付けた事だけは許しませんけど。いつまでも根に持っておきます」

 「ガハハ、手厳しいなあ」

 「ふふっ、お互い様ですよー」


 どうやら、リルはリルでシューヴェットさんを許す事にしたらしい。私は心の中でほっと安堵あんどする。さっきまでのピリついた空気嫌だったんだよね。とりあえず一安心。


 「それではお詫びといってはなんですが、我が御主人様についてシューヴェットさんにお教えしましょう。私とティゼル様の出会いに始まり今に至るまで全て。余す事なくティゼル様の魅力を知って貰いますよ!」


 え?何、この空気感?リル?和解したのは良いけれど、した瞬間に飛躍し過ぎじゃないの!?


 「ああ。是非、聞かせてくれ。少し話していて思っていたがティゼルさんは素敵な嬢ちゃんだな」

 「ですよね!分かりますかシューヴェットさん!私、貴方とは同志になれそうな気がします!」


 えー…… 私は急な展開に目眩めまいを覚える。リルの人懐っこさ(?)は凄いねー。


 って、そうじゃなくて!


 「ちょっと待ってリル!余計な事口走るでしょ絶対!!」

 たった今シューヴェットさんの素敵な言葉で涙腺るいせんが刺激されたばかりだったのに。

  別の意味で新たな涙腺が刺激される危機が到来して、私は休んでなんかいられず暴走気味なリルを止める事に奔走する羽目となったのだった。


【補足】

回想は次回まで続きます。

『吠える森』ももう暫くお付き合い下さい。

  

   

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