『吠える森』ー5

 シューヴェットさんと私。お互いの自己紹介が終わって、リルの暴走を何とか寸前で食い止めた私は私とリルが相棒である事や、リルが魔法を扱える精霊である事、これまでの旅路なんかを簡単に説明した。

  シューヴェットさんはその話のどれもにいたく感動していた。私とリルにとってもここまで私達の旅の話を聞いてくれたのはシューヴェットさんが初だったから、2人してかなり嬉しかった。ちなみに、ミミと尻尾は出しっぱなしにしていた。リルは勿論、シューヴェットさん相手でも大丈夫なんだと分かったから。私の心に掛かっていた灰色の曇達が一気に消え去ったかのような気持ちの良さだった。心地が良い。


 と、そんな感じで場の空気がかなり弛緩しかんしてきたところで急に真面目な顔に切り替わったシューヴェットさんが、こう切り出した。


 「それでは、そろそろ話しても良いだろうか?ー実は嬢ちゃん達に協力して欲しい事があるのだ」


△▼△▼


 はい、お久しぶりのリルです。シューヴェットさんの自己紹介に始まり、我が御主人様が一世一代の頑張りを見せ、私もなんとかシューヴェットさんと和解出来ました。しかしよく考えてみれば、シューヴェットさんがただの旅人である私達にこうも接触してくるという事は何か事情があるはずなのです。

  シューヴェットさんの口調から話が新たな話題へ切り替わった事を察した私でしたが、その前にどうしても聞いておきたい事がある私でした。


 「あの、シューヴェットさん」

 「ん?何だい、リルさん?」

 「私みたいな精霊を見るの、始めてですよね?」

 「ああ、幼い頃は童話などでよく聞かされていたがな。実際に目にしたのは今日が始めてだよ。内心、感動に震えておった。いやあ、旅人になると良い事も起こるものだな」

 "ガハハ"と豪快に笑うシューヴェットさん。シューヴェットさんにとってはとても刺激的で楽しいんでしょうけれど、私からしたら精霊威信せいれいいしんに関わる重要事なのです。

 「あの……真面目に答えて下さいね。ティゼル様の真後ろに現れたんですか?」

 「……ん?ああ、あの時か。何か、魔法を使っていたのかい?」

 「え?」

 「いや、あの時ワシは自分で立てたテントに戻っていたのだが、その途中でがしたのでな、地面にいたらまずいと感じて木の幹に飛び移り、そこからは木々を移動して……そうしたらティゼルさんとリルさんが居たという訳だ。怪しかったもので、つい脅してしまったのは悪かったよ」


 ……何という事でしょう。謎が解けました。

    シューヴェットさんはやはり、とんでもない化け物だったのです!私とティゼル様、本当によく生還出来ましたね。


 「くっ……!ですがこれでは相棒精霊として面目無さすぎじゃないですかっ……」

 

 「リルさん?急にどうした?」

 「シューヴェットさん。多分ですけど、リルにもプライドという物があるんだと思います」

 「そうなのか。そりゃあ悪い事をしたな」

 再び"ガハハ"と豪快に笑うシューヴェットさん。ガハハじゃないですよ馬鹿にしてます?私の事?ティゼル様、やはりこの男とは相容れない気がする今日この頃のリルです。はい。


 ……とまあ、冗談半分、本気半分な私でしたが。

    私とて鬼ではありません。とっとと本題へ移るとしましょう。 という訳で。


 「で、シューヴェットさん。私とティゼル様に協力して欲しい事って何ですか」

 そう、問い掛けたのでした。シューヴェットさんは"脱線してしまったな" と苦笑すると表情を真面目に戻すとこう言ったのでした。


 「信じて貰えるか分からんが……ワシは今、実に不可解な事態に巻き込まれているのだ」と。


△▼△▼


 その後、私とティゼル様はシューヴェットさんからかなり奇妙なお話を聞く事となりました。半獣のティゼル様は勿論、精霊である私もにわかには信じ難い、謎が謎を呼ぶ事態に彼は巻き込まれていたのです。


▼▼▼▼


 「ワシも旅人なのでな、日銭を稼がなければならん。だが、その時その時の国からの依頼だけではあまり旅が続けられる資金は貯まらん。そこでだ、ワシはたまにこのような深い森へ立ち入っては鳥類や獣の類を狩り、その肉や皮等を国へ売り込む事もしている」

 「ハンターのお仕事の1つですね?」

 「然り」


 シューヴェットさんは旅人ですが、日銭を稼ぐ為に猟師でもある旅の猟師さん。

  国の依頼だけでは資金が貯まりにくい事もあり、自ら狩りへ動く事もあるのだそうです。一週間程前、その日は次の国がもう間近という所まで来ていましたが森で少し狩りをしていこう という心境になったようで。何だかティゼル様と似てるなと思いましたが口には出しません。

   そして、その森こそが私とティゼル様が今日野宿していこうか等と話して入った森だったのです。妙な偶然ってあるんですね。と、話を戻して。


 シューヴェットさんは夕暮れ前に森へ踏み入り、開けた場所を見つけ、野宿用の黒テントを張り、夜になった森へ狩りに出たのだそう。余談ですが、シューヴェットさんは視力がかなり良いそうです。現役時代では完全な真っ暗闇で獣と対峙する事が多かったそうで、だけで相手の位置を正確に把握し、確実に仕留めてきたそう。やっぱり化け物じゃないですか。


 「ワシは周囲の散策も含めて、夜の森を慎重に進んでいた。だが、1つだけおかしかったのだ」

 「……おかしかった、ですか?」

 「何かあったんですか?」

 私とティゼル様の疑問。それにシューヴェットさんは静かに頷くと再び話し始めました。


 「それは明確な違和感だったよ」

 シューヴェットさんいわく、探索に出た森。そこが完全に夕陽が隠れ、森全体が深い闇に覆われた時。のだと言います。

  草花から聞こえてくる微かな呼吸音も、鳥類も、土の中や水辺で暮らす者達も。森に生息する全ての生物達が、一斉いっせいに沈黙したのです。唐突過ぎて、あまりに不自然だったとシューヴェットさんは語ります。

 「ワシはその時の事をあえてこう表現する。ー森中がから身を潜めるように静まり返った と」

 シューヴェットさんの明からさまな語り口。怪談のようでした。ティゼル様が分かりやすく"ごくっ"と自身のつばを飲み込む音が狭いテント内で驚く程よく聞こえました。


 「ワシは異変を感じて、無理はせず直ぐに自分の拠点へ戻ろうとした。ーが」

 シューヴェットさんをが襲ったのはその瞬間でした。


 「急にどこからともなく、遠吠えが聞こえたのだ。野太く、鋭く、畏怖いふを覚えるような悍ましいものだった。それが森全てを駆け巡るように木霊こだました後、ワシは一目散に駆け出したよ。明らかにからな」

 自身の体験を妙にリアルに語るシューヴェットさん。サングラスの奥の目はどんな目か分かりませんが、少し意地悪な目をしてる気がしました。ティゼル様は分かりやすく震え始めてました。まあ可哀想に。私は御主人様をよしよしとなだめます。


 「ハンターとしての長い経験が警鐘を鳴らしたのだ。この森には関わってはいけない"何か"が居るとな。しかしだ。駆け出して数秒経った所で、背後に気配を感じたのだ。咄嗟に振り返り、驚いたよ」


 そこでシューヴェットさんは一度言葉を区切り、場に沈黙が落ちた事を確認すると再び口を開きました。


 「ー巨大な真っ黒い塊のようなものがワシをいた」

 それは真っ暗な闇が覆った森の中でもかなり視認出来る程の大きな闇の塊だったそうです。そしてその塊は一目見てまるで狼のようだったとシューヴェットさんは語りました。

 「そしてあろう事か、その闇の塊はワシを追ってきた。ワシは必死に逃げながら弾を撃ち牽制けんせいしようとしたが、効く気配が無かった。流石に焦ってな、死ぬかと思ったものだ」

 恐ろしい体験談を話しているというのにそれに見合わない豪快な笑いを飛ばすシューヴェットさん。私は少々呆れながら聞きました。


 「襲われた後はどうなったんですか?逃げ切れたんですか?」と。

  それにシューヴェットさんは"ああ"と頷くと

 「何とかな。いつの間にか、自分のテントへ辿り着いていた。混乱していたのでその日はもうそのままテントで寝てしまったがな」


 夜の森で形容し難い"何か"に襲われたシューヴェットさん。その出来事があったのが私やティゼル様と出会う約一週間前。という事はシューヴェットさんは今日この日、私達と出会うまで一体何をしていたのでしょうか?


 「実はここ最近ずっと、ワシを襲った闇の正体を暴いてやろうとしていたのだよ」

 私の質問にシューヴェットさんはそう答えました。背中に背負っていたバッグを降ろすと

 「明るい内に森の至る箇所に小型カメラや罠を仕掛け、あわよくば引っ掛かったところを撃ち、討伐してやろうとも考えていた。 しかし」

 そこでシューヴェットさんは声の調子を落としました。成果は、かんばしくなかったようです。

 「小型カメラにも一切姿は映らんし、罠にも全く掛かる気配が無い。ただ、この森に居るのだ。それだけは分かる。不気味な程にな」

 「……どうして、分かるんですか?」

 「長い事この森に居てを見つけたからだ」

 「共通点」

 「そうだ。ー例えば、闇の塊が現れる前には必ず前兆がある。奴は必ず遠吠えをするのだ。そして吠えながらこの森を我が物顔で走り去るのだ。ワシの体感だと、森を丁度1周程周ってどこかへ消えているようだがな」

 「……めちゃくちゃ不思議な怪異ですね」


 私が素直にそう感想を漏らすと、シューヴェットさんは「だろう?」と言いながら何故か獰猛に笑いました。えっ、何なんですか。驚いた私にシューヴェットさんはバッグに手を突っ込み、1枚のを取り出しました。

 「何ですか?それ」 私が尋ねると、シューヴェットさんは「地図だ」と紙切れを広げました。


 私がその地図とやらな紙切れを覗き込んでみるとなるほど確かに、広大な森の地形が事細かに記されたが目に入りました。全て、シューヴェットさんのお手製なのでしょう。

  私が関心していると、シューヴェットさんは地図のある箇所を指差しました。


 「ここの開けている所があるだろう」

 「ありますね、丁度森の中央部分に。もしかして、今私達が居る場所ですか?」

 「然り。実はなリルさん。毎日調べている内にワシは気付いた事があってな」

 「何ですか?」

 「ワシ達が今居るこの開けた場所のみ、奴が襲う事は


 ほう。それはつまり。私はシューヴェットさんの言いたい事を直ぐに理解しました。


 「ここにいさえすれば、真夜中になって奴が現れても襲われず万が一の避難場所にもなると」

 「然り。この場所に何か秘密があるのかと思って調べてみたが残念ながら何も分からなかった。関連性があるのは確実なのだがな」


 そして、シューヴェットさんはそこまで話して何故からしくもなく正座に座り直し。私とティゼル様をじっと見つめたのでした。

  あ、そういう事でしたか。賢い私はその時にシューヴェットさんの今まで言わんとしていた事が分かりました。全く……。遠回り過ぎます。まあ、私が警戒心マックスだったのであまり責めれませんけどね。


 「ティゼル様、覚悟して下さい」

 「ーふえっ!?な、何に!?」

 私はティゼル様に声を掛けました。彼女はシューヴェットさんの恐ろしい体験談が始まった辺りからテントの隅に逃げて体育座りの状態でフードを被って無理矢理引っ張って表情がほぼ見えないという極限の怖がりを発揮していましたが、どうやらシューヴェットさんのお話はちゃんと聞いていたようです。


 「べ、別に私、お化けは怖くないよ?」

 「バレバレです御主人様」「リルさんに同意」

 「えー……」

 「ティゼル様はか弱い女の子なんですから恥じなくて良いですよ?」

 「何か鼻につく言い方〜」(むすっ)

 「あはは、冗談ですってティゼル様。今からシューヴェットさんからがあるそうなのでそんな隅に居ないで下さいよ」

 「うん。大丈夫だよ、私も大体は話聞いてたし」


 我が御主人ティゼル様はそこで言葉を区切ると、何かを察した様子で再び私とシューヴェットさんの近くまで来て、彼女自身も正座をしたのでした。


 「なっ、ティゼルさん?」

 ティゼル様が急に正座をした事に驚いたのでしょう。シューヴェットさんはそう声を上げます。ふっふっふ、我が御主人様を舐めない方が良いですよ?ティゼル様はこういう真っ直ぐな所も尊敬出来るのですから。


 「シューヴェットさん、最初に言ったじゃないですか。"協力して欲しい"って。私とティゼル様はお話を聞いてたんですよ?」

 私がそう言って、ティゼル様もそうですと頷きました。

 「シューヴェットさんは私を受け入れてくれました。なら今度は、私がシューヴェットさんを信頼する番だと思うんです」


 半獣としての自分を始めて私以外の人から認めて貰えたからなのか、嬉しそうなティゼル様。元気そうに上下左右に揺れるミミとフリフリな尻尾がその証拠でした。

  ティゼル様としては恐らくですが、自分に何か出来る事があればシューヴェットさんに協力したい心情なのでしょう。相棒である私には丸見えです。


 「嬢ちゃん達……」

 既に話を察している様子の私とティゼル様の前向きさを目にしたシューヴェットさんは小さくそう呟きました。呟いて、獰猛に笑います。

 「ワシはどうやら恵まれているようだ」 と。


 そして。私とティゼル様に頭を下げて、言うのでした。


 「ティゼルさん、リルさん。勝手ながら一つだけ頼まれて欲しい。どうか、このワシと共に森に巣食っている異形の正体を突き止めてはくれないだろうか?ワシはどうしても、猟師として一度相手取った獣とは決着をつけたいのだ。嬢ちゃん達の旅路を邪魔して悪いとは思ってー」


 ああもう、焦れったいですね。

  私は強引に言いました。


 「私もティゼル様も協力しますって言ったんです。今さらですよ。それに、私はこの際シューヴェットさんを利用してやろうかと考えているんですよ。シューヴェットさんにをその異形相手にぶつけたい気分なんです」

と。

 「ガハハ!恐ろしい利害の一致だな!」

 それに対してシューヴェットさんは再度獰猛に笑ってそう言いました。


 「え?また変な空気!?ちょっとリル!」

 悪い精霊と悪い旅の猟師。そんな性悪共しょうわるどもにはついてこれない超清純派な我が御主人様はあわわわと慌てていました。



 ……とまあこんな感じの出来事が数時間前にあった訳なのです。この後シューヴェットさんは付近の警戒をすると一度テントを出て行くのです。

  流石に少し疲れたというティゼル様をとりあえず休ませた私は、とりあえず外出てみようかなーといった神をも恐れぬ気楽さで森を少し散策してみたのですが。これからさらに濃密な闇が漂うだろう森の雰囲気は精霊の私でもシンプルに恐怖を感じるものでした。ただ、シューヴェットさんが語っていたような不気味な気配は依然感じる事は無く。軽く魔力補給を行った私はティゼル様の待つテントへ戻る途中、ふと、何となく空を見上げました。夕暮れはとうに過ぎて、薄暗い闇が徐々に周りの空を覆い尽くしていく光景。夕暮れが終わった寂しさだったのか、それともこれからの事に思いを馳せたのか。どちらかは分かりません。私はいつの間にか、こう呟いていました。


 「ー今日はきっと満月ですね」 と。

  


 

  


 

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