『吠える森』ー3
ーはっきり言いましょう。
「…………」
私は目の前にあぐらをかいて座る高身長の男性を力いっぱい警戒していました。長く伸ばした白い髭、黒いライフジャケットに黒いサングラス、先程御主人様に突き付けた猟銃。それを片腕に抱えながらとは油断ならないご老人です。例え御主人様が許しても私だけは警戒を解きませんからね!
「いやあ、こうなるとは思わなんだ……」
「ですよね……居辛いなあ」
だというのに、我が御主人ティゼル様と男性は直ぐに打ち解けやがりました。何故ですか?何故なんですか?何を仲良く談笑してるんですか。直前の出来事を忘れましたか?絶対にこの男性油断なりませんよ。毒入りのお茶を飲ませてきそうです。
「グルルルルル……」
「……嬢ちゃんは猛獣と旅をしてるのかい?」
「気が立ってるんだと思います」
「気が立ってるのか」
「リル……私は大丈夫だから。変な事しないの」
「むー……ティゼル様がそう言うなら。お話だけは聞いてあげます」
「あはは、
まあ、今は有効的な態度を取っているようですが私はやはり油断はしません。お話は聞きますが、魔法はいつでも撃ち出せるようにしておきます。
「さあ、話してもらいましょうか」
あえて高圧な態度を取る私。
「ガハハ、精霊さんは怖いな。ーそうだな、お互い、自己紹介から始めるとしようか」
「あ、そうですね」
男性の方が、私より幾らか大人な気がしました。
△▼△▼
「嬢ちゃん、先は済まなかったな」
それから、ランタン1つの仄かな灯り、黒い小さなテントの中で私、ティゼル様、男性の色々な確認の為の話し合いの場が設けられました。
開口一番、男性は私ーではなく、ティゼル様に向かってそう頭を下げました。反省の意が込められた一言でした。サングラスの奥はどんな目をしているか分かりませんでしたが、私は直感で感じました。そこに悪意の欠片は微塵もありませんでした。誠実。感じたのはこの言葉でしょうか。ただ、そうだとしてもティゼル様を危険に
「そんな!止めて下さい。事情があったんですよね?なら、仕方無いです。それに殺意は感じなかったので悪い人ではないだろうなって思ってました」
と、男性をフォローしつつ、しっかりと許すという
もう、可愛い。最高。好き。大好き。自分もかなり怖かったはずなのに。彼女は聖人か天使ですね。育ちの良さが伺えます。
「……ありがとうな、嬢ちゃん」
男性は多少なりの責めは覚悟していたようで、僅かに驚いた様子を見せると穏やかにそう言い、次いで自身の事を話し始めました。
「ーワシの名はシューヴェットという」
男性の名前はシューヴェットさん。もう還暦を迎えられているそうで、長く伸ばした白い髭と口調や言葉選びが年長の風格を漂わせる方でした。
シューヴェットさんは片腕で抱えていた細く長く、しっかりと手入れされている証の
「コイツを使ってかなり長い事"ハンター"をしておる」 と、そう言いました。
「……ハンターってどんな職業なんですか?」
とは、ティゼル様のセリフです。私もそれには 同意でした。ハンターという職業は始めて聞きました。シューヴェットさんはそんな私とティゼル様の疑問にうむと頷くと
「ハンターとはな、簡潔に言うならば……」と私達にも分かるように説明をしてくれました。
ハンターとは言い換えると
「ワシは山が近くにあった国の生まれでな。小さな国だったが、昔から害獣の危難にばかり遭っておった」
シューヴェットさんは昔を懐かしむ目をして語りました。
「ワシは家族が父親しか居なかった。母はワシを産んだ時に死んでしまったからな。兄弟もおらず、父親とずっと2人だった」
「ワシを男手一つで育ててくれた父親は猟師をやっていてな、危険な野生の獣達から国を守るその姿に子供の頃から憧れておった」
「ワシも父の姿や独学でかなり修行を詰んだよ。猟銃の扱いには心底苦労したな」
"ガハハ"と笑うシューヴェットさん。シューヴェットさんはその当時、15歳という国内最速で猟友会に入り、その5年後ー20歳の時に正式な猟師として認められたそうです。実力も高く、
「父はどう思っていたかは分からんがな。自分の事をあまり話さん人だった。ただ、それでもワシは国内最高の実力を持つ父に追いつくべく血反吐を吐く思いで仕事を続けた」
そこまで話して、シューヴェットさんは話す勢いを落としました。
何事?となる私とティゼル様でしたが、シューヴェットさんの次の一言が衝撃でした。
「ワシが猟師として働き始めて僅か一年後の事だった。ー父が、死んだのだ」
静かに、そう言いました。その言葉にティゼル様は悲痛な表情を浮かべ、私も一瞬言葉を失いました。
「……何が、あったんですか?」
ティゼル様の問いに。 一拍置いて、シューヴェットさんは話しました。
「山から街の方へ凶暴なクマが降りてきてな。その時丁度、周辺のパトロールをしていたのが父だった。父は1人だったが、いつものように、臆する事なく戦った。人々の安全を守る為に。自らを
「そんな……」
「実力者でも命を簡単に失う世界、ですか」
私とティゼル様の言葉に。
「
「
自嘲気味に話すシューヴェットさん。父親を守れなかった自責の念があるのでしょうか。
「それから40年近く、定年で仕事を終えるまで、ワシはひたすら国を守り続けた。後進育成もしながらな。目標は失ったが、不思議と仕事に没頭すると父が死んだ悲しみは時間の経過と共に段々と薄れていったよ」
「そして今から数年前の事だ。若手もかなり育ってきた状況でワシは国の猟師を引退した。引退して、何をやりたいか考えたのだが、思えばワシは人生の半世紀以上国外に出た事が無かったのだ。折角だ。これからの老後としての余生は世界を巡るのも悪くないかもしれない。そう思ったのでな、旅の猟師を始める事にしたのだよ。幸い、腕はある。国を訪れ、依頼をこなし、日銭を稼ぐのは容易かった。そして旅を続け、今嬢ちゃん達と出会っているという訳だな。 ワシの自己紹介はこんなものだ」
自身の事を語り終えて満足したのか、シューヴェットさんはふーっと長い息を吐きました。
一方、私とティゼル様はといえば少し疲れてました。直前に襲われ、今現在も波乱万丈な人生話を聞き、少しげんなりとしていたんですね。私も私で結構反省していました。シューヴェットさん、悲しくもとても良い人でした。毒入りのお茶出しそうとか思ってごめんなさい。
「ーさてと、次は嬢ちゃん達の番だな」
なんて思っていたら、シューヴェットさんがそう言いました。ティゼル様があっ、そっかと顔を上げます。私とティゼル様の自己紹介。……ただ、私は一つだけ心配でした。
「……」 我が御主人様、ティゼル様の秘密。それを人の良さそうなシューヴェットさんに紹介するべきなのかと。
もし、紹介して、もし仮に、シューヴェットさんの反応が
ティゼル様が独特な形をした服装で旅をしているのは、その秘密を他人に極力知られたくないからなのに。
失敗すれば、彼女はきっと、どうしようもない程傷付くでしょう。優しい彼女の事です。ふさぎ込んで、私の知らないところで泣いてしまう可能性だってあります。
私はティゼル様の相棒精霊です。彼女を守る事が彼女と契約を交わした私の使命なのです。
シューヴェットさんがどんなに気さくで良い人でも、もしもの時はー、
ーと、私が一人、ほんの少しの黒い感情を呑み込もうとしていた時でした。
ティゼル様が、急に立ち上がりました。
「えっ?」 「うん?」
彼女の意図が分からず、困惑の声を上げる私とシューヴェットさんでしたが、ティゼル様がフードに手を掛けた瞬間、私は真意を察しました。
ティゼル様は、恐らく私と2人旅を始めてから最初にその姿を見せる人をシューヴェットさんにすると決めたのでしょう。
フードがゆっくりと下げられ、現れるのは元気に立った2つの"ミミ"。ピクピクと動くそれらに呆気に取られているシューヴェットさんへ向かって、ティゼル様は言いました。
「シューヴェットさん。私、半獣なんです」
【補足】
シーンは回想なんですが、次回は大切な回となりますのでご了承下さい。
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