『吠える森』ー2

  時間をさかのぼる事、数時間前の出来事です。面倒な事態に巻き込まれたのは、我が御主人ティゼル様の一言から始まりました。


 「眠い、お腹空いた」


▼▼▼▼


 「リル、今日はもう遅いしこの森で休んでいこっかー」

 「そうですねー」


 私とティゼル様は次なる国を目指して旅をしていたのですが、国へ辿り着く前に夕暮れに差し掛かってしまいました。旅人ー特にティゼル様は精霊である私と比べれば体力には限界があります。出来れば国の宿屋に泊まって休息をとるのがベストですが、旅路は困難な道のり故、時としては野宿せざるを得ない事だって出てくるもの。どうしようもない時ってありますからね。まあ、彼女は性格上、


 「えー?やだよ、ベッドが良い。ふかふかのベッドじゃなきゃ寝れない」

 「お風呂に入りたいよぉ」

 「あー宿屋なら美味しい御飯が出るのにな」


 等と貴女は何で旅人なんかしてるんですか?と問い掛けたくなる事をぬかしやがります。とんでもない怠惰たいださんです。ですのでそんな時の相棒精霊としての対応は


 「は?何言ってるんですか?今日は野宿ですよ。異論は認めませーん」

 と私が強引に野宿まで持って行きます。(次の国に間に合わない場合だけ)

  これぞ、出来る相棒。しかし、ティゼル様も負けず劣らず異次元のマイペース。急にスイッチが入るのか分かりませんが、本当に極稀ごくまれに自分から野宿しようと提案してくる時があるのです。お母さんは嬉しいです。(子を見守る親目線)森へ入った瞬間は「眠い、お腹空いた」と言っていたのがまさかの心変わり。一応、私は聞いてみました。国、目指さなくて良いですか?本当に野宿で良いですか? と。それに対する彼女の返答は以下のようなものでした。↓


 「うん?なんかね、そういう気分なだけ」

 

 らしいです。


 さいですかー。まあ、子の成長を見守るのは親の義務なので細かい事は良いですね。

  とまあ、そんな感じで本日は野宿をしましょうと落ち着いた私とティゼル様は国を諦めて道中の森の中で一夜を過ごす事と相成ったのでした。


▼▼▼▼


 森へ入って数十分後。

  "ザッ ザッ ザッ" と。ティゼル様が枯れ葉を踏み鳴らす音が辺りに響いていました。それ以外にも音はしているはずですが、ティゼル様の足音だけが、夕暮れに染まる世界の中、ずっと辺りに反響するように鳴り続けています。ちなみに私は精霊ですので常に宙に浮いている状態。フワフワと御主人様の隣を浮遊しているだけですが、相棒精霊としての心構えはバッチリなのです。つまり、魔法の発動準備。旅人で相棒でか弱い女の子なティゼル様を守るのが相棒で精霊な私のつとめ。ティゼル様には若干申し訳ありませんが、自然の多い場所だと精霊にとっては戦闘において独壇場となるのです。常に魔力を纏うような状態になりますからね。普段であれば発動を渋るような魔力消費の大きい魔法も実質撃ち放題になる訳です。

   まあ、ティゼル様もは持っているので過度な心配は必要無いんですけどね。ただ、そうは言ってもティゼル様の綺麗で可愛いお顔に傷が付きそうな場合は私の魔法で実力行使したりはします。御主人様の持つ魅力を守る。これぞ、出来る相棒のする事ですね。


 「んー、どこかに良さげな木は無いかなー」


 私の隣で口元に人差し指を添えながら辺りを見回していたティゼル様はそんな事を言いました。私にはどれも同じ木に見えるのですが、度を越えたマイペースで常人とは若干感覚が違う彼女はどうでも良い変な箇所にこだわるのです。単にハンモック掛けて寝られれば良いという問題ではないのでしょう。ちなみに私は基本睡眠が必要ありません。寝ても良いのですがそもそも眠気が存在しませんし、魔力さえあれば常に元気なのです。それに野宿の時は特にティゼル様を護衛する役割が私にはあります。御主人様に近付く不埒ふらちな輩を全て蹴散らす。これぞ出来る相棒のする事。


 「それにしても、結構暗くなってきたね」


 ティゼル様が足を止めて、ふと、そう呟きました。彼女は空を見上げていました。一体どれくらい歩いていたのか、辺りは森の木々にさえぎられて夕暮れといえど段々と、暗くなってきていました。そろそろ今日の寝床を見つけないとまずそうです。ティゼル様が寝床に適した木を見つけられず、森を彷徨い続けるのは言語道断です。クマが出来て、元気と可愛さを失ってしまうのは相棒として耐えかねる事態なのです。


 「御主人様ゾンビ化を阻止する!これも出来る相棒の鉄則ですね!」

 「……張り切ってどしたの?」


 とはいえ、ティゼル様の好みの木が見つかるまで延々と探し回るのもどうかと思うのです。休めるなら早い方が良いですからね。人の手入れが届かない森の奥で、願わくばひょこっとテントが出てきたりしませんかねー?等と私は割と真面目に馬鹿な事を考えていました。魔法を使えばぶっちゃけどこで休んでも良いのですが、ティゼル様が異次元の拘り馬鹿ですからね。


 (これ、魔法無しで詰み展開ですか?)

 なんて事を本気で思考していた矢先でした。


 「あ、テントあるよリル」

 「そうですか。……って、え?」

 ティゼル様の突然のテントあるよ発言。私は聞いた瞬間そうですかとスルーしてしまいましたが、ティゼル様の発言の違和感と実際に目の前に不意に現れたを見て、それらがうまく照らし合わされてから


 「……テントっすね」と声を漏らしたのでした。


 ティゼル様と私が視線を向ける先ー木々の乱立する光景から少しだけ開けた場所に木々に囲まれる中心に、黒色の小さなテントがぽつんと置かれていたのです。何だか不気味でした。真っ暗になりつつある森の中で背景と同化しかかっているから とかではなく、余りにその光景が場違いだったから。こんな森の奥にただ置かれているだけ、それに周囲にこのテントの持ち主らしき人の姿も、生活感すら何も無かったから。


 「何で誰も居ないの?怖くない?出掛けてる?」

 「まともな人なら真っ暗な森を闊歩かっぽしないと思いますよ。危険ですし」

 「だよね。なら、旅人への配慮かな?休んで良いですよって」

 「んー、どうでしょう?近隣の国では一切そんな話聞きませんでしたからねー」

 ティゼル様は余りの不気味さに結構怖がってしまっていました。私は仕方無いですねーと彼女の代わりに内部を覗いてみる事にしました。近寄って、一応、誰か居ませんかー?と声掛けも忘れません。が、中から声は一切聞こえません。そのまま中を覗くと、中には灯りの灯っていないランタンが1つ置かれているだけでした。荷物等は見られません。極めて殺風景な景色といえました。


 私は念の為、自身を範囲とした索敵さくてき魔法を掛けてみました。私の真下に緑色の小さな魔法陣が現れて徐々に大きく外へ広がっていきます。簡単に言うと、この魔法は近くに人が居た場合、魔法陣に触れる範囲内であればその気配を察知出来るかなり代物魔法です。女の子の旅路は危険ですからね。普段は使用しませんがあって損は皆無。


 (……居ませんね。とりあえず大丈夫かも)

 私が放出する魔力分、魔法陣は大きく広がります。かなり遠くまで索敵しましたが、人の反応はティゼル様のみでした。私はそれを確認、安心して魔法を解除しました。


 こういった第一印象で危険そうと判断したものは私がしっかりと確認を行います。御主人様の安全は徹底する。相棒精霊としての基本です。


 ……なんて、偉そうに言っておきながら。


 「ティゼル様ー、テント使っても大丈夫そうですよー」

 等と呑気に言いながら外に出た私は自身の愚かさをたっぷりと後悔する事となったのです。


 「り、リル……」

 私を見つめるティゼル様。しかし何だか様子が変でした。ただ普通に立っているだけに見えましたがよく見ると身体全体が僅かに震えていました。

  顔面蒼白で、唇は震え、少し涙目。私が彼女の異変に気付いたその時、ティゼル様の背後に誰か居る事にも気付いて。


 闇と同化していて分かり辛かったものの、分かった事は2つ。高身長で男性。ティゼル様の背に


▼▼▼▼


 「ー何で」

 私から漏れたのは恥ずかしい話ですが、御主人様が襲われて焦った声ではなく、人間が居たという衝撃の声。


 本当はいの一番にティゼル様を心配しないといけないにも関わらず、私は自分自身の魔法の失態を嘆いた訳ですね。


 「ー君達は何者だ?」

 高身長で男性な何者かはしわがれた声でそう言いました。何故だか、不思議な圧がありました。精霊の私でも逆らえば命は無いかも と思うくらいには。


 「私達は

 「私達は……ただの、旅人です。この森には旅の休息の為に入っただけです。明日になったらこの森からは出て行きます。何も、企んでいません。どうかこの場は……見逃して貰えないでしょうか」


 情けない限りですが、弁明しようとしたのは私だけではありませんでした。ティゼル様が大人の対応を見せたのです。


 「ほぅ……今日は野宿でもするのか?」

 「はい。ここからは離れます。それで許して頂けませんか?」


 私から見るティゼル様は過呼吸寸前で踏み留まっているように見えました。息は荒く、嫌な汗を流し、苦しげでしたが、彼女なりに何とか安全な方向へ交渉しようと頑張っているのが痛い程伝わってきました。相棒として胸が苦しい私です。直ぐに魔法を駆使して助けたいのは山々なのです。ですが、下手に魔法を発動出来ないのです。私が索敵魔法を使用してから大して時間が経っていない事から、高身長で男性な何者かは少なくとも森に居たはずです。にも関わらず私の魔法をすり抜けたという事はかなりの実力者で魔法を事前に察知したとしか思えません。人間にそんな芸当は不可能なはずですが、その事実があるだけで私は現に今無力化されています。絶対に私の魔法よりティゼル様が撃ち殺される方が早いですからね。相手はキレ者過ぎます。ちくしょう。


 (ティゼル様……)

 はからずも動きを封じられてしまった私とティゼル様。私は焦ります。私は私が精霊である事にはティゼル様のお陰で誇りを持てています。ですがこの状況は控え目に言って理不尽でした。まだまだ私とティゼル様の旅路はこれからだというのに。こんな所で潰されて良いはずが無いのです。


 「頭を働かせなさいリル!この状況を打開する魔法はあるはずっ……!」

 思考を切り替えましょう。突然の襲撃者や私の魔法がすり抜けられた衝撃よりも今優先すべきはティゼル様を救出する事。その為に必要な事を私は持っているはずなのです。

  ふと、ティゼル様に視線を移しました。彼女の目線は私に向かって注がれていました。急に恐ろしい場面に遭遇した彼女ですが、私を見るその眼差しだけは"絶対にリルが助けてくれる"という信頼の二文字に満ちていたのです。


 相棒精霊としてこれ以上無い程嬉しい信頼ですが、その期待に応えられなければ意味ありません。

  そして私はこの土壇場で一つの可能性を見出していました。があるのです。ティゼル様ならばそれを上手く利用してこの膠着こうちゃく状態から抜け出せるかもしれません。少し、待っていて下さいね ティゼル様。


 私は決意を固めると、再び魔力を放出し始めました。ほぼ連続の魔法使用はかなり響きますが、まあ問題ありません。ここは森なので。


 「むっ!?」

 ティゼル様の背後で猟銃を構えた何者かが警戒の声を漏らしました。それ自体はおかしくありませんが、早くないですか?私魔法撃つのこれからなんですが。

  戦闘経験が異常に多いのでしょうか。2度に渡り精霊としてのプライドを折ってくるというのなら、一度くらいは驚かせてみせましょう。


 私は自身を。普段はティゼル様の掌に収まる程度の私の丸っこい光体は彼女が愛読している文庫本程までの大きさになって。ティゼル様が"あっ"という反応を見せたのと同時、何者かも「何だ!?」と驚きをあらわにしていました。良い気味です。出来ればそのままの反応でお願いしますね?

  現金な私は少し浮かれつつも、その魔法を発動させたのでした。


 「目、つぶってた方が良いですよ!」

 そのセリフはティゼル様にも、何者かにも放ったものでした。

  光が放出されます。"カッ" という効果音が似合う、白い光です。かなり広範囲でした。まだこの時点では真っ暗闇ではありませんでしたが、光はその瞬間だけは夕暮れの薄暗さを全て吹き飛ばして周囲を完全に明るく照らし出しました。乱立する木々達に囲まれた中で、私の次に動いたのはティゼル様でした。


 「ありがとう!ナイスだよ、リル!」

 彼女は何者かから離れると、目にも止まらない速さで右の回転蹴りを放ちました。狙いは寸分違わず何者かの持っていた猟銃を弾き飛ばしました。「ー何っ!」一瞬の隙を突かれて何者かはその身体をぐらつかせました。そこをティゼル様は見逃さず、蹴った勢いそのままに今度は右半身の構えから左の上段蹴り。攻撃は当たったかに見えましたが、何者かは自身の右腕を盾代わりにしてティゼル様の蹴りを防いでいました。素晴らしい見極めでしたが、ティゼル様はその上を行きます。上段蹴りが通じなかったとみるやその脚を一回転。"ザッ"と落ち葉の上に着地すると、一気に何者かのふところへ踏み込んで右の膝蹴りを放ちました。……が、それはフェイク。何者かはそれさえも両の腕でブロックしようとしましたが、ティゼル様はそのまま何者かの腕を掴んで力づくで押し倒しました。


 そして、落ち葉の上にティゼル様から組み敷かれる形となった何者かは猟銃を失い自身の不利を悟ったのか慌ててこう言いました。


 「ちょっと待ってくれんか!少しやり過ぎたよ!」 と。


 もう襲ってくる気配が消えたのでしょう。ティゼル様は困惑した顔をしつつも、何者かー高身長の男性を離しました。


 「ティゼル様っ、大丈夫でしたか!?」

 「何とかね。あはは、危なかった」

 「笑い事じゃありませんよ!一歩間違えればズドンだったんですよ!?」

 「ズドンて……いやあ、怖かったけどね?殺意は感じなかったよ?」

 「そうなんですか?」

 「うん。リルがさっき隙を作ってくれたでしょ?だから私、あの人から事情を聞こうと思って仕掛けてみたの」

 「信頼とは一体……」

 「何か知らないけど落ち込ませちゃったね……」


 御主人様の無事を確認して、安堵する私。

  視線を彼女の背後へ向けると、高身長の男性がうめきながら身を起こしていました。


 警戒する私。……でしたが。

  男性は先程私が感じた圧とは真逆も真逆。とてもフランクな感じで私とティゼル様へ話し掛けてきたのでした。


 「嬢ちゃん達、悪かったな。そこの黒テント、ワシのなんだが……少し休んでいかんか?」 と。


 

 

 


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