『二つの国と旅人と』

 「やっぱり朝から抹茶は幸せだよ〜」

 「早朝から堪能してるのはティゼル様だけでしたね」


 翌日、滞在3日目にして出国日の朝。

  私とリルは今、朝のまだ涼しい空気の中をゆったりと国の城門へ向かって進んでいる。他の旅人はどうか知らないけれど、私とリルの旅路では出来る限り早めに国を出発する事にしている。次の国へ着くまでに色々と予定を立てやすいから。まあ、そんな風にしてても早起き出来ない私は完全にリル頼りになってしまうんだけどね。でも、それでも私の早朝ルーティンー喫茶店で抹茶を必ず飲む事だけは徹底してる。早起き出来ない癖に欲張らないで下さいってリルには叱られるけど、それは無理である。人は好きな事ならずっと続けられるからだ。いつかの時も似たような事を言ったけれど、"好き"への投資は決してお金の無駄使いではないのだ。いつかリルにも分かって欲しい。


 話は変わるけど、この国はかなり過ごしやすかったと思う。国の人々は皆穏やかで優しいし、読書好きにはたまらないスケールの図書館もあったし、レストランの御飯は美味しかった。あと、夜は騒がしくなく、静かな時間を堪能出来た。正直、また来たい国の一つにリストアップ(私的)に載せても良い程で素晴らしい国だ。普段、"ふーんこんな国なんですねー"等と棒読みで私以外ほぼ眼中に無いんじゃないかと感じるリルも結構楽しそうにしていたくらいだったから、やっぱり国の持つ魅力って凄いなあって改めて思う。


 「ティゼル様、少し惜しく思ってます?」

 「リルにはばれてたか」

 「だって街並みを名残惜しそうに見てるんですもん。貴女の相棒なら分かりますよ」

 「私がここに移住するって言ったら?」

 「ティゼル様との旅が終わるのが嫌なので全力で反対しますね」

 「私の事、やっぱり大好きなんだね?」

 「ーっ!たっ、試しましたね!?ティゼル様この野郎!」

 「あはは、この野郎って。でも安心して、リル。私この国には移住するつもりは微塵も無いよ」

 「ー本当ですか?」


 「良い国だけど、だらけだからね」


△▼△▼


 「旅人様!出国なさりますか?」

 それから暫くリルと会話を交わしながら通りを進むと国へ入ってきた時と同じ城門が目に入って、私とリルの姿を確認した衛兵さんがこちらへ向かって手を振ってきた。私も軽くお辞儀をして、衛兵さんへ近付いていく。


 「3日間、ありがとうございました。そろそろ出国しようと思います」

 私は衛兵さんに国の観光と滞在のお礼も含めてそう伝える。すると衛兵さんは嬉しそうに笑顔で言う。

 「旅人様にそう言って貰えるなら我々としても本望です!これから先の旅路も安全をお祈り致します!」

 「ありがとうございます。それじゃあ、行きますね」

 「門をお開けします!暫くお待ち下さい!」


 所詮、なんて言ったら口が悪いと思うけど、一つの国における旅人と門番である衛兵さんのやり取りは想像より割とあっさりしている。まあ、入国と出国の時だけの関係だからそもそも雑談なんかのざの字すら無い。それが旅における当たり前。

  だから今回も、私とリルは衛兵さんが開けてくれた城門を抜けて、いつもの旅に戻ろうとしてー


 「ーあ、あの!」

 完全に国を出ようとしたその寸前。

  私とリルはもう無関係になったと思っていた衛兵さんから声を掛けられて。私は振り返った時、結構驚いた顔をしていたと思うけど、私が何でそんな顔をしたか。その真意は衛兵さんには分からないだろうなと感じた。


▼▼▼▼


 国の門番である衛兵の仕事。それは、国を訪れる旅人や商人(他仕事関係の人間)をしっかり審査し、国に害が無いのを認めた上で国への入国及び観光や滞在を許可するものだ。彼ら彼女らが国を出て行く時もこれからの旅路が上手くいくよう祈り、送り出す。門番を任されている兵はその教えを破ってはいけない。……のだが、男は衝動を抑え切れず、つい話し掛けていた。へ。


 自分は馬鹿だ と男は自責する。

  仕事中だぞ!と心の中では分かっている。いるが、どうしても、聞いてしまった。に。


 「旅人さんは……隣の国には行かれましたか?」

 もっと馬鹿な問いだと思った。国を出ようとしている旅人に、自分なんかが前に出過ぎだ。だが、旅人の少女は"あー"と言うのを少しだけ躊躇ためらった様子を見せた後、言った。


 「数日前に。あまり良い思い出は無いですけど」

 少女はを見ながら思い出すのも苦々しそうに言った。


 男はその一言を聞いて、"ほっ"とした。

  隣の国は危険だ。少女のような旅人が大怪我するような事態になっては遅いのだ。あの国には、人ではない、野蛮な獣が大勢潜んでいるのだから。


 「そうですか。それは良かったです。我が国を訪れた後に隣の国に行って欲しくはなかったものですから」

 だから男は、旅人の少女に対して素直な安堵あんどを口にした。そして、そこで話を終えようとした。隣の国に行ったか、行かなかったのか。それだけが気掛かりだったのだ。男は"引き留めてしまい申し訳ありません" そう告げようとした。 が


 「あ、すみません。私からも1つ、良いですか?」

 今度は少女の方が男に質問があるらしかった。

  何だろうか?もしかしたら、旅人なのでこの地域周辺の事を教えて欲しいとかそんなものかもしれない。そもそも自分が少女を引き留めてしまったのだ。答えられる事なら答えてあげたい。


 「全然構いませんよ。何でしょうか?」

 男は少女に話を促して。それを受けて少女は"じゃあ、すみません"と前置きして。言った。


 「ーこの国って疲れるって事無いですか?」 と。

 男は目を見開いた。少女は気付いていたのだ、この国の持つ違和感に。

  元々1つだった国から"穏健派"と"過激派"に別れてしまい、国を離れる決意をした"穏健派"の国民達は山を1つ挟んだ所にある広大な敷地に対抗するように国を建国した。時間は掛かった。建国までに離れていった者達も大勢居る。だが、国は完成した。あんな凶暴な化け物達の住処より断然住心地の良いが。しかし、少女の違和感は実は的確なものだったのだ。争いから離れ、幸せを手に入れたかに見えて、この国の国民は男を含め皆、恐れてしまうようになった。をも。


 進んだ道が正解だったのか分からない。男はを浮かべると言った。


 「問題ありませんよ。慣れましたので。争いが一番、人間にとって不必要な物なんですから」と。


 それは、紛れも無い本心であったのだが。


 「……そう、ですか」

 去り際、少女が自分に対してあわれみの感情を見せた事だけが、男がこの国の門番という仕事に就いてから前にも後にもたった一度の、心残りとなったのだった。


『二つの国と旅人と』END

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