『殺伐とした国』

 微睡みの中に落ちていきながら。

  数日前に訪れて、国を思い出すー


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 『貴様等、何者だ!』


 国の城壁に近付いた瞬間、私とリルを迎えたのは国の衛兵さんーだったけど、歓迎するような感じは微塵みじんも無くて、むしろ何だかかなり険悪な雰囲気を醸し出していて。

  天候は空一面の曇。木々が連なった道を歩いてきたけれど、日差しが少しも無かったせいかここに来るまで結構寒かった。私は訳あってフード付きのワンピースで旅をしている。だからという訳じゃないけど、足下がかなり冷えた。ファッションには無頓着な私だけど、この際冬用にコートやハイソックスとかを買ってても良いかもなあ。


 なんて事を考えながらだったものだから、割とまだ距離があったにも関わらずそんな声が聞こえてきて一回心臓が冗談抜きで跳ね上がった。


 遠くからでも分かるレベルでかなり険しい目をしている衛兵さん。私とリルはヒソヒソ声で会話しあった。


 『……何か怖くありません?』

 『……私達ってここは始めてだよね?』

 『はい、そのはずです』

 『嫌いなのかな?旅人』

 『?そんな話は聞きませんでしたけどね』

 『疲れてるとか?』

 『じゃあ、恐らく激務続きでお腹が空いてるんでしょう。つまり旅人に対する八つ当たりですね』

 『それは可哀想にね』


 私とリルの中で勝手に"空腹"扱いされた衛兵さんは少し警戒しながら近付いてきた私とリルを睨むとまるで全てを見透かそうとするかのように足元から頭の先までを睥睨へいげいして。

  気味の悪さを感じる私と、密かに魔法の発動準備を始めるリル。一触即発の雰囲気が漂い始めた中、最初に口を開いたのは衛兵さんだった。


 『ー貴様達は旅人か?それとも商人か?』


 思ってもいない一言。いや、嘘だ。もしかしたら追い返されるかもと思っていた。それだけに、結構意外だった。


 『えっと……私達は旅人です。武器は持ってませんよ。確かめてもらって構いません』

 『御主人様に誓います。私達は世界を巡っているだけです。微塵も怪しくないですよ』

 リルが怪しくないって言うとちょっと語弊ごへいがあるようにも感じてしまうけれど。私も私で余計な事を口走ってしまった気がする。緊張で。下手したら襲われるかも。そう怖がりながら遠慮気味に衛兵さんを見ると、衛兵さんも少し安心したような表情を浮かべていた。


 『ー旅人か。ならば良い。荷物検査も必要無い』

 『あっ、私達観光と滞在で来たんですけどー』


 追い返される、襲われるといった心配が消えた私は若干気が緩んだのかちょっと前のめりでそんな事を言ってしまった。

  言った後でしまった、早まり過ぎたー そう思ったけど、特に問題は無かった。衛兵さんはため息をいた後で"だが"と前置きして、こう言った。


 『国に入るのなら、条件がある』 と。

   何やら意味深な言葉。私とリルが2人揃って"条件"?と首を傾げると、衛兵さんは一瞬背後を振り向いた後、声を潜めるようにして、言ったのだ。


 ー旅人にとっては割と致命的な、でもこの国にとってのを。


 『観光は認めるが、滞在は許可しない。観光を終えたら即刻国から出ていけ。それで貴様等が良いのなら、入国を手配しよう』


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 観光は大丈夫で、滞在が駄目。

  国によって色々変わるけど基本的に滞在が駄目な国はほとんど無い。でもこの国は旅人や商人が国にとどまる事は許されない。なのに観光はしても良い。言われただけでは意味が分からなくて、城門をくぐり抜けるまで私とリルは衛兵さんの言葉に大いに混乱した。


 でも、国へ入国した瞬間。私とリルは即座に衛兵さんの奇妙な物言いの正体が分かった気がしたのだった。


 「リル……何があったの?この国は」

 「さあ……驚く程静かですし、何よりー」


 城門を抜けて大体の国は最初に住宅街が並んだ通りとか、石畳いしだたみの狭い通りがあってそのまま開けた所まで出たら国を象徴する噴水があったりする。この国も、入った瞬間はそんな感じだった。

  けど直ぐにそんな当たり前は消えた。


 ー国全体が、としていた。


 それは、比喩表現とかじゃない。本当に、国が"がらん"としていた。

  見慣れた光景であれば、人々の笑い声や歓迎するような声が聞こえてくるような通りでさえ、誰も居ない。人っ子一人も。


 さらに言えば、治安もかなり悪そうだった。

  通りのそこら中に誰が捨てたのか分からないが転がり散っている。そして住宅街の外壁の至る所に何を描いたのか分からない落書き。色は様々。多分だけど、油性の絵の具で描いたのかな。試しに指でなぞってみたらそりゃ時間も経ってるだろうし固く乾いた感触があるだけだった。


 「ティゼル様!これ見て下さい!」

 何やら驚いた様子のリルに呼ばれてそちらへ行ってみると、通りの中心には大きな噴水。……けど、何か様子がおかしい。何だろう?と思って近付いて……思わず、絶句してしまった。

  噴水の一番上に建てられた女神像。その頭部が。無理やり砕かれでもしたかのような破壊の跡しか残っていない。しかも、噴水からかなり水は溢れ出して通りを浸水してるし、最早水というかただの泥水で。


 「何か事件でも起きない限りこうはなりませんよね」

 「うん。……やばい国に来ちゃったかな?」

 普段見ない衝撃の光景に顔を引きつらせる私と珍しくふざけないリル。ここで私は思った。あの衛兵さんはもう滅んだ国の守り手をずっと続けているんだろうかと。でも、そうなら国に留まる必要無いよね。この先に行けば、もしかしたら人が居るかもしれない。事情は国の人に聞けば良いのだ。


 そう思っていたらリルが言った。


 「ティゼル様、もう少し国を見ていきませんか?結論を出すのは早い気がします」

 「うん、そうだね」

 旅人として。いつもとらしくない事を言うリルに笑って、私はそう返した。


▼▼▼▼ ▼▼▼▼


 それから私とリルは国の大通りへと向かった。

  この時の私とリルはこう思っていたのだ。ー国の中心まで行けば、流石に誰かしら見掛けるだろうって。けど、それでも、この国の景色がくつがえる事は無くて。


 本来だったら沢山の人々で賑わっていたんだろう国の大通り。でもそこは、私とリルからしてみたらとしかその目には映らなくて。


 元々書店やレストラン、青果店や服飾店だったのだろうお店の残骸ざんがい。ガラスの破片が散乱していて酷い状態だった。看板とかが残っていたからぎりぎり何のお店か分かったけど、そこまで潰され荒らされだったらきっと元が何だったのか分からないくらいに中もめちゃくちゃ。


 『何があったかは分からないけど……』

 『確かにこれは滞在するなって言うわけですね。何なら観光もしたくないです』


 衛兵さんの言葉の意味がここでようやく分かってげんなりする私とリルだった。


 『どうします?出ますか?』

 『正直そうしてもよくなったよね……』

 『人全然居ませんしね。国の事もこれじゃ分からず終いです』

 『参ったね……やっぱり衛兵さんに聞く?』

 『そうした方が良いかもですね。あの方怖そうでしたけど、害が無いと分かって貰えたので危害は加えてこないかと』

 『うう、入国したばかりで旅人としては名残惜しいけど、多分公園とか行ってもベンチ壊れてるだろうし、宿屋もやってる訳無いよね。ああ、ふかふかベッドがぁ……』

 『ふかふかベッドは次の国に行けばありますよ。寝ぼけた事言わないで行きますよー』


 すたれた国には一切似合わない掛け合い漫才みたいな会話をリルとこなして、この国に何があったのか衛兵さんに聞く為、とりあえず城門へ向かおうとした時だった。


 『ーえ?』

 私は"違和感"を感じた。リルがどうしました?って聞いてくるけど耳を貸さない。代わりに、に神経を集中させる。抽象的な違和感ではない。今、。私の耳が。

  私の右後方くらいーお店だった何かの前に瓦礫がれきが積み重なった場所で、音がした。石ころが転げ落ちるような小さな音だったけれど、それとも嗅覚が感じた。こんな事を言うのもだけど、がある。明らかに、私個人を狙ってる。


 本当はそんな使い方するのはあまり良くはないんだけどね。でも、私に"身を守る方法"として半獣であることを弱点じゃなくて武器に出来るって昔教えてくれた人が居る。だから、旅の緊急時だけ、私はその人の教えにのっとる事にしている。


 私が警戒を崩さないでいると、相手の方は痺れを切らしたのか、『ちっ』と小さな舌打ちが聞こえたーと思ったら、瓦礫の影から誰かが物凄い速度で飛び出してこちらへ走ってきた。

  ー銀に光るを構えて。


 小さな女の子だった。ボサボサの髪を振り乱して、泥で汚れた服の事はお構い無しに、私を一心に睨んで。


 『ティゼル様!』

 異変を察知したリルが叫ぶ。だけど私はそれに"大丈夫だよ"と答える。分かりやすく襲われてる状況で何故リルを頼らないのか。それは単純明快。

  ー私の持っている武器はにもあるから。


 『うっ、うあああああーっ!』

 目に涙を浮かべて突っ込んでくる女の子。私はその姿に少しだけ申し訳無さを感じながら、を放って果物ナイフを弾き飛ばして。

  "えっ!?" 驚く女の子にそれ以上の攻撃は加えずに、正面から優しく抱き留めた。


 『人から物を奪おうとするのは駄目だよ』

 その言葉も付け足して。すると、女の子は"ごめんなさい"……と小さくこぼして膝を突いたのだった。


 『ティゼル様っ、大丈夫ですかっ?』

 『うん、全然元気!』

 『その女の子……』

 『いきなり襲い掛かって来たの。でも、もう大丈夫だと思う。武器はもう弾いたし』

 リルに無事をアピールする私。リルは私の姿に安心すると、女の子に向かってかなりカンカンで怒り始めた。

 『もうっ、まだ幼いからといってやって悪い事だという理解をしないと駄目ですっ!旅人だからといって好き放題していい訳じゃありませんよ?』

 リル、もう良いよ。私が無事で何も取られてないんだし。これ以上説教させると今度はリルが悪になってしまうので、私はアイコンタクトでリルにそう伝える。しょうがないですねー、御主人様に免じてですよ?そう言って諦めてくれたリルに感謝。女の子に話を聞こうと私もしゃがんだ所で、視線が同じになった女の子の表情が怯えている事に気付いて。


 『どうしたの

 『お姉ちゃん、逃げて!!!』


 私とリルはハッと顔を見合わせて。

  その瞬間、があらゆる方向から"旅人"を狙い始めた。


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 それ以降の事は正直、何が起こったのか分かっていない。今まで一体どこに潜んでいたんだろうって不思議になるくらいの人が現れて、私とリルに襲い掛かって来たのだ。

  リルが咄嗟とっさに障壁魔法を張ってくれなければ私は攻撃を受けてたのは確実だった。大通りを全力で走り抜けて城門まで戻って来たものだから、再び衛兵さんと顔を合わせた私は完全に疲れ切っていた。暫く肩で激しく息をしてるのが精一杯で。


 『……おい、大丈夫か?何があった?』

 私がようやく落ち着いた頃、顔を上げると、今まで機を見計らってくれていたのか、衛兵さんがそう声を掛けてくれた。ちなみにリルは魔法で私を守ってくれた後、ただ私の隣をフワフワ浮いて付いてきただけだったので私とは正反対。物凄く"スン"としていた。良いな、空を飛べるのは羨ましい。


 なんて事を思いつつ、私は一瞬どう答えるか迷って

 『……襲われました』 と簡潔に答えた。


 すると衛兵さんは私の返答を予想していたかのような様子を見せると『……やはりか』と呟いて。


 『言葉の意味が分かっただろう?』

 『意味はよく分かりました。でも、この国どうなってるんですか?国は荒れてますし、国民総出で追い剥ぎしてるんですか?』


 何故か自嘲じちょう気味な衛兵さんに対して、リルの口調は結構厳しかった。考えなくても分かる、リルは怒っているのだ。私が危険な目に遭わされた事に。


 『怒りはもっとも……と言いたいが、私は貴様等が入国したいというから滞在は出来ないと条件付きで入れただけだ。元より、特に入国するつもりが無かったなら私は貴様等を追い返していた』

 『それは……そうかもしれませんが』


 あれ?修羅場を潜り抜けてきたばかりなのに、また修羅場に突入してる?リルと衛兵さんがこのまま争い始めて私相棒監督責任で捕まったりする?

  私は破滅の未来を想像して鳥肌が立った。ごめんねリルと思いつつ、強引に話題を逸らす事にしたのだった。


 『あ、あの……この国で昔、何があったんですか?』

 私の言葉に熱が少し冷めたのかもしれない。衛兵さんは一瞬目を見開くと、こう言った。


 『……かつて、この国は一つだったんだ』

 そう、ポツリと溢した。言葉の真意が読めず、首を傾げる私とリル。


 『昔は本当に、平和だった。笑顔の絶えない国だったよ。私も、国につかえる兵士の1人として、ずっとこの平和は続くのだろうと思っていた。疑いもしなかった』

 国の事を語っているんだろう事は確か。でも、衛兵さんの口調は苦しそうで。


 『だが、平和というものはほんの些細な事で崩れるんだ。発端は、酒場での喧嘩だった。事件の当事者達は酔い潰れていたらしい、余計な事を口走ったのか、言い合いから発展したのか。そこは分からないが、当事者達は喧嘩を始めてしまい、片方が謝って片方を殺してしまった。酒場は大混乱となり、複数の怪我人まで出てしまった。この事が原因で国は"穏健派"と"過激派"に別れてしまい、さらに国内で内紛が勃発とまできた。笑えるだろ?が見た国の光景は大方それが原因だよ。今じゃこの国は"過激派"達の巣窟そうくつと化していてね、私ですらもう国に入る勇気が無い。ずっと詰め所暮らしだよ』


 話を吐露し始めたら人って結構な確率で饒舌じょうぜつになる。

  私の旅の経験上、そんな人って多い。この衛兵さんも例外じゃなかった。苦しい話をしているはずなのに、その顔には自嘲の笑みが浮かんでいて。


 『私の同期達は皆ほとんどが下らない内紛で命を落とした。生き残った者達はこの国から離れていった。この国の門番は最早私だけなんだ。ここ数年は何をしているのかすら分からない。こんな国、守る義務なんか無いよな。国を放棄しようかとも最近考えているんだが……』


 そこまで言って、苦しさが頂点に達したのだと思う。衛兵さんは急に言葉を途切れさせると私とリルから顔を背けて『済まない、もう帰ってくれ』と一言だけ呟くと肩を落として詰め所へと戻って行ってしまった。


 その場に残されてしまった私とリル。

  見上げる国の城壁と城門は変わらず大きい。だけどきっと、この中でまともに暮らしてる人なんか居ないのだろう。


 何だか、"怖い"よりも"寂しい"が勝ってしまう。

  冷静に話し合えば……なんて完全に他者の意見だ。物事を表面的にしか見てないから、所詮国の人とは抱く印象が違う。私とリルに出来るのは、"そんな事があったんだ"と国の良い歴史も悪い歴史もまとめて知る事だけ。


 『旅人ってこういう時辛いと思わない?』

 『ですね。全くもって同感です』

 一際ひときわ強い風が吹いた。私のワンピースが強風ではためく。フードも外れそうになって慌てて両手で押さえた。


 『何だか"早く立ち去れ!"って言われてる気がしますね』

 『うん。ー次はどこ行こうか?』


 国から背を向ける。向けて、変わらず歩き出す。

  風吹き抜ける木々の中央を、足早に。


 ふと、その最中に視界にが映り込んだ。それは、今しがた離れた国のではなくて。


 ここから山を1つ挟んだ所にある、ここから近い位置にある国だった。


『殺伐とした国』END


 

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