『感謝する国』ー1

 「こんにちは、我が国へようこそ!」


 その日、とある国を2人の旅人が訪れていました。1人は白いワンピース姿の少女。右肩に使い古された灰色の旅鞄たびかばんげています。肩程まで伸ばした黄色のボブカットに、雄大な自然を想起させる若草色の瞳、幼さの残る童顔。少女の捉えられるべき特徴はこの程度。 というのも、少女は少し目深にを被っていました。まるで猫ミミのように見える奇妙なシルエットがほどこされたフード。端から見れば怪しさ満載の格好ですが、国の門番である衛兵さんがそれを不思議がる事はありません。


 そして、そんな少女には相棒が居ました。少女の横に並ぶようにして淡い緑色の丸っこい光体。大きさでいったら少女の掌にすっぽり収まるサイズ。現実という言葉が似合わない実にファンタジーめいた存在でした。


 それは、俗に言うというモノ。簡潔に言えば、私の事です。名前はリル。私との契約者であり、私の御主人様であるティゼルという名の少女の相棒であるハイスペック万能美少女精霊!(長い)


 と、少々大袈裟な自己紹介は程々に。

  私の横に立つ御主人ことティゼル様は、衛兵さんに話し掛けました。


 「こんにちは、私はティゼル。旅人です。横にいるのは、相棒精霊のリルっていう子です。この国には観光と滞在で来ました」


 そんな風に旅人として最低限とされるセリフを口にします。私もそこに便乗びんじょうして"どうもで〜す"と間延びした挨拶をしました。


 「旅人さんですね。目的は観光と滞在……滞在期間はご希望がありますか?」


 衛兵さんは精霊である私に対して一瞬だけ目を輝かせましたが、お仕事中だという事を思い出したのかすぐにティゼル様へそう質問しました。


 「3日でお願いします」


 それにティゼル様は答えます。衛兵さんが頷いて、右手に持っていたバインダーから一枚の白紙を取り出してティゼル様に差し出しました。


 「では、こちらの紙にお名前のサインを頂きます。ペンはこちらをお使い下さい」


 衛兵さんからペンも受け取ったティゼル様は一瞬だけ考える素振りを見せた後で、"えーと" と口を開きました。


 「名前は私のだけで良いですか?」

 「構いませんよ。お連れ様がいらしている場合は代表者の名前で通りますので」


 ティゼル様は衛兵さんの答えに安心したかのように、"分かりました"と頷いて白紙に自分の名前を書き始めました。どうでも良い事かもしれませんが、字が小っさくて凄く綺麗でした。可愛い。

  ちなみに国に入国する際、私達旅人や商人さんなどはかなりの高確率で今のように名前のサインを求められます。私が聞いた話によれば、そのサインは国に対する同意を示すようなモノなのだそうです。それと、に国の役所が旅人の存在を把握しておく事でしっかり助けたり支援したりする為でもあるのだそう。後者はあまり頻繁には起こらないでしょうが、国にそうした旅人歓迎ムードがあるだけでかなり有り難いものです。


 脱線している間にティゼル様は名前を書き終わったようです。


 「お名前の方、確認しました。旅人さん方の入国を許可します!」


 確認の後、衛兵さんは城門横に取り付けられていたレバーを"ガコン" と降ろしました。

  すると、直前まで完全に閉まっていた鈍重どんじゅうな城門が徐々に左右へ向かって開いていきました。


 「やっぱり何度見ても……」

 「凄い光景ですね、これ」


 2年も一緒に旅をしている私とティゼル様ですが、国に入国する際のには何度も圧倒されます。精霊たる私を驚かせる人類、恐るべしです。


 そんな事を冗談で思いつつ、私とティゼル様がお礼を言いながら城門を抜けようとした時です。衛兵さんがこう言いました。


 「国民の皆さんには、少しだけお気を付け下さい」 と。


 僅かに苦笑しながら。

  奇妙な一言。首を傾げるティゼル様と不思議に思う私でしたが…… 国へ入国してすぐ。衛兵さんの言葉の意味を理解するのでした。


△▼△▼


 城門を抜けて、「お腹空いたねー」「最初レストランから行きます?」等と私とティゼル様が会話しながら歩いて、色々な食べ物や雑貨が売られる大通りの露店辺りに差し掛かった時の事です。


 ティゼル様のが"ピクピク"動きました。それすなわち、音を拾いやすい彼女のケモ耳が何かに反応した という事です。


 (わあー、可愛いなあ)


 旅路においては危険は付き物。安全な国だからといって、何が起こるか分かりません。だというのに、この相棒精霊さんは御主人様の可愛いさに見事に見惚れ、危機感がほぼほぼ欠如していました。可愛く言えばポンコツ、悪く言えば阿呆あほでした。まあ、私の事なんですけどね。


 「うん?……えっ!?何!?」


 私がそんな事を考えている内に、既に御主人様へ危機は迫っていました。

  大通り中からしていました。


 「皆ぁーっ!!旅人さんが来たぞおおお!!!」


 通行人だったり、露店の店主の方だったり。あるいは何故か犬だったり猫だったり。その時私達の周辺に居たありとあらゆる国の方々がティゼル様に殺到していたのです。


 「よく来たな旅人さん!」

 「どうしてこの国に来てくれたの!?聞かせて!」

 「ワンッ!ワンワンッ!ワンワーンッ!」

 「にゃーにゃー」

 「うわあああああっ!?」


 入国早々、何が何だか分からないカオスが始まりました。私が助けに入る間も無く、国の方々にもみくちゃにされ、人の波に呑まれていく我が御主人様。


 「てぃっ、ティゼル様あああああっ!?」


 この時、私は己の無能さを恥じていました。私も精霊として生まれ立ての頃は危機管理能力の鬼とさえ呼ばれたものですが、この体たらくは何事なのでしょう。御主人様の可愛さを前に馬鹿丸出し。私のせいで国の方々から理由無く襲われるティゼル様。ああ、やってしまいました。私とティゼル様の旅路は、こんな所で終わってしまうのでしょうか?


 ーいえ!違いますッ!

   私はティゼル様の相棒精霊!彼女を襲う不埒ふらちな輩は我が魔法で叩きのめすのみ!


 「この愚民共ッ、覚悟しなさい!!」


 御主人様の為に己が怒りを爆発させる私。この野郎共!と魔力を最大まで練って、現実で撃ち出せる形にして、風魔法を放とうとした……その時でした。


 「……あれ?」


 私はほうけた声を漏らしていました。と、いうのも。殺到した国の方々に成す術も無しに呑まれたはずのティゼル様が普通に地面に足をつけて立ったまま、苦笑いを浮かべていたからです。

  そんな彼女の周囲には相変わらず大勢の国の方々が押し掛けています。(たまに犬猫)ですが、どうやら私の勘違い(?)だったのか国の方々はティゼル様を襲うつもりなど微塵も無いようで、むしろ。


 「この果物やるよ!旅人さん!」

 「旅人さん!喉渇いているでしょう?ジュースあげるわ!」

 「この小説あげる!」

 「おねーさんつかれてるでしょ?かたもみしてあげる〜」


 まるで人気アイドルの出待ちのようでした。

  国の方々は皆笑顔。親切心なのか、ティゼル様に食べ物やら飲み物やらを恐らく善意で押し付けて(?)いました。話は変わりますが、意地の悪い人間というものは常に笑顔を浮かべているものです。気持ち悪いくらいに。ですが、この国の方々からはそういった"善意の皮を被った悪意"は一切感じませんでした。端的に表現するならば、『旅人に対する心からの感謝』 とでも言いましょうか。旅人であるティゼル様の入国を心から喜んでいる。穏やかな空気にその場は満ちていたのです。


 「ワン!ワンワン、ワン!」

 「にゃーにゃー」

 「あははっ、くすぐったいよ〜」


 ただ、そうだとしても。

  私には2つ、不満がありました。まず1つ目は、ティゼル様ばかり注目されている事。それ自体はとても喜ばしい事実ですが、何なんですか、国の方々は私にちっとも気付いてくれません。精霊たる私を空気扱いするなど愚の骨頂です。全く、愚かしいものです。 そして、2つ目。


 国の方々はティゼル様をアイドルのような扱いにされていますが、それは間違い。ティゼル様は仏。神様なのです。素晴らしき旅人の少女なのです。相棒の私でさえ呆れる程のマイペースさんで超絶可愛いんですからね。


 あと、犬猫共。私の御主人様にじゃれつかないで下さい。それは私の相棒特権なので。


▼▼▼▼


 「ーは?旅人や商人に対して物凄く感謝する国だと?」


 とある酒場にて。見るからに酒豪しゅごう といった雰囲気の男が居た。

  服装は旅装姿、体型は小太り。顔の中心にしわが寄っていて、酒に酔っている。気がとても短そうな男だった。


 「以前ここに立ち寄った別の商人さんからの情報です。国民が凄く優しくて、商売がしやすかったそうですよ」


 男は商人だった。色々な物を国から国を渡り歩きながら売り捌く旅路。酒場はその途中で立ち寄った場所だった。そして、伸びない業績にイラつきながら酒に溺れていたところ、その光景を見かねたマスターがこの近辺にあるという少し変わった国の情報をよこしてくれたのだ。


 「おう、マスター。その国ってのァ、本当にこの近辺にあるんだな?」

 「ええ。商人さん、馬車で移動されているんでしょう?でしたら、この酒場からまっすぐ東へ行ってみて下さい。遠目からでも分かる程大きな城壁が見えてくるはずなので」


 マスターのその言葉に、商人の男はほくそ笑んだ。話が本当かどうかは実際に国へ行ってみるまでは分からないだろうが、良い話を聞いた。ようやく、物が売れるかもしれない。


 「ああ、ただ……」


 マスターがやや言葉を濁す。


 「その国、な旅人や商人には歓迎ムードらしいですが少しでも悪そうな人間には冷たいらしいですよ。みたいです」


 そう、言った。商人の男は歯噛みする。こいつまさか、自分の柄が悪そうだから という理由でわざわざ助言してきやがったのか。うるせえ、余計なお世話だ。

  酒瓶を"ドンッ" とテーブルに叩き付ける。自分にはそんなの関係無い。売れそうな奴がいるなら、何が何でも売ってやる。世の中金が全てなのだから。


 商人の男は悪そうな笑みを浮かべ、言った。


 「知ってるか、マスター?この世には"暴力"っつう手っ取り早い手段もあるんだぜ」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る