黙示録のケモノミチ

黒野白登

第1章ー1 ティゼルとリル

『プロローグ』

 ー『旅人』。それは、広大な世界を渡り歩く者達の事。己の目で色々な景色だったり、国だったり、人の営みや暮らしだったり。それらをゆっくりと見て周りながら、世界を巡る。何をしても良いし、どこへ行っても良い。『旅』という日常を、好きなように紡ぐ。それが『旅人』。


 かくいうそんな私も、旅人なのである。


 名前はティゼル。旅人を始めて2年目。まだまだベテランではないけれど、初心者でもない。

  フード付きの白いワンピース。胸元には桜色のリボン。肩辺りまで伸ばした目を引く黄色い髪に穏やかさを感じさせる若草色の瞳。そして幼さを残した可愛らしい童顔。自分で自分の事を語るのって変だけど、細かい事は気にしない。私はマイペースなのだ。


 「う〜ん」


 寝返りをうつ。柔らかい草原に私は寝転がっていた。

  ふわあ、と欠伸あくびを1つ。私の小さな声はどこまでも澄んだ青空に吸い込まれていく。自分の身体の下に敷く形になった両腕を枕変わりにして、目を閉じる。


 優しい風が、吹いた。目を閉じていても分かる。

  風は目には見えない。でも、柔らかな緑の草花を真上から撫でるように過ぎ去っていく。その間、ほんの僅か一瞬。風が吹いたことで、草花の一部が地面と切り離されて青空へ舞う。


 私はそこで目を開けて、寝っ転がったまま正面を向いた。私の視界いっぱいに広がる、青空。

  本当に、吸い込まれそうな程澄んでいた。見渡す限り、その青はどこまでも続いていて、世界の果てなんて突っ切って無限に続いてるんじゃないかって錯覚に襲われる。


 (もし、天地が逆になったら青空の中を鳥みたいに飛べたりしたり。いや、それか


 世界を巡る旅人だけれど、非力な人間の女の子である私。時々、人にもこんな事出来れば良いなーなんて妄想を巡らせる時がある。どうでも良いけど、そんな事してる時って楽しいよね。

  まあ、そんな感じで本当にどうでも良い事を空想していた私はもう1人のに向けてこう言った。


 「ねえリルー、空を飛べる魔法って無いの?」


 この場に私1人しか存在しなかったら、明らかに私ははたから見てただのヤバい人。

  でも、大丈夫。私は決して不審者じゃない。私には、居るのだ。共に旅をしてくれている物凄い相棒が。


 「どうしましたティゼル様。遂に頭が完全にお花畑に侵食されてしまったんですか」


 答えはすぐに返ってきた。私のから。

  春の陽だまりのように優しく、可愛らしい小さな女の子のような声。呆れが混じったその声と共に私の視界に現れたのは、淡い緑色をした丸っこい光体だった。てのひらに乗るサイズの光体。

 名前はリル。何と驚くなかれ、彼女は『精霊』なのである。私も始めて出会った時はびっくりした。空想上の存在だと思っていたから。でも今はかなり慣れた。リルは本人曰く『魔法』が扱える。正直凄過ぎるし、何だかんだ言って可愛いからって事で。


 リルと2人旅をするようになってからは、何度かはリルの使う魔法を見た事がある。大感動だった。だから、私は知っているのだ。私が空想する事は大抵がリルの魔法で実現出来る事を。


 しかしあなどるなかれ。リルは"む〜"とうなり始める。


 「ど、どしたの?リル」

 「どうもこうもありませんよティゼル様。またしたんでしょう?」

 「うっ!?」

 「ほーら、今ぎくっとしましたね?私は確認しましたよ。残念、隠せませんでしたね〜」

 「くっ!こんなに見晴らしの良い草原に来れば気晴らし&リルへの説得材料になると思ったのに」

 「あっさり自白しますね御主人様」


 そして、私が旅の資金を切らした事実をあっさりと見抜いてきたのだった。


 「ティゼル様が現実逃避している事くらい分かりますよ、相棒として当然です」

 「ちなみに散財した理由は分かる?」

 「十中八九、だと思います」

 「正解!」

 「でしょうねー。ティゼル様は本の虫なので」

 「つい衝動買いしちゃった☆」

 「どうしようもねえですね」


 "はあ" と溜め息をくリル。私はその相棒の呆れっぷりに苦笑するしかない。

  ー私、旅人のティゼルには一つだけ直らない悪癖がある。それが相棒のリルが指摘した旅資金の無駄使い。いや、リルはそんな風に言うけどね?私自身は別に無駄使いだなんて思ってない。本は人の心を豊かにする。文章力も多少は身につく。『物語』という名の人類の叡智の結晶。本で散財するのは実質散財じゃないと思うの。心の安寧あんねいを手に入れているんだよ。まあ、それでも、散財したと分かってて繰り返すって確信犯なんだけどね あはははは。


 「なーにぶつくさ言ってるんすかお花畑様」

 「急に辛辣しんらつだね……」

 「辛辣にもなりますよぉ、何回目ですか?」

 「返す言葉も無いですね……」

 「(本当ですよ、に割く時間ばかりじゃないですか)」

 「ん、何?」

 「いえ、何も」


 何だか一瞬だけリルの様子が変じゃなかった?

  ーまあ、良いや。私は青空を眺めるのを辞めて身体を起こした。私のまとっている白いワンピースがそよ風にあてられてカーテンのようにと揺らめいた。


 私はゆっくりと立ち上がる。つい今しがたまで視界を覆い尽くしていた真っ青な青空はなくなって、代わりに現れたのは、目の前に広がる、雄大な自然。緑に溢れた山々やまやまが綺麗でなだらかな稜線りょうせんを描いていた。


 「うわぁ……」


 思わず、感嘆の溜め息を漏らしていた。

  見ているだけで小さな悩みなんて吹っ飛んで、心が洗われていくようだった。まさに、これぞ自然界の織り成す天然のシャワー。旅人はイメージに反して大変な事が多い。けれど、こういった景色に道中巡り合ったりすると物凄くラッキーだったりするのだ。


 「ちなみにティゼル様、空を飛ぶ魔法ならありますよ」

 「えっ、本当!?」

 「万能美少女精霊たる私に掛かれば造作も無いですよ!」(えっへん!)

 「じゃあ、その魔法で次の国までー」

 「甘えないで下さい」

 「えー」

 「ってか、次の国はもう見えてるじゃないですか。ご自分で歩いて下さい」


 私に近付いてきたリルとそんな会話を交わす。リル、厳しいな……。私は申し訳なさと相棒の可愛さに挟まれてリアクションに困ってしまった。


 ーと、その時だった。


 "びゅう" と一瞬、強い風が吹いて。


 「あっ」


 私の足下の草花達を強く横に揺らして真っ青な青空に吸い込まれていった風。ほんの一瞬だけだったそれは私の白いワンピースのを真上に突き上げて、私の頭部をあらわにしていた。


 肩の辺りまで伸ばした黄色いボブカット。季節は春を想起させるそれに2つ、狼のミミのような三角形が付いていた。少しピクピク動いているのが可愛い。


 「あらら、出ちゃいましたね。それ」


 相棒のリルが微笑んでそう言った。


 「ん、まあ、リルしか見てない所なら良いかな」


 それに返す私も笑って、も出した。少し太いそれは、ワンピースから生えたみたいな見た目をしている。茶色がかっていて、フリフリ横に縦に揺れている。可愛い。


 それは、私の姿。旅をする時には隠している、私が私である為の、私が『旅人のティゼル』である為の、輝く証。


 ー『半獣』のティゼルとして、私は相棒と世界を巡っている。

    これまでも、これからも、ずっと。


 だから私は言うのだ。相棒で精霊なリルに悪戯っぽく振り返って、これからどうするのかを。



 「ー行こっか!次の国に」

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