第29話 久々の団欒

洞窟の出口付近――雪混じりの風が吹きすさぶなか、奏多と陽葵は、理玖の言葉に導かれるように駆け出していた。


「あそこの洞窟の影に、朔はいるよ〜ん♪」


理玖が軽やかに指さす。その口調は相変わらずひょうひょうとしていたが、そこに込められた情報は、陽葵の胸を一気に熱くさせた。


「奏多お兄ちゃん、早く……!」

「朔お兄ちゃん……!」


陽葵は、細い脚で必死に雪をかき分け走る。一秒でも早く、あの人に会いたかった。


――陽葵の代わりに落ちてしまい姿を消した朔に。


洞窟の奥。冷たい岩壁にもたれかかるように座っていたその男が、ゆっくりと目を開ける。


「……奏多。……陽葵……」


「朔お兄ちゃん!!」


陽葵は駆け寄り、朔の胸に飛び込んだ。その体を支えるように、朔が微かに手を伸ばす。奏多も隣に膝をつき、静かにその瞳を見つめた。


「大丈夫……だったんだね……!」


「なんとかな。お前たちも……無事でよかった」


「うん……また会えて……本当に嬉しい……」


再会の瞬間に満ちたのは、静かな安堵だった。確信があったわけではない。けれど、祈っていた。その祈りが、今叶ったのだ。


「さてさてぇ〜!」


静寂を破るように、理玖の声が軽やかに響いた。


「仲間との再会も果たしたことだしぃ〜、でもぉ……君の体調じゃ長居はご法度〜。ささっ、僕の秘密の隠れ家に向かいましょ? 安心と暖かさとぉ、ちょっぴりの癒しを添えてぇ〜♪」


「……すまない。案内を頼む」


「はぁ〜い♪ なんなりとぉ〜! ……って、あはは、そうやって頼られるの、ちょっと悪くないかもぉ?」


理玖の軽口に、陽葵が小さく笑い、奏多も朔の肩を支えながらゆっくりと立ち上がる。


四人は洞窟をあとにし、小さな避難所へと向かっていった。



道中、鬼に遭遇することはなかった。

ヴォルグ=ケルベロスの死によって、周囲の鬼たちはすでに退いていたのだ。


やがて、黒墨理玖の隠れ家に辿り着く。


「ささ、皆さ〜ん、僕のつまらない秘密基地へ、ようこそおかえりなさいませぇ〜♪」


中は氷冷地獄とは思えないほど暖かく、春のような空気が漂っていた。


「……奏多お兄ちゃん、これ……?」


陽葵が、そっと手のひらで自分の頬を撫でた。その温かさに目を丸くする。


「これは……僕のバリア。今は君たちの魂も包んでるんだ」


「……バリアって、そんな……」


「うん。この氷冷地獄の寒さは、幻だったんだ」


「幻ねぇ〜。でもぉ……まっこと寒かったよぉ〜? 僕なんか鼻水凍ってたも〜ん♪」


「生半可な覚悟じゃ、解けなかったみたいだ。

でも、奏多が……見抜いた」


朔が一言、そう呟いた。


「気づけても、俺じゃ破れなかっただろう。

……奏多の精神力があったからだ」



暖かな隠れ家で、四人は火を囲み、しばしの静寂を楽しんでいた。


「……こんな時間、久しぶりかもしれないね」

陽葵が微笑む。


「……本当に、ありがとう。君がいなかったら、俺……」

奏多の声に、理玖は肩をすくめる。


「およよ〜? こんな僕に感謝ぃ〜? どうしよう、穴があったら入りた〜い♪」


その場に小さな笑いが広がった。


やがて、三人と一人は、それぞれの旅を語り合い始めた。


朔はケルベロスとの戦いを。

奏多と陽葵は、鬼の親子との出会いを。


そして理玖は――


「いやはや、実はねぇ〜? 最初はここが“あの”巣だなんて、ちっとも知らなかったんだよぉ?

 でも、静かだったし、住み心地も悪くなかったしぃ〜……あ、あのビッグワンが寝てる間は、だけどぉ♪」


「それがね、ある日、突然、ドッカーン! ズガガガーン! バリバリバリバリィ〜って音がしてさぁ〜?

のぞいてみたら……君がいたのさ、朔〜ん」


「で、そのまま僕、君を担いで逃げちゃったってワケ〜。うん、我ながらヒーロームーブだったなぁ〜♪」


場に静けさが戻る。けれどそれは、気まずさでも、重苦しさでもない。

互いの想いを分かち合えた、あたたかい余白だった。


「……でも、僕、ちょっと驚いてるんだよねぇ〜」

理玖がぽつりと言う。


「この地獄でさ、まだ誰かを信じようとしたりぃ、助け合おうとする人間がいるなんてぇ〜……。まるで、絵本の中の登場人物じゃないかぁ」


「……俺も、だ」

朔が頷く。


「お前のような奴に会えるとは思わなかった」


「ふっふ〜ん、それは褒め言葉として受け取っておこうかなぁ〜♪」


「……朔もだよ。僕たち……何度も助けられた」

奏多の言葉に、朔はわずかに目を伏せる。


「礼はいい。俺は……俺の意志で動いているだけだ」


火が、ぱちりと音を立てて跳ねた。


「……みんなとなら、なんでも乗り越えられる気がするよっ」


陽葵が、そっと言った。

その言葉に、全員が静かに頷いた。


地獄の旅路は終わらない。

それでも、確かに今――彼らの心に、微かな春が灯っていた。

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