第28話 三つの足跡

「理玖、出口はわかるか?」


「も〜ちろ〜ん、だともぉ〜? ……むしろ訊きたいのは、そっちなんだけどぉ〜……朔、君は一体、どこから入ってきたのさぁ〜?」


「……上から落ちた」


「ん〜〜〜〜っふふっ。朔ぁ〜、君は入り方さえも、常識からズレてるんだねぇ〜……こりゃ前途多難、いやぁ〜、愉快愉快」


理玖はくるりと背を向け、洞窟の奥を指差した。


「では、行こうか。案内は〜……僕に任せておくれよぉ? ただしぃ〜、この道には鬼がいるから……そのつもりで、ねぇ?」


 


薄暗い洞窟の中、二人の足音は静かに、慎重に響いていた。

理玖は前を歩きながら、鬼の気配を敏感に感じ取り、何度も物陰に身を潜めた。


一度、二度……三度と、危険な気配をすれ違ったが――

幸運にも、鬼たちは彼らに気づかなかった。


やがて、先頭を進む理玖が立ち止まり、指を差す。


「……見てごらん、朔。あそこに、ぼんやぁ〜り光ってるのが……お目当ての、出口だよぉ〜」


「……出口か」


「うんうん、喜ばしいかぎり〜なんだけどぉ……その先に、鬼がうろついてたら厄介だよねぇ〜。というわけで〜、ここはひとつ、僕が先に偵察してくる、ってのはどうかな?」


朔は何も言わずに理玖を見上げる。

その無言の問いかけに、理玖はふっと微笑んだ。


「だ〜いじょうぶだいじょぉ〜ぶ♪ 僕、逃げ足だけはけっこう速い方なんだよ? ……ほら、君よりはねぇ〜」


軽やかな足取りで、理玖は洞窟の奥へと駆け出していった。

その背中には、ただの冗談ではない気遣いが宿っていた。


朔はわかっていた。

理玖は、自分の回復がまだ万全ではないことを察し、気を遣って先に行く理由を作ってくれたのだ。


(……妙な奴だ)


そう思いつつも、朔はその気遣いに、どこか救われた気がした。


 



 


洞窟の外に出た理玖は、頬を打つ雪混じりの風に思わず目を細めた。


「……うっわ、さむぅ〜っ」


久しぶりに感じる、外の空気。

朔を見つけてからは、ずっと洞窟の中で過ごしていたから。


「やっぱりぃ〜、外って……こうでなくちゃ、ねぇ〜」


吐いた息が白く舞い、肩をすくめながら周囲を見渡す。


すると――


「……んん?」


雪煙の向こう、揺らぐ影が二つ。

ひとりは、高校生くらいの少年。

もうひとりは、その背後に寄り添うように歩く、小さな女の子。


理玖の脳裏に、ふと蘇る声。


――奏多と陽葵。


朔から聞いた仲間の名前。


年齢も、雰囲気も、すべてが一致している。

……が、ひとつだけ奇妙な点があった。


「……この寒さの中、平然と普通に歩いてるぅ〜?」


吹きすさぶ冷風。

それを、ものともせず歩くふたりの姿に――理玖は、戦慄にも似た違和感を覚えた。


「ふむふむふ〜む……こりゃあ、ただの人間じゃあない、かも・ねぇ〜?」


だが、目を逸らすことはなかった。


「……ま、確かめなきゃ始まらないよねぇ〜♪」


理玖はそっと、音を立てず、雪の上に足を運んだ。


吹雪の向こうに見える真実に――手を伸ばすように。


 


理玖は雪を踏みしめ、ゆっくりと距離を詰める。

その視線は飄々としていながら、


​(ふぅん……。あれが、朔が命を懸けて守ろうとする仲間たち、か・な)

理玖の目が、獲物を定めるように細められる。


(一人はボロボロの少年、もう一人は小さな少女……なるほど、守る理由としては十分すぎる。そして、あの手の繋ぎ方……ただの仲間じゃない、もっと深い、家族のような絆の形だ。これは……面白くなってきたじゃないかぁ)


寒さが厳しいこの氷冷地獄で――その絆の温度だけが、異様なほど温かかった。


「やぁ〜やぁ〜……こんなところで人間に出会えるなんて〜、これはこれは……めでたいのか、はたまた不吉なのか〜」


突然かけられた声に、奏多がハッと振り返る。


陽葵もその陰に隠れるように身を寄せる。


「誰……?」


奏多の手が、陽葵の肩をかばうように回る。


理玖は両手をひょいと上げて、降参のポーズ。


「こぉ〜んにちはっ♪ 僕の名は黒墨 理玖(くろずみりく)ってい〜うんだ〜。敵意はなぁ〜いよぉ? ほ〜んと、ないの♪」


「……」


「そ〜んなに構えないでおくれよ、ぼくぅ〜、ただの通りすがりさ〜。ちょぉ〜っとだけ気になっちゃってねぇ〜」


理玖は目を細めて、ふたりを見つめる。


「この寒さの中で、そんなに平気そうな人間がいるなんて〜……興味を持つなって方が無理ってもんで・しょう?」


奏多は黙ったまま視線を鋭く保つ。


「でもぉ〜……確信したよぉ。君たちが朔の言ってた仲間だ、ってこと」


「――!」


奏多が目を見開く。


「朔を知ってるのか……!」


「うんうん、知ってるっていうより〜……僕は今彼と行動をともにしてるんだ?」


「朔が生きてる……!」


その言葉に、陽葵の瞳がパッと光を宿した。


理玖はその変化を見逃さず、ニヤリと微笑む。


「やっぱりぃ〜……君たちだ。よかった、間違ってなくてぇ〜」


「それで……その、朔は……怪我は……」


「そりゃあ、もうボロボロだったよぉ? でもねぇ、なんとか助け出して、今は生きてる。命は……つなぎ止めたってわけ〜」


奏多は拳を握った。


「朔を助けてくれて、ありがとう」


「会わせてくれないか?朔に――すぐにでも」


「ふっふっふ〜♪ やっぱりそう来るよねぇ〜」


理玖はくるりと身を翻し、来た道を振り返る。


「ついておいで? 朔のことも気になるだろうけどぉ〜……僕は、君たちにも興味津々なんだよぉ〜?」


「興味?」


「そう。こんな地獄を恐れず歩けるなんてそうそういない……しかも、寒さを恐れずに前へ進むだなんてねぇ〜? こ〜りゃあ只者じゃない、って思ったわけ〜♪」


陽葵は、理玖の言葉にわずかに眉をひそめながらも、奏多の手を離さない。


「奏多お兄ちゃん、多分大丈夫……この人、悪い人じゃないよ」


「へへっ、それは誉め言葉と受け取っていいのかなぁ〜?」


そう笑って、理玖は先導する。


「さてさて、それじゃぁ……ドラマチックな幕を開けに、向かいましょうかぁ〜」


 


そして、三人の足音が雪を踏み鳴らす。


新たな出会いが、また一歩――地獄の運命を変えていく。


  

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