第27話 《目覚めと足音》



鈍い痛みとともに、朔はゆっくりと瞼を開けた。

全身が重く、地面に押しつぶされるような感覚が残っている。岩肌の冷たい床。差し込む光の方向で、洞窟のようだと気づく。



――ケルベロスとの死闘の記憶。

剣を振るい、命を賭して斬り伏せたあの時の映像が、焼き付いたまま離れない。


「……コツン、コツン」


微かな足音が洞窟内に響く。

朔が顔を上げると、奥から男のシルエットがこちらへと近づいてくる。


「ふっふっふっ、こ〜んにちはぁ? いや、おはよう? それともこんばんは、か・な?」


洞窟の奥から、妙に抑揚のある声が響く。


「ふっ……まったくぅ。あのケルベロスとやり合って勝っちゃうなんて、まるで絵本のヒーローみたいじゃないかぁ〜」


「……誰だ?」


低く、鋭く問う朔。

男は、すぐに笑って答えた。


「……僕の名前は、

黒墨 理玖(くろずみりく)。……趣味は、謎解きと地獄観察。それと……人の本性を覗くこと、か・な?」


「…………」


影は光に照らされて現れた。少年のような年齢だが、その目はやけに醒めた光を帯びていた。口元には、飄々とした笑み。


理玖は勝手に洞窟の壁に寄りかかると、肩をすくめながら話し始めた。


「君がケ〜ルベロスと戦っているところを、偶然にも〜目撃してしまったのが、僕の――運の尽き、かと思ったよぉ?」


「……」


「ま・さ・か! 仕留めちゃうとは思わなかったからねぇ〜?

 

しかもその直後にバッタリ倒れるなんて、さすがに心臓に悪い展開だった・よぉ〜?」


理玖は肩をすくめ、ひょいと壁にもたれかかる。


「ちなみに、こ〜こは僕の隠れ家、ということにぃ〜なっております」


「助けてくれて礼を言う。」


「……どれくらい、時間が経った?」


朔の問いに、理玖は軽やかに指を立て、わざとらしい間を置く。


「そ・れ・が! ざっと三日と半分くらい、かなぁ〜?

 

君、ぴくりとも動かなかったから……一瞬、死体の仲間入りかとヒヤリとしたよぉ〜♪」


朔は黙って、手をついて立ち上がろうとする――が。


「……っ、ぐ……!」


全身に、鋭い痛みが走った。

膝が砕けそうになり、肩から冷や汗が流れる。筋肉も、骨も、内臓さえも、まだ満足に回復していない。


(……まだ、動けない)


だが、気持ちは焦る。


「……奏多と陽葵が、待っている。……行かなくては……」


よろけた体をなんとか支えながら立とうとする朔の姿を、理玖はじっと見つめた。


その視線には、ただの興味ではない、何か人を観察するような真剣さがあった。


「うふふ、君が動けないのは~……当然さ♪ 命を賭けた戦いの代償ってやつ、だよねぇ~?」



「……!」

「手・助・け、するよぉ?」


「だって君も、助けが……必要だろぉ〜?」


理玖は立ち上がり、笑った。


「その代わぁ〜りに、僕からも一つ……お願いが、あるん・だ・け・どぉ?」


にっこりと笑みを浮かべながら、理玖は指先で空をくるくると回す仕草。


「僕も……つれてって、くれないかなぁ〜?」


「この地獄に隠れてるのは、そろそろ退屈してきたところで・さ。君と一緒にいれば――見られそうなんだ、絶望の中の希望ってやつが、ねぇ?」


朔は、理玖の目をじっと見つめた。

飄々とした笑みの奥にある、醒めた光。嘘や戯言だけでは、あのケルベロスとの死闘を生き延びた男の前で、こうも堂々とはしていられないはずだ。


(……こいつの言う「希望」とやらが、何なのかは知らん。だが、その瞳に嘘の色はない)


​朔は、静かに口を開いた。

「こんな地獄で他人を助けるような物好きだ、ついてきたいなら構わない」


「仲間から許可が出れば仲間になろう。」


「だが……この地獄を抜け出すつもりで、動いてる。……軽い気持ちなら、後悔するぞ」


そう告げた朔の視線は鋭い。理玖は――その目を正面から、真っすぐに受け止めた。


「ん~~~ふふっ♪ そ・れ・く・ら・い、とうに承知のう~え、だよぉ~~」


一瞬、口元を吊り上げながら理玖は続ける。


「だってぇ~、僕は、自分にだけは嘘をつかないタチ、なのさぁ?」


理玖はクルリと背を向けて、洞窟の入り口を指差す。


「さぁさぁっ、早いとこ行こーかぁ~? 君の仲間ってやつにも、早く会ってみたいなぁ~~。……いやぁ~僕、けっこう、仲良くなるの得意なんだよ? ちょぉ~っと皮肉とジョークが混じるだけでぇ~♪」


「……信じていいんだな」


「信じるかどうかはぁ~~、君の自由っ♪ でも僕は、君と一緒に歩くって決めたから。ほ~ら、立って立って? 歩けなくても、僕が引きずってでも連れてくよぉ?」


「……軽口ばかりに見えて、妙に真っ直ぐだな。お前の言葉は」


「う・れ・し・い・ねぇ~~~っ♪」


そんな調子で――


寡黙な剣士と、不敵な饒舌家。 正反対のふたりが、この地獄で、奇妙な絆を結んだ瞬間だった。




そして今、新たな仲間を迎えた旅は、静かにその歩みを再開する。

地獄という名の世界を、希望という名の意志で越えてゆくために。

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