第37話:祝福

瞼の向こうが明るくなりはじめ、スバルはゆっくりと目を開けた。


見慣れた貴賓室の天井が映る。


気怠さに寝返りをうとうとして、出来ないことに疑問に思う。


「スバル。起きたのか?」


横から至近距離で聞こえてきた寝起きのような声に、スバルは目を瞠った。


「ぁ……」


妙に擦れ小さな声を出したスバルが声の聞こえた方へ目を向ければ、アルベルトが一緒に横たわっていた。


力強い腕に引き寄せられ、寝返りを打てなかったのはアルベルトがスバルを抱えて寝ていたからだとわかった。


「おはよう。スバル」


「おはよう」


挨拶をすると頭も抱えられ、自身の頭に敷いていた枕もアルベルトの腕だと知る。


ずっと、腕枕をしていたのだろうか。


「腕、痺れてない?」


額に優しく口付けされたスバルは、アルベルトを見上げた。


「ああ。貴方は軽いから、痺れていない。……それより、貴方の方が大丈夫か?」


「ぁッ……」


スバルは、顔を真っ赤にさせた。


問われて腰を大きな手で擦られ、スバルは昨夜の事を一瞬にして思い出したのだ。


その初々しい反応にアルベルトは、愛しいさをのせた目をスバルに向けながら小さく笑った。


笑う事でかすかに揺れる琥珀色の髪が、朝日を浴びてキラキラと輝く。


獣人だからなのか、野性を連想させる整った貌がただただ綺麗だとスバルはほうっと溜息を吐く。


そんな時、扉が控えめに叩かれ開かれた。


「おはようございます。陛下に、スバル様」


フィーネは、寝室に居る二人が起きているのを確認して挨拶をしてくる。


「おはよう」とスバルとアルベルトが笑顔で返し、それを見てフィーネはほっとしたよな顔をした。


「よかった。無体なことはされなかったのですね」


小さく呟かれたフィーネの言葉に、スバルとアルベルトは顔を見合わせた。


「フィーネ」


いまだに擦れる声で呼びながら、腰に力が入らないことで起き上がろうとして失敗した身体をアルベルトは抱きかかえて起き上がる。


「スバルに飲み物を」


「はい」


フィーネは配膳台を押してスバル達の隣に着け、台の上にあるポットからカップへお茶を注ぎ、心得たように蜂蜜をたっぷりと入れた。


そのカップを両手で渡され、甘すぎるのではないかと疑問に思いながら、フィーネは間違わないと信じてスバルは口に含む。


コクリと嚥下すると、ちょうどいい甘さが優しく喉を通った。


「美味しい」


ほうっとした顔で呟くと、スバルの表情の一部始終を見守っていたフィーネが嬉しそうに「そうでしょう」と頷いた。


昨夜のことは当然、フィーネも何をしたのか知っていることにスバルは、照れとも恥ずかしさともつかない心境で頬を赤くした。


「初心ですね」


主をころころと笑ったフィーネは「それと」と告げる。


「陛下。スバル様。《神子の子》方が、話をしたいと」


「アウラの妃様とクリスタロスの妃様が?」


「はい」


首を傾げて聞いてくるスバルに、フィーネは大きく頷いた。






* * *






城の庭園に設置された東屋には、二人の《神子の子》が楽しそうに話していた。


そして、ふとアウラの妃が歌いだすと花が現れ、それを舞いあがらせる優しい風が発生する。


アウラの妃がクリスタロスの妃に『歌おう』と誘う目線を寄越すと、困ったように笑いクリスタロスの妃も小さく歌う。


すると虹がその二人の上へ現れた。


あまりにも楽しそうに愛らしい顔をする二人に近寄れずにいたスバルとアルベルトは、 その奇跡を目の当たりにして『どうしようか』と目で問い合う。


「オトハ様。ハルキ様」


と凛とした声を出したのは、アウラの妃の斜め後ろに控えていた、アウラの妃の侍女だった。


歌が止み、全ての奇跡がなかったようにいつもの庭園に戻る。


スバルは残念に思いながらも、アルベルトと一緒に東屋へと歩く。


《神子の子》達は、その場で立って笑顔でスバル達を迎え入れる。


「この度は、おめでとうございます」とにこやかなアウラの妃。


「結婚式の次の日に、無粋なことをしてしまい申し訳ありません」と申し訳なさそうなクリスタロスの妃。


「いえ。こちらこそ、お待たせして申し訳ない」


スバルの背の丈ほどの二人に、アルベルトは右手を胸に当て頭を下げ、スバルもそれに倣った。


本来、神の末端とされている《神子の子》とはどんなに願っても話ができないのだ。


例え、王でも。


それを待たせてしまったことを詫びたのだが、その《神子の子》達が慌てたように腕を胸前で振る。


「そんなッ! 頭を上げてください!!」


「そうです。俺達が、話したいと申し出たのですから」


アウラの妃のあわあわとしてスバル達に頭を上げるようとする言葉に、クリスタロスの妃は何度も頷く。


頭を上げ、そんな二人を見たスバルは、二人の慌てぶりにくすくすと失礼がない程度に小さく笑う。


横を見てみれば、微笑むアルベルトと目があった。そこで、つい先ほどまで自分達が緊張していた事に気づいた。






アウラの結婚式に見せた、凛とした歌声。


クリスタロスで見せた、堂々とした立ち姿。


気品あふれ独特な雰囲気を持つ二人は、悪い言い方をすれば、相容れないと思っていたのだ。


ところが、どうだろう。《神子》といわれる《リタ》の子供、《神子の子》達は想像していたよりも親しみやすい。


アウラでもクリスタロスでも愛されている《神子の子》達。


この二人が、各々の国で国民達にスバル達と同じ振る舞いをしているのであれば、愛されるのは疑いようもない。


「ハルキ様。オトハ様。お話があるのではありませんか?」


クリスタロスの妃の斜め後ろに控えていた灰色髪の従者が、本来の目的を問う。


はっとしたように《神子の子》達は「とりあえず、落ち着きましょう」と全員で、東屋にあるテーブル席へ座ることになった。


そして、話し始めたのはアウラの妃だった。


「こんな時に話しの時間を作っていただいた理由は、これからのミナシア王国についてです」


《神からの贈り物》である水の神のことを言っているのだろう。


水の神がこのミナシア王国に在るということは、何らかの変化が国に起こるということだ。


注意しなければならないことも、多々あるだろう。


スバルとアルベルトは、居住まいを正した。






規則は《最古四つ国》と同じだった。


他国を攻め、自国の物にしないということだ。


また、アルベルトの次にミナシアの王になる者は、神官長の導き出した占いで伴侶を決めるということだった。


そしてアウラの妃は、嬉々とした顔でスバル達にとって衝撃的なことを告げた。


「お二人のお子さんも、楽しみですね」


「「え?」」


息の良いぴったりなスバルとアルベルトの声に、アウラの妃が目を瞬く。


「ああ」と納得したように、クリスタロスの妃が口を開く。


「男同士でも、王と妃の間では子は生せますよ」


「子を………?」


スバルはそう呟いて、思わず自身の腹を見た。


「腹に宿るわけではないんです。ある日突然、お二人が同じ寝台で寝ているときに現れます」


「朝、起きてみると間に居るんです」


クリスタロスの妃の説明に、実体験なのだろうか、アウラの妃が感慨深げにぽつりと身振り手振りをしながら言う。


「子が……」


擦れたような声を発するアルベルト側にあり、膝に置いているスバルの手は大きな手に優しく包まれた。


スバルはふと東屋から臨める空を見て、以前と違う事に気づいた。


「空が……近い………?」


「水の神が加護している証です」


アウラの妃の応えにスバルは自然と席を立ち、東屋の外へ出て空を見上げた。


届きそうとはいかないが、アルベルトが飛躍すれば届くのではと期待してしまうほどに近い。


「神の祝福か……」


隣に立ったアルベルトの呟きを聞いて、いつも抱えてくれる逞しい腕をスバルはそっと掴む。


そうしなければ、神の祝福の証である空に飲み込まれそうだと少し恐怖したからだ。


スバルが怖がっていることに気づいたのか、アルベルトはスバルの肩を抱いた。






神の祝福は良いものではあるが、大きな負担も伴う。


一人では、獣人のアルベルトでも重いかもしれない。


だが、『二人で支え合えばどうにかなるはずだ』と言葉には出さなかったが、二人は互いに寄り添いながら心の中で思った。



おわり

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戦巫女の結婚 月日 @tukihi_4649

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