第4話

 マイ=サツキは、小さな地方ギルドに所属していた。

名もなき町に根差した、ごく普通の冒険者の集まり。強者はいない。名声も、富もない。だが、仲間たちは笑っていた。

武器の使い方がぎこちなくても、誰かがいつも支えてくれた。


 マイにとって、そこは居場所だった。


 その日は、通常の魔物討伐の任務だったはずだった。


 報告では、「建設予定地の視察中に、魔物が洞窟に蔓延っているのを見つけた。」とあった。危険度はCランク。多少の準備で問題ないという認識だった。


 ギルドのリーダーが地図を広げ、皆で食事を囲みながら作戦を練った。冗談を言い合い、軽口を叩きながら装備を整えていつものように笑って出発した。


 現地に着くと、それは岩山の中腹に開いた天然の洞窟だった。

 内部は入り組み、岩壁には無数の引っかき傷。古びた骨や毛皮の残骸が、転がっていた。

 長く魔物の巣窟となっていたことは明白だった。


 内部には、ゴブリンや小型のヘビ、さらに毒をもつサソリの変種が多く棲みついていたが、どれも小型で、十分に対処可能な相手だった。


 「サツキ、右の巣穴に一体!」

 「……わかった」


 素早く弓を引き絞り、洞窟の薄暗がりへ一矢。岩壁に張りついていた魔物が悲鳴を上げて崩れ落ちた。


 仲間たちは慣れた手つきで武器を構え、連携を取りながら魔物を一掃していく。

 討伐は順調だった。疲労感はあるものの、誰一人として深手を負う者はいなかった。


 「はーっ、任務完了ってやつだな」

 「おつかれー! これで今夜は肉だ肉!」

 「バカ、お前はそれしか考えてないのか」


 和やかな空気が流れていた。

 洞窟の奥まで踏破し、残りの魔物を排除した後、メンバーたちは入口付近に戻り、腰を下ろして一息ついていた。


 湿った空気が乾き、外の光が差し込む。仲間の一人がふと空を見上げて、言葉を失った。


 「……あれ、なんだ?」


 皆の視線が釣られるように空を仰ぐ。


 「鳥か? でかすぎる……いや……」


 そこに浮かんでいたのは、鳥にしてはあまりに巨大すぎる、黒い影。


 音が迫る。

 重く沈んだ羽音が、風を裂くようにして岩山全体を震わせた。


 そして、現れた。

 山肌を滑るように飛来した、巨大な黒影――それは、竜だった。

 鋼のような鱗が陽光を反射し、燃えるような瞳が獲物を睥睨へいげいする。

 咆哮。耳をつんざくような音の波が、空気を震わせ、思わず全員耳をふさいだ。


 「逃げろッ!!」


 リーダーが叫んだのとほぼ同時に、竜は口を開き、地面に向かって黒炎を吐いた。

 地が割れ、草木が焼け、空気が一気に高温になる。


 「うわああああッ!!」


 一人、また一人と、声が途切れていく。笑っていた仲間の背が、血に染まり、動かなくなる。マイは無我夢中で弓を放ち、傷を負いながら戦った。呼吸が熱で苦しくなる。目が焼けるように痛む。


 それでも、矢をつがえ、竜に向けて撃ち続けた。

 しかし、鋭く放たれた矢は、鋼鉄の鱗にかすりもせず、弾かれた。

 何本放っても、結果は同じだった。


 竜の黒炎が、仲間たちを次々と呑み込んでいく。


 「あいつ……何だよ、なんで……こんな、バケモンが――!」

 「くそッ、死にたく、ない――ッ!」


 誰かの悲鳴が、次の瞬間には消えていた。

 ギルドの仲間は、皆、竜に焼かれ,裂かれていった。

 仲間の名前を呼ぶ声が、聞こえてくる。


 (動かなきゃ……でも、どうすればいいの?)


 走って、転んで、血にまみれて、それでも戦った。

 気づけば、視界の端に、人の影が見えた――生き残っている。誰かがいる。

 その人もまた、瀕死の仲間を回復ヒールしていたのか、あるいはただ茫然と立ち尽くしていたのかよくわからなかった。

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