2 動物霊のいる学校

 ここは、しずりか小学校。

 動物霊がよく出るんだ。

 視えるようになったのは、一ヶ月前。

 ぼくだけじゃなく、ほとんどの人が視えるみたい。

 そうじゃない人も、もちろんいるけど……。

 保護者からは心配の声があがるほどで、学校の代わりに、フリースクールに通わせている子どももいるそうだ。

 PTAも大騒ぎで、陰陽師を呼ぼうとしているんだとか。

 そこまで怖くないのにね。動物霊たちは襲わないのに。


 あっ、そうそう。

 ぼくの名前は坂森さかもり竜馬りょうま。五年一組の風紀委員だ。

 なんとあの幕末の偉人、坂本竜馬と一字違い。

 お父さんがつけたんだって。あんまり会ったことないんだけど、サーカス団の団長なんだ。世界中を飛びまわるから、家にはほとんど帰ってこなくて、五年前に離婚しちゃった。

 覚えているのは、その直前に日本公演があったこと。パフォーマーたちの洗練された技に、興奮が止まらなかったんだ。

 火の輪くぐりのライオンに、鼻からシャボン玉を作るゾウに、投げたフープをくぐるペンギン、お笑いと軽業が得意なサル、一輪車に乗ったシロクマ、ボール遊びがじょうずなタカ。

 お父さんはピエロの格好をしてて、動物と演技をしてたんだ。

 ちょうどここの動物霊と、似たような動物ばかりでね。

 だけど学校の霊たちは、サーカスとちがって、みんな自由で好き勝手。

 学校のルールなんて、知ったこっちゃない。


 たとえば、このぬれた服。ジャンヌの水浴びのとばっちりだ。

 ううっ、ぐっしょりしているよ……。


「着替えなきゃ」


 シャツのすそをギュッとしぼって、校舎の中へと入っていく。

 体操着は教室にある。五年一組は三階だから、階段を上がるのがちょっとたいへん。


「きゃあ!」「うわっ」「ぽぴゃあっ」


 のぼりきったとたん、生徒の叫び声が飛んできた。

 霊がまた出たのかな。廊下ってことは、たぶん、あのコ。

 目の前で横切る黒いもの。

 ぼくはぬれたシャツを脱いで、タイミングを見計らった。


 3、2、1、今だ!


 シャツを廊下に放り投げた。

 黒いものはシャツにからまり、廊下の壁へとぶち当たった。

 拍手と歓声がわき起こった。

 ぼくは黒いものへと近づき、小さなおしりに目をやった。

 なんだか今日は、レディのおしりばかりを見ている。

 目隠しされたシャツを取る。

 ちょっとやりすぎちゃったかも。


「クエーッ!」


 頭をブルブルさせた。

 ペンギンのエリザベスだ。

 名前はぼくが決めたんじゃなく、首輪のネームプレートに書かれている。

 『ELIZABETH』。皇帝ならぬ女王ペンギンといったところで、十六世紀のイギリスの女王エリザベス1世の名前を使っている。

 リチャードも腕輪のプレートに『RICHARD』だ。こちらは、第三回十字軍の獅子心王リチャード1世。

 ゾウの『JANNE』は、ジャンヌ・ダルク。ここにいる動物霊たちは、どれも偉人の名前ばかり。生前に飼っていた飼い主が、歴史好きとかそんなかな。


「クエッ、ケケエーッ!」


 エリザベスが手足をバタバタさせた。あきらかに怒っているようす。

 争いごとは好きじゃないので、ぼくから先に謝っておく。


「ごめんね。おでこ痛かった?」


 座りこんで、頭をなでる。幽霊だから、痛いっていうのはないかもしれない。

 エリザベスは暴れるのをやめて、目をそらすように横を向く。

 反省しているのかわからないので、ぼくは言いたいことを言った。


「廊下ですべったら、あぶないよ? 貼り紙にだって『走るな、すべるな』って書いてあるし、学校のルールは守ろうよ。ルールがなんであるかというと、みんなが過ごしやすくするためだよ。もちろん、きみたち動物霊も。ぼくたちがうまくやっていけるように、協力してほしいんだよ」

「なんだあ? メソダレ風紀委員。説教とか、やめとけやめとけ」


 近くにいたのか、巻田まきたさんが悪態をつく。


「……」


 にらむように、ぼくを見た。「メソダレ」は、いつもの口ぐせだ。ぼくもノリでたまに使う。

 おっと、紹介しとかなきゃ。同じクラスで幼なじみの巻田まきた女神めがみさん。名前で呼ぶと怒られるので、苗字で呼ぶことにしている。

 長身でショートカットの女子。野球クラブでピッチャーをしている。

 口は悪いけど、いい人だよ。

 動物にやさしくはないけれど。

 エリザベスへと、ふんぞり返る。


「ここはなあー、人間様の、人間様による学び舎だ。てめえらは、いさせてもらってる身分。感謝が足りねえ、感謝! 感謝!」


 うわばきの裏で、エリザベスの頭を踏もうとしている巻田さん。

 それはダメだよ!

 ぼくがあわてて止めようとしたら、エリザベスの体がスルッと抜けて、巻田さんの足にくちばしで突いた。


「いてっ、いてっ! メソダレペンギン!」


 足で蹴飛ばそうとすると、エリザベスの体がフッと消えた。

 巻田さんはくやしそうに、廊下でじだんだ踏んでいる。

 美人なのに、もったいない。

 ぼくは、小さくため息ついた。

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