スクール・オブ・サーカスー動物霊のナゾを追えー
皆かしこ
1 校長先生、大ピンチ!
「で、出たあああーっ!」
怖がりな校長先生が、いつもの悲鳴をあげている。
ぼくはドッジボールをやめて、校舎の裏庭へ駆けつけた。
ライオンがいた。
雪のような白い藤棚の下で寝ている。よく晴れた五月の中休み。立派なたてがみがそよ風になびき、じつに気持ちよさそうだ。
あれほど大きな声を出しても、まぶたをピクリとも動かさない。
おそらくライオンが気づかって、寝ているフリをしているんだろう。
リチャードは、そういうやつだ。
たてがみの頭へ手を乗せる。半透明に透けているけど、ちゃんと触った感じはある。
「怖いってさ。どいてあげよ?」
リチャードは目を開け、そっぽを向いた。不服そう。
まあ、気持ちはわかるけど。
お気に入りの場所で寝ていただけで、あんなに騒がれるんだから。
「きっ、消えてくれないか。ナマナミナムネノ、ナマナミナヌネノ」
校長先生が両手をあわせて、念仏を唱えはじめる。
左手には数珠。首には魔よけの首飾り。
リチャードは幽霊だ。そして校長先生は、動物とオバケが大の苦手。
だけど、植物が大好きで、右手にはジョウロを持っている。
藤棚のまわりの鉢植えに、水やりをしたかったんだろう。
ところが、ライオンの幽霊がいた。
ぼくなら無視して通れるけれど、校長先生はそうもいかない。
だからリチャードにどいてほしいと、念仏を唱えた始末なのだ。
リチャードはうっとうしそうにする。少しは効いているのかな。
「ガウッ」
嫌がっているみたいで、短く吠えて、けん制した。
「ひいいっ」
怖がる校長先生。それでも、ジョウロを手放せない。
ふたたび念仏を唱えはじめる。どうしても水やりをしたいみたいだ。
このままだと、かわいそうかも。
「お願い、リチャード。ちょっとだけいい?」
リチャードは足元を見下ろして、「しょうがないな」と目くばせする。
ライオンの体がスーッと消える。
校長先生は警戒しながら、少しずつ日陰へ進んでいった。
「もう出ないな?」
「だいじょうぶです。他の霊なら知りませんが」
「怖いことを言わんでくれ! お願いだから出てくるなよお」
やっとこさ鉢植えにたどり着く。青い顔をしながらも、毎日の水やりは欠かさない。
たいへんだけど、えらいし、すごい。
幽霊だらけの学校で、続けられているんだから。
校長先生はしゃがみこんで、「待たせたね」って、ささやいた。とてもやさしい響きだった。
リチャードたちにも、そのやさしさを向けてくれればいいんだけど。おとなしいし、襲わないし。
襲わないライオンといえば、お父さんが興行していたブレイバル・サーカスを思い出すんだ。
五年前に見たことあるけど、あれはドキドキしちゃったなあ。
リチャードが、あのときのライオンにとてもよく似ている気がして。
まさか、ね。
校長先生の鼻歌が聞こえる。機嫌がよくなったみたい。
右手のジョウロをかたむけた瞬間――。
バシャ。横殴りに雨が降った。
ぼくのほうにも、水がかかった。びしょぬれだ。
元凶は、すぐにわかった。
ぼくたちの背後、つまり藤棚の反対側に、またもや霊が現れたのだ。
半透明のおしりが迫る。視界を覆うほどのおしり。細いしっぽ。
ゾウのジャンヌだ。長い鼻で蛇口をひねって、水浴びをしていたんだろう。
降ってきた雨は、ジャンヌの鼻のシャワーだった。
「出たあああああ――――っ!」
校長先生はひっくり返る。ジョウロを落としてしまったけど、水滴にぬれた鉢植えの花は、生き返ったように踊っていた。
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