僕の嫌いな夏。

@karuharu

アスファルト。

夏。


僕は夏が嫌いだ。暑いし、汗もかく。アイスは美味しいけど、それでもやっぱり嫌いだ。

それに、夏になると青春を気取る”アイツら”が増えるのが、もっと嫌いだ。


マネージャーを彼女にして、笑顔でスポーツドリンクを受け取ってるアイツが嫌いだ。

楽しそうに笑い合って、運動ができて、顔もよくて、人当たりまでいい、そんなアイツが嫌いだ。


あの子の手を取ったアイツが嫌いだ。

アイツの手を取ったあの子も、嫌いだ。


僕が隣に立てなかったあの子。

視線にすら入れなかった夏。

あの子と生きられなかった、夏。


あの子は夏になると昔から空を見上げる癖があって、その顔には陽の光が差し込んでいた。

その横顔は、とても眩しかった。


見上げる事しかできなかった僕は、

いつしかアスファルトに溶けていた。

下から見上げるだけの、影のような存在に。


いつからか、あの子の視線が僕に向くことを諦めていた。

だけど、ときどき夢を見る。

まつ毛が触れ合うほど近く、あの子の体温を知ってしまう夢を。


目が覚めると、強烈な嫌悪感と罪悪感に襲われる。

残るのは、寝汗と涙。

そして、胸の奥にこびりついた、どうしようもない倦怠感。


シャワーを浴び、制服に袖を通す。

全てを洗い流すように──でも、何も流れてくれない。


朝食は、いつもの焼きたてのトーストと半熟の目玉焼き。

好きなの組み合わせのはずなのに、

気分は全然良くならない。


「どうしたの?」と聞く母に、「夏バテかな」なんて、軽くごまかす。


重たい足取りで家を出て、いつもの通学路に出る。

見慣れた景色に、どうしようもない苛立ちを覚える。

あんな夢を見ても、現実は何も変わらない。


学校に着いて荷物を置き、昼、窓辺で黄昏れていたら──

視界の先に、あの子がいた。


アイツと顔を寄せて笑い合う、あの子。


視界に入れたくなかった。脳に直接流れ込んでくるように、強制的に「見せられた」。

吐き気が込み上げる。

真夏の教室の光が、頭を焼くように差し込む。


逃げるように教室を出て、トイレへ駆け込む。

いくら吐いても、脳裏に焼きついた光景は消えてくれない。


「死にたい」──その言葉しか出てこなかった。


その日は、あの子と一言も話すことなく、這うように帰路についた。

紅い陽が頬を照らし、セミの鳴き声が耳を劈く。

まるで、誰かが僕を嘲笑っているみたいに。


交差点。

点滅する青信号を、ぼんやりと眺めていた。


すると、前からあの子が走ってきた。

「○○〜!」と、僕の名前を呼びながら。

どうやら、学校で僕が吐いたことを、誰かから聞いたらしい。


あの子に陽の光が当たっていた。

その姿は、どこか神秘的で──他の何も、目に入らなかった。


そのとき、8メートル先からトラックが走ってくることに、僕は気づいていなかった。


──あの子は、アスファルトに溶け出していた。


紅い夕陽と、真紅の血の色。

まるでグラデーションのようで、どこか綺麗だった。


引き寄せられるように、近づいていく。


あの子だった“もの”を、僕は見下ろしていた。

まだ温かい肉片、白く硬い破片、そして──飛び散った臓器。


その中に、白く丸いものを見つけた。


眼球だった。


どうしても拾いたくなって、手に取った。


夢で見た光景みたいだった。

視線が合った。そのときだけ、やっと、あの子に近づけた気がした。


気がついたら涙が滴っていた。


これは、僕だけの、忘れられない夏の光景。


──君を失った夏が、僕はやっぱり、嫌いだ。

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