第十章 踏切を越えられなかった僕たち

 踏切の警報音が鳴っていた。


 それを聞くだけで、喉の奥が詰まる。


 夕暮れ。

 誰もいない住宅街の端にあるこの場所は、

 あの日のままだった。


 赤い点滅、線路を越える風、

 電車が走るたびに鳴る金属の音。


 すべてが、あのときと同じだった。

 違うのは、隣に誰もいないことだけ。


 ◆


 ヒカリとは、もう一週間以上まともに話していない。


 きっかけは僕だ。

 優しくしないでくれ、なんて言ったのは僕だ。

 だけどその後の静けさが、

 こんなにも苦しいなんて、思わなかった。


 僕たちは、

 踏切の向こう側に取り残されたままなんだ。


 あの夜、世界が終わらなかった瞬間から、

 線路の真ん中に取り残された感覚が続いている。


 に戻ることもできないし、

 に進むこともできない。


 過去と未来の狭間で、

 僕だけが動けないでいる。


 ◆


「もしあのとき、本当に世界が終わってたら……」


 口に出すと、空気が冷たくなった気がした。


 そのを、

 何度頭の中で繰り返しただろう。


 もし終わってたら、

 ヒカリはずっと僕の隣にいたんだろうか。


 違う。

 わかってる。

 それは現実じゃない。


 でも、

 現実がこうなら、夢のほうがよかった。


 僕は線路を見つめたまま、動けなかった。


 向こう側にはもう、ヒカリはいない。

 でも、まだ赤い光だけが残っている。


 ——渡れなかった。


 踏切を越えられなかった僕たち。


 それが、僕らのすべてだったのかもしれない。


 「好きだ」と言っていたのは、

 たしか、春の終わりだった。


 新学年になってすぐの頃。

 まだ僕たちが、ほとんど話したこともなかった頃。


 その日、偶然一緒に帰ることになって、

 少し気まずい空気の中、

 彼女は急にこう言った。


「ねえ、知ってる? 踏切って、なんだよ」


「当たり前じゃないか」


「そうなんだけど、でも……それって、ちょっと悲しくない?」


「悲しい?」


「うん。止まっちゃいけないのに、

 赤くて、うるさくて、

 ここは危ないよって、ずっと言い続けるの。

 それって、誰かを守るフリして、

 誰も寄せつけない音みたいじゃん」


 あのとき、僕は意味がわからなかった。


 でも今は少しだけ、わかる気がする。


 ヒカリは、踏切に自分を重ねていたのかもしれない。


 心のどこかで、

 誰かに近づいてほしいと願いながらも、

 それを拒む警報を、無意識に鳴らし続けていた。


「だからね、私、いつか誰かと手を繋いでここを渡りたいなって思ってた」


 そう言って、笑っていたヒカリ。


 それを聞いて、僕はずっと、

 そのになりたいと思ってた。


 ◆


 でも、

 結局その願いはかなわなかった。


 僕たちは手を繋いだ。

 でも、それは終わりの中でだった。


 そして今、

 世界は続いていて、

 僕たちはもう、線路の両側にいる。


 もう、警報は鳴っていない。


 なのに、

 僕たちはまだ、ここを渡れないままだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る