番外編 夢見た世界

━━━僕は引き続き自転車を漕いでいる。

 香川は細い道が多くて、自転車の居場所がないから勘弁してほしいところ。

 だが家までもうすぐだ。


「あれ?師匠?」


 奥から見慣れた影が近づいてくる。


「あ、師匠お疲れ様です!なにされてたんですか?道場来られてませんでしたが」

「おん友達と飯食べてた。あと僕師匠じゃないって」


 昔から道場に通っていて、僕のことをずっと師匠と呼んでくる奴。

 どうやら同い年らしく、高校から同じクラスになって当初は本当にびっくりした。


「おーいいですね!ていうか師匠もそういうことするですね……」


 少しイラっとする発言。


「なめとんか」

「ハハッまあなにはともあれ元気でよかったです。それじゃっ!」

「おう」


 走って去っていくあいつを背に、僕はペダルを回す。



━━━「ただいま」

「あぁおかえりぃ。で、何食べたん?」

 横開きの扉を開けると、母親が出迎えてくれた。


「焼き鳥丼とたこ焼き」

 淡白に返してしまうのもきっと歳のせい。


「あらまあ、んないいもん食べてぇ…まあいいわ、とりあえず冷蔵庫ん中パイナップルあるけんちゃっちゃと食べぇよ?」

「わかった」



━━━パイナップルを食べ、風呂に入って歯を磨くと、もう21:30。

 これじゃアニメを4話分しか見れない。


 そして、それすら見終わった僕は、完全に余韻に浸っていた。


 壁掛けの時計を見ると、もう22:50。


(いくか……)


 少しの緊張を胸に抱えながら、俺は一階に向かう。


「あら幸希どこ行くん?」

「まあ……ちょっと……」

 さすがに言えない。


「まあなんでもええけど、虫多いけん気ぃつけえよ?」

「うん……行ってきます……」


 しっかりと行ってきますと言えたのは、こんな時だからだろう。


(場所……まあ道場でいいか)

 武に生まれ、武に沈む。

 そんな人生に少しだけ憧れもあった。


 扉を開け、中に入る。

 古風な板張りの部屋に、エアコンが設置されていて絶妙にマッチしない。


 (……)

 正座をし、精神を整え、待つ。


 ガラガラ。 その音とともに奴が来た。


「よお」

「やっぱつけてんじゃねえか」

「うるせえよ」


 互いが互いを睨む。


 緊迫感が辺りを包む。


 先に動いたのは当然向こう。

 何度もやっているが、今回はいつも以上に速い。


「!!」


 頭めがけた掌底を躱し、足指を金的めがけて振り上げる。


「ぐっ!!」


 命中し、そのままみぞおちへ踵を━━━


「ちっ」

 鉄壁のような腹には少ししか入らない。


 そんな俺に、奴の右拳が耳周りに飛ぶ。


「っ!!」


 左の耳から何か熱いものを感じる。

 だが気にはしない。そう教わった。


 互いに一歩引き、睨みなおす。


 だんだんと痛みがひどくなり、うまく頭が回らない。

 左がキンキン言っているのが余計にうざい。


 しびれを切らして喉に1突き。

 

 だが読んでたかのように躱される。


 そして長い腕が巻き付くように首元へ。


 平手が後頭部に直撃すると同時に意識が遠のく。


「!!」

 何とか踏ん張るが、拳を振るには近すぎる。

 だがこういう時のため鍛えていた体幹。


 体の中から振るように、拳を相手の脇腹へ。


 先ほどとは違い、すっと入っていく。


「うぐっ!」


 また引き、睨む。

 しかし、意識はどんどんと宙に消える。


(次で……最後か……)


 考えることは同じ。 奴の方もそんな顔だ。


 僕は顎めがけて体、足、腕すべてを使った右フック。

 踏み込んだ足が板張りを突き抜く。


 拳が当たると同時に、奴の肘が胸の真ん中に直撃する。


 そのまま吹っ飛び、壁に衝突。

 肋骨が折れて、心臓に刺さっているのがわかる。

 痛い……とにかく痛い。


(あー……もう、無理だな……)


 めまいも、吐き気も全部通り越して、出てくるのは母と白鷺の顔。


「あがっがっ……」

 声を出そうと絞り出すが、うまくいかない。


 次第にまぶたが下がって、暗闇に包まれる。


(こんなことなら、できること全部……やっときゃ……よかっ……)



━━━気が付くと、床はふかふかで、辺りは驚くほど晴れている。

 まるで雲の上にいるような。


「ああ……死んだんか……僕……」


 敗北の証、そういうことなんだろう。


「おお、目覚めおったか」


 目の前には見たことないくらいの美人。

 本当に、言葉で表せられないぐらいの。


「っタァーあの状況で相手の首へし折るとか、おぬし頭いかれておるんじゃないのか?」

「ど、どなたですか?」


「神じゃ」

「え?」

「だから神じゃって」


 言われてみればそんな感じもする。 本当に、言われてみれば。


「はへぇこれが……これが?」

 だが言われないと本当にわからないぐらい、言えばただの美人。


「おぬし失礼なやっちゃのう……まあいい。わらわは運命と美をつかさどる神、ミラフィアじゃ。よろしくの人間」

「え、何自慢?」

「いやただ自己紹介しただけじゃろて。まあとにかく、おぬしがここにいるのは死んだからじゃ。普通に」


(でしょうね)


 まじまじとこっちを見てくる。


「なんじゃ驚かんのう……ツボがほんとにわからんぞ。とりあえず、今いる、そしていく世界はおぬしのとこと違って魔法がある」


「ほお……」

 さすがにその言葉には目を輝かせざるにはいられない。


「い、いい顔じゃぁ……」


 何か熱い視線を感じる。

 周囲には誰もいない。こいつ以外。


(気のせいか……)


「まあまだ魔法はわからんじゃろうが、おぬし、何か感じぬか?」


 言われてみれば、何か体が軽いような縛られていないような感じがする。


「た、たしかに?」

「まあまだそんなもんじゃろうが、とりあえず説明するぞ?」

「はい、よろしくお願いします!」


━━━結構長めの説明でよくわからなかったが━━━


「ようするに、枷が外れて成長の幅が大きい、みたいな?」

「まあそんなとこじゃ。もちろん、人によっての限界とか老いはあるがの。ていうかだいぶ端的じゃのぉ」


「僕は……まだまだ……」


 そんなことを聞いたら、自然と拳に力が入って、口が上がってしまう。


「よしじゃあ、たのむわ」


 異世界。 何度も夢見た世界。

 現実逃避するために見ていた世界に、入れるとなると今すぐにでも行きたい。

 

「おいちょっと待つのじゃ。おぬし転生ものとか見ておらぬのか?ほれ特典とかいろいろあるじゃろぉ」

「めっちゃ見てたわバカッ」


 神とはいえ、アニメオタクを舐めた発言は流石にイラっとする。


(ていうか知ってんだ、アニメ)


「バ、バカとはなんじゃバカとは!?普通に年上じゃぞわらわ……まあいいわい。で、どんなんが欲しいんじゃ?ほれ言ってみい?」


 自信満々そうな顔。 なんでもいい、そういうことだろう。


「んー……ちょっと待って……ちゃんっと考えたい」

「うむいいいぞ、どれだけでも待つぞ。何ならずっと、考えててもいいぞ」


 よくわからない言葉も、今の僕には届かない。


(んー何にしよ……あんま特典で強くなるみたいなんは嫌なんよなあ……)


 しばらく考えた末、導き出したのは━━━


「んーじゃあ、アニメとか漫画とか欲しいけん、そういうの頼む!スマホとか通販的な!」


 やっぱり、異世界といえどそういうのは欲しい。

 本当に鬱で不登校の時も、心が壊れそうだった時も、毎日見て、毎日、心動かされていた。


「んーそういうやつはわらわの担当とは違うからのお……すまんが無理じゃ。しかもその担当、あんまいないんじゃよ、天界にぃ」


 申し訳なさそうにする女神。

 さすがにそんな人を責めることはできない。


「えー!」

「他にないか?ほれ、とてつもないパワーが欲しい!とか、神の剣で無双したい!とか……なんなら、女にとにかく好かれたいとかでもよいぞ!わらわそういうの得意じゃし!(まあ気は乗らんが……)」

「んー特典で強くなってもあんまうれしくないしぃ……別にモテたいとかもないしぃ……」


 腕を組んで考えるが、何も出ない。


「ん~もうおまかせでよいか?」

 しびれを切らしたミラフィア。


「じゃあそれで!」

「じゃあ……あれでよいか。よし決まったぞ!」

「まじ!?早速ちょうだい!」

「まあ待て若造」


 早く行きたい僕を、まだ焦らすようだ。


「願いを叶えられなかった代わりに、ひとつ、チャンスをやろう」

「?」

「今からおぬしとわらわで戦う。そこで、わらわに勝ったら、代償なしでこれをくれてやる。ただし、もしわらわが勝ったら、わらわが望む対価をおぬしは背負う。もちろん、対価に見合うものを、お前が欲しいと言った時に渡してやる。どうじゃ?ワクワクせんか?」


 神との勝負。

 考えもしなかったこと。

 本当に━━━


「いいのか?僕が勝ったら、本当にないんだな?」


 さっきから、頬がずっと痛い。

 それが気にならないということは、僕の心はそれだけ踊っているということだろう。


「なんじゃ、強気じゃのう?神相手じゃぞ?勝てると本気で思っておるのか?」

「何言ってんだよ」

「?」


「どんな相手だろうと、勝負はいつだって五分五分だ」


「フッよい自信じゃ。来い!人間!」


 にやりと笑って、手招きするミラフィア。

 それは、僕の闘争心を煽るには申し分ない。


「っしゃあいくぜ!」



━━━結果、僕はボコボコにされた。


「ま、どんまいじゃ」

「はあ……はあ……」


 大の字で寝そべる僕を、上からのぞき込んでくる。

 少しでも勝てると思った自分を殴りたいぐらい、手も足も出なかった。


「ほんとに気にせんでよいんじゃぞ?わらわこういう勝負で負けたことないし」

「で、でも……増えたり……はあ……減ったり、何も、知らん奴に……ずるすぎ、やろ……あと力つよいって……」


 負け惜しみも言いたいくらい、全力を出してなおコテンパン。

 こんなのは幼少期以来だ。


「じゃがこのわらわに一発当てただけでも相当じゃぞ?」


 そういう彼女を見ると、傷一つない。

 人間ごときの拳は効きもしないということだろうか。


「じゃが約束は約束。とりあえず、ほれ」


 ミラフィアがこちらに指をはじくと、何か流れ込んでくるような感覚がする。

 

「お、おお!」

「(フヒッこ、これで……)」

「?」

「いやなんでもないわい。よしじゃあ体を……あ」


 下を見て、こうでもないあーでもないと動かしてた指が、ピタッと止まった。


「な、なんだよ」

「おぬしに見合う体が……1つも見当たらん……」


 衝撃の一言。

 じゃあ僕はどうすればいいのだろうか。


「おいまじかよお……」


 ミラフィアをチラッとみるが、彼女も冷や汗を流しているようだ。


「あ!ひとつあった!」

「ホテルみたいな言い方すんなよ」

「あ、でも胎児じゃ……さすがにこれは……」


 今はとにかく、早く行っていろいろ試したい。だから━━━


「いや、それでお願い」

「ん?ほんとによいのか?人間にとって10か月は相当長いんじゃないのか?」

「大丈夫だって!とりあえず、いろいろありがとな」

「っ!!きゅ、急になんじゃほんとに……」

 プルプルと細い指が揺れていて、少し赤い。


「んじゃっ頼む!」

「ああ!しばらくの信望じゃが、自分追い込まないようにな!じゃあいk━━━」


「ちょっと待って!」


 遠くからの声が僕らを遮る。


「お、おぬし……」


 びっくりした顔で、声の先を見つめるミラフィア。

 同じく見つめた先には━━━


「トラヴァル!なぁぜ今来るんじゃ!」

 何かまずいことがあるのだろうか。 嫌そうな顔をしている。


「まあまあそういわずにさっ。ねえ君」


 軽い口調で話しかけてくる男。

 だがなぜか嫌な感じではなくて、さわやかさすら感じる。

 見た目のせいというのもあるだろうが。


「は、はい?」

「あ、ごめんね、自己紹介がまだだよね。僕はトラヴァル!旅と行商の神をしてるよ!少し言いにくいだろうけどよろしくね!」

「は、はあ……」


 どいつもこいつも自慢が好きなのだろうか。

 そして、少し押しが強い。


「ねね聞いてたよ!アニメとか漫画欲しいって言ってたよね!僕そういうの得意だから、あげるよ、僕の加護!」


 軽く聞こえるその言葉。

 だがそれは、僕が何より欲しかったものだった。


「え、いいの!?でもなんか対価がどうのきいたけど……」

「大丈夫だいじょうぶ!そんぐらいミラフィアの対価おもいやつだから!もしだめなら、僕が定期的にそっち行くから、その時にさ、色々聞かせて、君の話!」

「え、いいの!?じゃあ早速お願い!」

「おっけい!早速やろうか!」


 ワクワクした僕の頭に、優しく手を置く。そして━━━


「我が名はトラヴァル。旅と行商を司る我において、そなたに加護を授ける……」


 雰囲気がガラッと変わったと同時に、何か入るような感覚。


「よしおっけい!それじゃ!」


 トラヴァルは、風のように消えていった。


「「っふう……」」

 疲れたようなため息をする僕ら。


「仕切り直して……今度こそ行くぞ?」

「お、おう……」


 言い終わると同時に、ミラフィアは俺の前に手をかざす。


 すると、まばゆい光が僕を照らす。


 今から行く世界で、何が待っているのか。

 それを考えると、高揚感で体が埋め尽くされそうだ。


「もし外に出られたとしても、危ないことしすぎるんじゃないぞ?よいな?」

「わ、わかったよ……」

「よし、約束じゃからな。 では幸希、異世界、存分に楽しんでこい。いってらっしゃい!」

「はい、いってきます!」


(せっかくの異世界。どうせなら、気分変えていくか!)


 照らす光は次第に大きくなり、いつしか目の前が見えなくなるほどに僕を包んだ。



━━━━━━「いった、か……」


「あらミラフィアちゃん?異世界の子の対応するなんて珍しいわね?」


 奥から歩いてくる女は、見飽きるほどに接してきたいわゆる女神友達、いや幼馴染。


「なんじゃセリナ。みとったんか」

「んーまあそうね、途中からね。ていうか、何?あの対価」

「なんじゃいかんのか」


 わらわが与えた加護、幻惑、暗示。

 相手を騙し、そう思い込ませる加護。


 そして、与えた対価は異性の性的アプローチを拒否できず、体を動かすことすらできない。束縛、麻痺の対価。


「まあトラヴァル君が来たからよかったけどぉ……来なかったらどうするつもりだったのよ」


 心配そうに見つめてくるセリナ。

 もちろん、考えがあったからやったこと。


「くそぅ……追加の加護もらいに来たときを狙うつもりじゃったのにぃ!!」

(まさか、それを阻止するため!?くそぅあやつめぇ!)


 地面の雲を何度もたたく。

 汚いなんぞは、今はどうでもいい。


「あら初恋?ミラちゃんにも春が来たのねぇ!?」


 今のを聞いてうれしがれるとは、やはり頭がおかしいのだろうこいつは。


「まあとにかく、トラヴァル君連れてきちゃった子の関係者のために動いてくれてるんだから、次顔見たときにありがとう言っておくのよ?」

「わ、わかっておるわい……」


 そこはもちろん感謝するつもり。

 だが、それとこれとは別の話。


「あ、そうだわ!最近近くに新しい喫茶店できたらしいんだけど、今からいかない?」

「まあ、かまわんが、なにがおいしいのじゃ?」

「あのね、チョコレートパフェがすんごいらしいの」

「おおそれはいいのお!ぃよしいこうすぐいこう!」


 そういいながら、わらわたちは足を進める。


 今日も今日とて、天界は平和だ。

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