番外編 また明日
いつの通り。 あの日も、あの時までは、いつも通りだった。
━━━香川県丸亀市にある普通の高校。 頭もいいわけじゃないし悪いわけでもない、偏差値50の普通の公立高校。
2か月前、僕はそんな高校に入学した。
(あーやっとおわったぁ)
そう思いながら背筋を伸ばす。
月曜日はやっぱり憂鬱で、学校内のことならなんでもかんでもつまらなく感じてしまう。
「おーい
奥から聞き馴染んだかわいらしい声が近づいてくる。
本人曰く、声変わりはしたらしい。
そう言われれば、少し大人っぽい感じはするけど、数少ない中学からの仲でもう慣れてしまったからよくわからない。
「このあとさ、用事とか、ある?」
小走りしてたから少し息切れしてるようだ。
近くに来ると、僕より少し高いのがよくわかる。 そう若干、若干である。
もちろん予定がない暇人の僕は━━━
「おん、ないよ……多分」
「じゃあ、一緒に帰ろ?」
この辺じゃ、標準語は逆に目立つ。
中学から転校してきた彼は、この地に染まることなく使い続けているようだ。
そういえば、もう一人同じくしてた子がいたけど、クラスが違うらしい。
(元気にしてんかな)
「おん」
考え事をしていたせいで、ちょっと淡白に返してしまった。
「じゃあさ、帰りにちょっとゆめシティ寄ってかない?」
多分この高校の近くにある大型?ショッピングモールのことだろう。
しかし、あそこは人が多いし、それに━━━
「んーええけど、逆方向やろぉ?」
露骨に嫌そうな顔の僕。
そんな表情も、さすがにばれてしまって━━━
「え~いいじゃんどうせ暇でしょぉ?」
煽るような言い方と顔。
特に顔がうざい。
「はいはい行くって……あ」
そういえば忘れてた。
「?」
「あのさ、僕宿題忘れてたけん、それ出してからでいい?」
「えぇやってるのぉ?」
さっきの僕がうつったみたいな顔。
「ええやろぉ?どうせ暇なんやしぃ?」
やられたことをやり返せられた。
気持ちいい。
「まあいいけどさあ……そーいうの、ちゃんと出しなよお?」
「はいはい」
もう何回も言われたこと。
だけど、どうしても忘れてしまうのが人間の性というやつだ。
「(もー頭いいんだからこういうとこをなあ……)」
小さくつぶやいているけど、隣にいるからもちろん聞こえている。
「じゃあちゃっちゃといくか」
「うんそうだね!いこ!」
僕たちは荷物を持って職員室へと向かった。
━━━「じゃちょっと待っとって」
「おっけー!」
俺は3回ノックをし、金属製の扉を開ける。
「失礼します!」
今日一で大きい声をあげる。
疲れるからあまりしたくないが。
「1年1組
本当は11組と言わないといけないのだが、まだ全然慣れられない。
少し待っても反応がない。
(いないのかな)
「どしたん?」
副担任かつ言語文化の吉野 久美子先生だ。
まだ2か月でおばちゃん先生なのに、もう女生徒と仲良くなられていて、本当に尊敬の念を送りたい。
ただ、左の方に書きがちなのは僕ら右側の民への挑戦状ということだろう。
「いやあの、東条先生に……」
「えーもうちゃんとしいよぉ?」
そう言いながら僕のノートを受け取ってくれる先生。
優しい所が好かれたのだろうか。
「は、はい……へへっ」
まだ話慣れていないから少し照れ臭い。
「これだけ?」
「はい、ありがとうございました、さよなら」
「はいさよなら~」
「ふう……」
「おわった?」
「おん、じゃあいくか」
「うん!」
━━━ゆめシティに向かっている最中━━━
「ねえねえ、そろそろ中間近いけどさ、どう?勉強した?」
「……」
「どしたの?」
俺の顔を覗き込む。
「ん?ああなんでもない」
「で、どう?やってるの?」
「いや?」
「まあそうだよね小鳥遊君は……」
笑ってはいるが、どこか別の感情がうかがえる。
言いたいことはわかる。
「でも毎回
「いやそうだけどさあ……」
いいたいことはわかる。
僕は基本勉強していない。
それなのに自分と点数が近い、それがうらやましくもあり少し妬ましい、そんなところだろう。
「まあ僕も授業はまじめに聞いてるし」
「あ、それはそうだね!ほんとに寝てるとこ見たことないかも!」
「やろ?そゆことなんデスヨネ~」
「「……」」
少しの沈黙が続く。
「あ、そういえばさ、東京にあーいうショッピングモールないってマジ?」
「んー僕は見たことないかなあ……あってもね、イオナが食べ物売ってるだけって感じ?ゆめシティはね、ほんとに見たことないんだよね」
「ほーん……あ、西日本にしかないらしいわ、ゆめシティ」
「へぇ~……あ、ついたよ!」
左を見ると、大きくそびえ立つ横長の建物。
何回か来たことがあるから慣れているが、初めて来たときはその大きさにびっくりした覚えがある。
「じゃあいくか」
「うん、ちょっとあついしはやくはいろ!」
━━━俺たちは、中に入って2階のフードコートまで来ていた。
「あ!ここ変わってる!ドンブリーナ・タベテイキーナ……?」
「……直球すぎん?」
「ね」
気になったそこに向かう。 どうやら注文はどうやら、タッチパネル式のやつのようだ。
「んーどれにするぅ?」
「あ、焼き鳥丼あるやん!」
「え、好きなんだ?」
「いやなんか、気になったから言っただけ」
「なにそれ」
あーだこーだ言った後僕らが注文したのは、どちらも焼き鳥丼大盛。
「じゃあこの間、宿題でもしようよ」
「えー!めんどくさい……」
「あのね小鳥遊君、こういう時にやらないから忘れちゃうなよ?」
説教じみた言い方。
「わかったやるって!」
そうして俺たちは、宿題に取り掛かった。
周りの喧騒が気になってうまく進まない僕に対して、白鷺は黙々と続けていて、中間の範囲でもう半分というところまで。
そういうところは本当に尊敬したい。
「ごめんちょっとトイレ、というか便所」
「なんで言い直したの……まあいってらっしゃい」
「おう」
もちろん普通にトイレに行きたい、というのもあるがそれだけではない。
「おい」
鏡越しにあいつが見える。
放課後からずっと感じていた、視線の正体。
「やっぱお前か」
俺より、3まわりほど大きく、ここじゃ地味な服装が逆に目立っている。
「お前を殺すよう、依頼された。いつがいい」
「そうだな……じゃあ11時」
「わかった……11時、だな……」
「ていうか、お前ずっとつけてたのか?」
「そりゃそうだろ」
「うわきっしょっストーカーかよ」
鏡越しの自分に笑いかける。
「こっちだって…やりたくてやってるわけじゃねえんだ」
「わぁってるよ」
その言葉を後にあいつは、どこかへと去っていった。
━━━「あ、おかえり!」
輝くような微笑みをぶつけてくる。
あのことは、こいつにはバレたくない。
「うい」
「頼んでたの来たよ。もうちょい早く来てよ。店員さんに、そんな食べるの?とか言われたんだからね?」
「すまんすまん、めっちゃ出たわ」
「もーきったない……」
てらてらと光る焼き鳥に、支えるように隠れている純白の米。
もはや食べられたいんじゃないかってくらいにおいしそうだ。
「それじゃ、いただきまぁーす!」
一足早く、食べ始める白鷺。
そういう俺は━━━
(今回いただく、食材・命に感謝します。いただきます)
「いただきます」
中学のころから何となくで始めたこの作法は、いまもなんとなくで続けている。
そして、箸ですくい、口に入れると、びっくりするぐらいの熱さが僕を出迎える。
その後にはタレの甘さと鶏肉のうまみ、それを引き立てるような米の食感が次の手を誘導する。
2回目とはいえ、やはりおいしい。
そうやって俺たちは、次へ次へと、かきこむように食べていった。
━━━「すいませんごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「あいよ、またいらっしゃい」
おばちゃんのいい笑顔が、この味を作っていたのだろう。
食器とお盆を返した俺たちは━━━
「ねね、もうさ、晩御飯もここで食べちゃおうよ」
「んーまあいいけど。じゃあ親に電話するからちょっと待っといて」
「オッケー!僕もしよっ」
スマホをポチポチするのをよそ目に、僕は母親につなぐ。
「あ、もしもし母ちゃん?」
『あいもしもし、どしたんな?』
「あのさ、今日晩御飯いらないから。友達と食べることにするわ」
『あ、友達ってあのかわいい子?』
「そうやけど、ええやろそんなこと」
細かく聞いてくる母ちゃん。
少し鬱陶しく感じるのは、きっと歳のせいだろう。
『あんま遅ぉせんようにしぃよ?あんたはええけど、あの子まだちっちゃいんやあらさあ』
「もーわかったって!じゃあ切るよ?」
『はいよ、じゃあね』
「はーい」
終了ボタンを素早く推す。
白鷺はまだ話してるようだ。
「……うん、そう。……うんありがと。……うん、じゃあ母さんも元気で、はーいじゃあね」
どうやら向こうも終わったようだ。
「よし、終わったよ!ねね、今から何する?」
「僕宿題終わってないけん、もうちょいやらせて」
「うんいいよ!じゃあ僕も丸付けしよっかな」
━━━「あー楽しかったぁ!」
白鷺が疲れを振り払うように背伸びする。
今は宿題の後、ゲームセンターでたくさん遊び、そのあとたこ焼きを食べた僕らは、帰宅すべく外へと出てきたところ。
空はすっかり暗く、きらめく星々が僕らを照らしている。
「ていうか白鷺、金大丈夫?僕は道場あるからいいけどさ」
そういうと、よくぞ聞いたと言わんばかりに━━━
「実はね僕、バイト始めたんだよ!」
「あそうなん?ま、がんばれよっ」
白鷺は自転車にまたがり、ペダルを踏んで━━━
「また遊ぼ!じゃあまた明日ね!バイバイ!」
どんどん加速し、遠くへ、遠くへと行く。
「ああ、また明日、な……」
1人残った僕もゆっくりとペダルを踏み、家への足を進める。
約束の時間まで、あと3時間。
それまで何をしよう。
(あ、あのアニメ今日最終回か……)
「さっさと帰ろ!」
漕ぐ速度を上げ、風を切る。
カゲロウが、顔にあたってきて、少しうざい。
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