第10話 嵐の訪問者

━━━あれからだいたい1年。

 俺は、2歳になっていた。 そして━━━


「おとーしゃん!」


 そういいながら、サルトの足を抱きしめる。


「ん~なんだぁ?」


 サルトが笑っているのを見ると、俺もうれしい。


 俺が手を離すと、頭を撫でてどこかへ行ってしまった。


「はぁ~べるぅー!」


 すると、ダフネが向こうから走ってきて、勢いよく抱き着いてきた。

 ちょっと苦しいけど、気持ちいい。


「おねーちゃん!おはよ!」

「んーおはよーハベルぅ!!」


 抱きしめる力が強くなる。


「ダフネ!さすがに苦しそうだぞ!そしてハベルも、いまは“こんにちは”だろ!」


 遠くからこっちを指さしているアラム。

 すこしうるさい感じだけど、別に嫌じゃない。


「うえっお兄様またなんか言ってるわ、ねーハベルぅ?」

「おにーちゃんこんにちは!」

「お、おう……」


 アラムの顔は、これじゃないといった感じ。

 なにか違ったのだろうか。


「で、何か用でも?お兄様?」

「?」


 思いついたようにハッとするアラム。


「そう。お父様から、実は最近、ルーナ・フェンリリオンの動きがおかしいらしい。何が起きているのかわからないから、もし外へ出るときは気を張っておくように!だそうだ」

「えーでも、そのあたりなら大丈夫なんじゃないの?」

「だから何が起きているのかわからないんだ!うちも、四獣の領域に面しているんだ!警戒する必要はあるだろ!」

 アラムは言葉が強い。

 もしかしたら、不安なのかもしれない。


 ダフネは、目をじとっとさせて━━━


「はぁい……」

「よん……じゅう?」


「あ!ごめんねぇハベルぅ……えとね、四獣っていうのはね?んーなんていえばいいのかなぁ……うん、えっとすんごい強い魔獣のことよ!」


 ものすごく、わかりやすい。


「いやまあ……そうだが、魔獣もわかんないだろ……いいかハベル、魔獣というのは、どこかで魔石が発見されたことのある種のことだ。魔物と呼ぶこともあるが、ほかの動物と違って魔力を持っている。だから、ウシやオオカミに似ていても、それを超えるパワーを出すことがある、危険な動物。それが魔獣だ!」


 話が長くて、まるで入ってこない。


「そしてその中でも四獣というのは、この世の魔物の頂点ともいえる存在。地を駆け夢を喰らう月の牙狼、ルーナ・フェンリリオン、空を支配し希望を貫く高貴なる純白、アルフィオン・フェンステリア、11年前突如現れ龍人族を滅ぼした正体不明の怪物、白龍。

そして、すべての生物の頂点で、この世を見つめる天視の竜、イグドラ・ファルゼリオン。

我がストレア家は、このイグドラ・ファルゼリオンの領域に面しているんだ。ただ最近、四獣は魔物ではなく━━━」


「ねぇハベル、お兄様の話長いから向こうで遊びましょ?」


 遮るように話しかけてくるダフネ。

 正直たすかった。


「お、おい!」

 残念そうにこちらを見つめている。


 すると、トストスと階段を上る音が。


 現れたのは━━━


「お話のところ申し訳ございません」

「あ、タエちゃんどうしたの?」


 いつものようにきれいな背筋のタエ。


「?」


 だが少し、普段より体がかたいような気がする。


「はい、本日奥様のお母様、つまり大奥様方が召される予定となっております。大事なお話をなされるかもしれませんので、1階に来られるのはお控えいただければと」

「わかった。では今日、魔法の特訓は中止か……」

「じゃあハベル、私の部屋で遊びましょ?」


 アラムは少し悲しそうで、ダフネは少しうれしそう。


「はーい!」


 そうして俺は、ダフネの部屋へ向かった。



━━━コンコン。ノックの音。

 そしてそれは、私の血縁が来た合図。


 ガチャッと扉が開き、歩く音が次第に近づく。


 数刻後、私たちのいる客間も開き、姿を現したのは、小太りの初老の男と少しやせた同じく初老の女。

 間違いない、私の両親だ。

 そして、護衛のような人もいる。

 新しく雇ったのか、見たことのない青年だ。


 その後メイド長が扉を閉め、塞ぐようにその前に立つ。


「おおカナン!久しぶりだなあ!」

 元気そうな声。

 安心した。


「あらお父さん、少し太ったんじゃないの?」

「ハハハッまあ、幸せ太りってやつさ!」

「元気してた?カナン」

 少し細いがたくましさのある声。

 こっちもこっちで安心。


「ええ、元気よ!」


 二人合わせて抱きしめると、向こうも返してくれた。

 このぬくもりも久しぶりだ。


「お義父様、お義母様、よくお越しくださいました、お久しぶりです!」


 深々としたお辞儀。


(そんな丁寧にしなくても……)


「あらぁそんなにいいのよぉ?ねえあなた?」

「ああそうだな、サルト君顔を上げたまえ」


 2人がそういうと、顔を上げ、向かいを見つめるサルト。

 和やかな空気ではあるが、こちらは少しばかり緊張している。


 全員が座るとともに話が始まった。


「で、3人目生まれたんだって?おめでとう!」

「ええほんとにね!で、男の子だっけ?」


 前傾姿勢になるお母さん。

 興味深く聞いてくると、私もうれしいものだ。


「そうなの!もーほんとにかわいいのよ!」


 緊張が抜け去って饒舌に話す私。


「男二人に挟まれてダフネちゃん心配にはなるけどぉ……まああの子なら大丈夫そうね」

「もーみんないい子でね、もう少し大変な方がうれしいくらいよぉ……」



━━━それからも会話が続き、時計の短針が長針と2回会う頃。


「じゃあ私、トイレ借りたいのだけれど」

「はい、では案内いたします」

「あらありがとっ」


 そうしてお母さんとメイド長が部屋を後にした。


「ひとつ、話があるのだが」


 その一言で、部屋の雰囲気ががらりと変わる。

 先ほどまではなかった不安。何かのお告げだろうか。


「な、なんですか……」


 どもりながらも答えるサルト。


「その生まれた末っ子君だがね、うちにいただけないか」


 驚きのあまり、声が出ない。


「な、なにを!?」

「今よりいい環境で、いい教育をするつもりだ。もちろん、悪いようにはしないとヴァルデリオの名において誓う。どうだ?」


 空気が私たちの発言をいざなっている。


 頭の中を、今までの記憶、思い出が駆け巡る。

 この現実から逃げるように。


「私は答えを教えてくれ。さあ、さあ!」


 こんなこと、親に思ってはいけないのはわかっている。

 しかし、しかし━━━


(ムカつく……わね……)


 体に力を入れる。

 何とか言葉に出さないように。


 途端、バンッと机が強く唸る。


「侮辱……しているのか……」


 横を見ると、サルトがプルプルと拳をふるわせながら机に置いて立っている。


「なんだね?」


「我々を、侮辱しているのかと聞いているんだ!!」


 怒号が辺りを振動させる。

 私の気持ちを代弁しているよう。


「そもそも、君がうちからカナンを奪ったのが原因なのだよ?責めるならば私ではなく、自分を責めるべきなのではないのかね?」


「それは……くっ!!」


 歯を強く噛み、黙り込むサルト。


(ハベルだけじゃなくて……サルトまで……ほんとに……ほんっと━━━)


「いい加減にして!!」


 この部屋の全員が驚いた表情。

 だがそんなこと、今はどうでもいい。


「人の気持ちなんか無視して主人を馬鹿にして、挙句の果てには子供をよこせですって!?いいわけないでしょ!これ以上続けるなら、この家から出て行って!それでもう二度とこないで!!こんな親とはもう絶縁よ!!」


 兵士が、剣に手をかざして、こちらを睨んでいる。

 今は我々とやるというなら、望んでやる覚悟だ。


 少しの沈黙が続いた時。


 ガチャッと扉が開き、お母さんとメイド長が返ってくる。

 この空気に気づいたのだろう。

 こちらを見つめながら━━━


「あらあらどうしたのぉ?あ、あんたまさか!」

 お父さんの目がしゅんとしている。

 ついさっきの顔が嘘みたいだ。


「そう実はね?━━━」



━━━私は、お母さんがいない間に起こったことすべてを話した。

 お父さんの、言うな!と言わんばかりの顔を無視して。


「ちょっとあんた!こっち来なさい!」


 そういうと、お母さんはお父さんの耳を引っ張りながら家を出た。


 しばらくして、二人が戻ってきた。

 お父さんは見たことのないくらいしょぼくれていて、お母さんは終始お父さんをにらんでいる。


「ほんっとごめんなさい!このっダメ野郎が迷惑かけて!だから絶縁だけは考え直してくれないかしら……?」

 お母さんが引っ張っている耳からギチギチと音がしている。

 さすがに心配。


 すると、サルトが━━━


「いやいや、もう大丈夫ですよ!な?カナン?」

「え、ええ…そうね……」


 そういったものの、さすがに不服だ。

 だがこれは家族問題。私の一存だけで決めてはいけない。


「ありがとうねほんと……さすがにもう帰らせてもらうわ。それじゃあね」


 そういって、2人は出ていった。

 なにやら歯ぎしりをしている護衛も、しばらくの後同様に。


 そうして私たちは、2人そろって大きなため息をついたのだった。



━━━ダフネが寝たので、暇になって部屋を飛び出した俺は、廊下に出ていた。

 今から、1階に降りるつもりだ。


「兵士様どうされましたか?」

「いえ、少しそのかわいいとお聞きしたハベル殿に、興味がわきまして」

「それでしたら、2階へお上がりください」


 メイドと誰かの会話が聞こえてくる。


 その後、階段を上がる音、そして━━━


「(主人の顔に泥を塗るわけには……最悪死体でも……!)」

 少しの人の声。

 なぜかすこしだけ怖いような気が。


 だんだんとその姿が見えてくる。


 古びた手袋に、片手を剣において、すこし前のめりになっている。顔はこわばっていて、何かにおびえているよう。


 そして、こちらをパッと見て━━━


「お前か!」


 俺に飛びつき、後ろから俺の口をおさえる。

 手袋から微かな血の匂い。

 苦しい。こわい。


「んー!んー!」

 声を出そうとがんばるが、手のせいでうまく出ない。


(おにい……ちゃん……おねえ…ちゃん……)


「うるせえ、ころすぞ……」

 耳元でささやき、グラッと俺を揺らす。


 すると、アラムとダフネが部屋から出てきて━━━


「どうしt━━━なっ!」


「ガキども静かにしろ!さもなくば、こいつを殺すぞ!」

 小声ではあるが、とても強く感じる。

 たぶん、俺がおびえてるせいだ。


 アラムは手を伸ばして━━━


「グラビ━━━」

「おい、いいのかよ?!このガキまきこんじまうぞ!?」

 脅すような口調。


「くっ!」

 アラムの口がゆがむ。


「も、目的は何!?」

 震えた声のダフネ。


「いいか。こいつは、ヴァルデリオ領まで連れていく!だからてめえらは、こいつが望んでていてきたよう口裏を合わせろ!いいな!」


 剣を振り回しながら言っている。

 剣の柄が当たって、いたい。


「なら、ハベルは殺せないだろ!」

「おい知らねえのか?この世にはな、死体を動かす魔法だってあるんだ!つくずく魔法ってやつはすげえよな、なあそうだろ!?」


 そういう男の目は、どこも見ていない。


「くそっ!」


 つまり、俺はここを出ていくということだろうか?


「ハベル!」


 そんな……


(そんなの……)


「いやああああ!!!」


 俺の中の何かが、口を押さえていた男を突き飛ばす。


「ぐふっ!」

 壁に激突した男は、口から唾を吐き出す。


「《地の束縛グラビティ》!」


 男の周囲の床が、バキバキと音を鳴らす。


「ぐっ!」


 床に倒れこむ男は、苦しそうに悶えている。

 だがまだ、剣を強く握りしめているようだ。


「《水迅の突進アクアスラスト》!」


 ダフネの声とともに、水の線が男の剣の手元めがけてぶつかる。


「ぐあっ!」


 剣ははじかれ、一階まで転げ落ちる。


 もちろん、解き放たれた気分だが、どこかもやもやと。


「な、なにごとですか?!」


 すると、メイド長が剣を後ろにはじいてかけつけてきた。


「メイド長!拘束しろ!」


 その合図で、木の音が止み、男が取り押せられ、一旦の安心が、俺らに訪れた。



━━━結局男は解放され、太ったおじさんのところへ預けられた。

 そんな男にはもう、あの時のような怖さは感じない。


「ほんとにいいんですか?警備隊に突き出さなくても」

 心配そうなアラム。


「いいのよ、あの子も多分、わかってくれたと思うわ」

「でも……」

 拳を強く握る。


「おにーちゃんだいじょうぶぅ……?」

 いつもの様子ではないアラム。

 やはり少し心配だ。


「おまえはいいのか?」

「?」

「だって、お前を襲ったんだぞ?」

 こちらを見つめる目は、いつもより弱い。


「だいじょーぶだよ!」


 たしかに、あのことは怖かった。

 だが今は、ここにいる安心感と、晴れやかな気持ちが俺を包んでいる。


「ハベルぅ……大丈夫?どこもケガしてない?」

 ダフネも心配そう。


「うんだいじょぶ!」

 できるだけ明るい声を。

 いまはそれでいい。


「まあきっと、お父さんも寂しかったのよ……そのためにあの子が頑張ろうとした。そういうことにしときましょ!フフッ」


 そうして、嵐のような時間が過ぎ去った。

 今の天気は、驚くほどの快晴だ。



━━━━━━「師よ……我が師よ……どこにいるのですか……」


 今は天が星を包み、月の灯りを欲する時間。


「お、おい!なんでこんなところに!」

「う、うそでしょ……」


 暗闇に包まれ、静かに、されど恐ろしく動く“それ”。


「師よ……どこに……どこにいらっしゃるのですか……」

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