Day11 蝶番 (滋野、夜間瀬)

 閉まらない。先ほどから何度も試しては失敗し続けて、今回もまた閉まらなかった。

 研究棟の中ほど、事務室に隣接する資料室には、古い戸棚がある。普段の資料探しであれば、研究室の過去の先輩たちが集めた論文を見るか、資料室に来たとしてもそんな古い戸棚には見向きもせず、表紙が見えるように新しい雑誌が並べられたラックか、古今東西の資料を詰め込んだ手回しハンドルつきの書棚を見れば大抵の用は事足りる。

 今回は、これまでとは異なり、昔使われた試料を探さなくてはならなくなった。

『試料? それなら、奥の戸棚にありますよ。鍵はかかっていませんが、持ち出すようでしたら、棚にかかっている持ち出し簿にお名前と試料の番号と記入してくださいね』

 そう言われてここにきて、戸棚を開けたまではよかった。試料を見つけたのもよかった。が、そのあとがよくなかった。

 何度閉めようとしてもうまく閉まらない。どうやら蝶番が歪んでいるらしい。

(無理やり閉めたら中で試料の容器が割れそうだしどうせいと)

 うんうん言いつつ、何度目かの挑戦をしようと戸を開け直していると、どす、どす、どす、と力強い足音が近づいてきた。この足音はもしや、と振り向けば、学科で一、二を争う体格の教授が後ろにいた。

「おや、滋野くん。どうしましたか」

夜間瀬よませ先生。いや、この棚が閉まらなくて」

「どれ、貸してみなさい」

 場所を入れ替わって、三秒。ぶん、と風が唸る音がすることもなく、す、と戸が閉まった。

 一体何がどうなっているのか。思わず尊敬の眼差しで見れば、戸から手を離した教授が得意げに笑う。

「年の功ですね」

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