薄明ノ鳥

蒼空花

この世界に、貴方がいるなら

 美しかった。それは、救いの手を差し伸べる『死』だった。

 あの鳥は、夢か罠か、それとも女神か──

 青金に染まり、霧のように広がった翼。夜空をそのまま写したように澄んだ瞳。

 それは、この世に存在する生物の何よりも、神々しかった。


「── 私を救って下さい、女神様」


 手を伸ばす。その手は、触れる事なくすり抜けた。

 それでも、縋るように手を伸ばして──その瞬間、音色のような、鳴き声のような、そんな声が聞こえてきた。


『汝の願いはなんたるや』


 一瞬にして、私は幸せに身を包まれる。

 応えてくれるのだ。この美しい女神様は、こんな私の願いさえも。


「会いたいんです、あの人に……彼に──」


 かつての恋人。私の光だった人。彼を失ってからの日々は、音も色もない世界だった。

 朝はただの始まり。夜はただの罰。
 例えどれだけ狂おうとも、誰も気付かない。どれほど心が抉れても、誰もその事には気付かない。笑っても、泣いても──誰も。

 そう、私はいつしか壊れてしまったのだ。彼がいないという、ただそれだけで。

 

『……その願い、しかと聞き届けよう』


 鈴の音が、辺りに響く。涼やかな風が、一面を駆ける。

 空に揺蕩う青金の翼に思わず見惚れていると、気が付けば知らない場所に私は立っていた。

 そっと、風が頬を撫でる。けれど、感覚は無い──これは、夢?

 女神様に、ここは何処なのかと、そう問う前に答えが出た。


「会いに来てくれたんだね、嬉しいよ」


 信じられなかった。そこにいたのは、数日前に亡くなった恋人だった。

 記憶の中と、思い出の中と。何ひとつ変わらない、柔らかく微笑む彼。


「……っ、私も、会いたかった……!」


 息が詰まるように言葉を吐き出す。もう二度と会えないと思っていたのに。

 私はそのまま駆け寄って、抱き締める。じんわりと染みゆく体温が、微かな呼吸の音が。彼がまだ生きているのだと、錯覚させる。

 ──夢でもいい。幻でもいい。

 もう一度、この腕の中で、貴方を感じられるなら。


『……汝、この世界に存在することを、望むか?』

「はい。彼と一緒に居られるのなら」


 もう、ひとりは嫌。

 生きることが『痛み』なら、私は喜んで、彼のいる『死』を選ぶ。












『──肉体の停止を確認。魂の剥離、完了。これにて任務を終了する』

 

 残酷なまでに冷酷な声が、辺り一面に静かに響き渡る。そして青金の羽が一枚、風に乗って消えていく。

 けれど彼女は最期まで、幸せそうに笑っていた。

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薄明ノ鳥 蒼空花 @seikuka-0923

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