第1話 生意気な好きな人

 七月七日、校外学習当日。

 ミニスカのフリルを風になびかせて、私は夕と道を歩いていた。家が近いので仕方ない。


 今日は私服で行くことができる。JCとしてはありがたい。


 対して夕は、黒Tに黒の短パンといったシンプルさ。面白くなかったから、私のお父さんの上着を借りてきて着せてやった。ぶかぶかで袖も長く、萌え袖している夕を見るのはとても貴重で、少し嬉しかった。これでルナも喜ぶ。


「あっちいよ」と言いながらも来ているのは、きっといつも朗らかで優しい私の自慢のお父さんを慕っているからだと思う。


 学校の最寄り駅の改札を通ると、ルナの姿を見つけた。ぶんぶんと手を振る彼女に、私も振り返す。


「月原くんは?」

「あともうちょっとじゃない? 流星、遅刻魔だから」

「あー……」


 ルナと月原くんは性格が似ていることもあり、仲が良い。お互いを下の名前で呼び合うほどである。


「流星まだかよ……」


 男子一人であからさまに落ち込んでいる夕。月原くんが夕の親友なこともあり、いつも嫌味を言われるこちらとしては清々しい。


「ね、叶愛! これ今日自由行動するとこのパンフ! 印刷してきたんだけどさ……」


 バシンと私の背中を叩き、肩を組んでくるルナ。私はルナのこういう距離感が嫌いじゃない。


 自由行動で行くのは、この県一大きい笹の葉がある場所だ。地味だから他の班は選ばなかったらしいけど、今日は七夕だし、絶対に穴場スポットになる。断言する。


 そんなくだらないことを考えていると、背後に人の気配が。

 予想通りトンと肩を叩かれ、飛び上がった。


「おはよ、月原くん!」

「おはよ〜神田。二人も遅れてほんとごめん! 行こうぜ!」


 早速エスカレーターを登っていく彼。元気が有り余っているのか、二段飛ばしで歩いている。

 それにルナもついていった。


 体力のない残り二人はそんなことできるはずもなく、地味に手すりに捕まって登っていく。


「早く早く〜!」

「ボックス席座ろうぜ!」


 早くも電車に乗り込もうとしている二人。ぴょんぴょんとジャンプして手招きしている。本当に体力が有り余ってるな。


「ごめん、遅れて」

「……はぁ、はぁっ」


 夕は文化部だしよっぽど体力がないのだろう、エスカレーターを数段自力で上がっただけで息切れしている。


 私は勉強も運動神経も平均程度。別に夕ほど体力がないわけじゃないけど、他の二人ほど体力があるわけでもない。


 どっちかに傾いていれば個性にできるのに、どちらでもないから悲しくなる。


「ほら、叶愛! 早く乗ろう!」

「えっ……」

「おーい、三人! ちゃんとど真ん中のボックス席とったぞ!」


 他の生徒はまだ集まりきっていないのか、余裕で車両の真ん中のボックス席が空いていた。


「真ん中である必要あんのか……?」

「夕、しーっ!」


 思ったより大きい声で夕がそう言うので、すぐに人差し指を立てる。既に月原くんの陣取った席のところにいたルナが今にも笑い出しそうだったので、そっちにも人差し指を立てる。


 電車に乗り込んで二人の方に行くと、彼らは早速窓側の席に座っていた。私と夕は必然的に通路側に座ることになる。


「流星、帰りは俺窓側な」


 既に帰りの席の交渉をしている二人。


「えーやだ」

「……あ?」

「ハイゴメンナサイドウゾ」


 夕はガチでキレさせると本当に怖いことを私たちは知っているので、いつもギリギリを攻める。今回は月原くんが負けたようだ。


「キャッポいる?」

「え、ちょーだい!」


 キャッポとは、某ポッ◯ーみたいな形をしていてキャンディーっぽく食べられる新感覚のお菓子だ。中学生の間でよく流行っている。


 いつものことのように月原くんからルナがキャッポを貰っている。羨ましいなぁなんて思いながら眺めていたら。


「神田、いる?」

「えっ……いいの?」

「もち!」

「……っ、ありがとう!」


 やっぱり野球少年の全開の笑顔は心臓に悪い。こういうあどけない笑顔を、私は好きになったのかもしれない。

 月原くんにキャッポを勧められて断った夕は、そのまま目を閉じた。


「えっ、まだ電車動いてもないのに⁉︎」


 ルナが、夕の予想以上に早い睡眠に驚いた。


「今日も十時間寝てたはずなんだけどね……」


 結局、彼は私がインターホンを押してから十分後に家を出てきた。


「うーっ、夕可愛いっ!」


 謎に好き好きオーラを出している月原くんが、夕の首に抱きつき、目を閉じる。夕は一度ぐっと顔を顰めながらも、最終的には月原くんの肩に凭れかかった。


「……流星、色々とむかつくね……」

「それは一理ある」


 私たちは月原くんの文句を言い合いながら、納得できないけど顔がいい二人の寝顔を眺めていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る