第2話 神の一手
戦況図から戦況の流れを読み取り未来図を描きだす。
流れ着く先は敗北。
ならばこの流れを残存兵力、手持ちのカードを加えることで変えられるか。
多少の蛇行は可能。
だが英傑と謳われるイシュタル皇女の力量を加えれば修正されてしまう。
大河がやがて海に辿り着くように敗北へ流れ着く。
最悪だな。
ゴッツ将軍の判断は間違っていない。流石女癖は悪いがガリア王国の名将だけのことはある。今回は単純に相手が悪かったとしか言いようがないな。
この手札でこの戦況を引っ繰り返して勝つ方法はもはや無い。
ギリギリ上層部が脱出出来る時間を稼ぐくらいが関の山。そういった意味ではゴッツ将軍はギリギリまで踏み止まったと言える。
相手が凡庸な指揮官なら兎も角イシュタル皇女の読みはもはや神憑りだ。その上こういった地形では威力を発揮するメタームズを我が軍の倍は揃えている。それにより最悪読みが通用しなくても力押しで勝てる算段を整えている。
戦術は神憑り戦略に抜かりなし。
寧ろ今までよく持ったと言え、分水嶺は超える寸前でここからは坂道を転がるように踏み止まれること無く加速して敗北へ転がっていく。
名誉の戦死か捕虜か。捕虜になっても身代金の払えない平民は鉱山奴隷まっしぐらだろうな。
名誉の戦死か不名誉の奴隷。どちらにしろこの地に骨を埋めることになる。
絶望という絶壁に囲まれた逆境の谷底と言っても過言ではない。
未来を考えれば心がプレッシャーに押し潰されそうになる。
この状況下、腹の底から湧き上がるこの気持ち。
それは
歓喜
最高だ。
最高の逆境いや極上の逆境じゃないか。
今まで味わったことのない逆境が目の前にある。
もう心の涎が止められず自然と笑みが溢れる。抑えきれない。
くわっわくっくわっ、この状況こそ命が漲る。深い絶望でこそ生きている実感が湧く。
Lisk Life Like
俺は異常者なのかもしれないが、誓って俺がこの状況に導いたわけではない。寧ろ持てる能力を最大限発揮してゴッツ将軍をサポートしていた。
当然だ。手を抜いた紛い物の逆境など逆境ではない単なる自業自得だ。
あらゆる最悪を想定し持てる力を振り絞り全ての手を打ち事前にトラブルの芽は潰す。そういったちっぽけな人間の努力を嘲笑うかのように表れる不可避の不運でなければ逆境とは呼べない。
しかも今回は一切の言い訳を許さないように、最高司令官の地位まで用意された。もうこれから先にどんな不幸な目にあっても他人の所為するという逃げは出来ない全ては己の責任。
これはもう運命の女神様が逆境を心ゆくまで楽しめと与えてくれたご褒美としか思えない。
Lisk Life Like
不幸の谷底だがこのまま不幸に押し潰されるがままに終わっては逆境を味わったとは言えない。持てる力の限り抗い選び取れる最高の結果を導いてこその運命の反逆者、リフェイター。
さあ逆境を楽しもう。
下策として、このまま負けて戦死もしくは降伏しての奴隷。
主体性がなさ過ぎて、そんなのリフェイターではない。そんなのはただの無能か破滅主義者だ。
中策として、このまま逃走。
地位も名誉の戦友も全て捨てて卑怯者の烙印を押されるが何より大事な己の命を助けることは出来る。
味方や敵の目を欺いて逃走するのはそれなりに困難であり不名誉の烙印を押される覚悟もいる。格好良くはないが下策よりはマシである。少なくとも上層部には逆らっている。
上策として、このまま見事殿をやり遂げる。
友軍が撤退するまでこの要塞を守りきり機を見て自らも脱出する。困難極めるミッションだが戦友を守れる上に名誉も手柄も立てられる。リフェイターとしてやりがいも感じることが出来る。考えてみれば俺はこうやって中佐まで昇進してきた。
だがこれはこれまでどおりだ。
極上の逆境を前にして今まで通りの選択でいいのかと引っ掛かる。
棋士が一種に一度あるかどうかの神の一手に等しいリフェイターとしての神の一手があるような気がしてならない。
いまこそリフェイターとして神の一手を目指すときではないのか目指すときだ。結果ではない。逆境に逆らい最高の結果を求める過程にこそ歓喜はある。神の一手を目指さずして極上を逆境を味わい尽くすことなど出来るわけがない。
俺はリフェイター、Lisk Life Like、運命に逆らい逆境を愛する男。
俺は戦況図を見つつ深く深くあらゆる手を読みあらゆる事態を想定し神の一手を探る。
3分後。
「待たせたね」
目に焦点が戻り始めれば此方を見るアミ少尉の顔が映る。
気持ちが浮ついていた俺は澄ました顔してアミ少尉にデートに遅れて来たかのような軽い雰囲気で言ってしまった。
流石に少々軽率だったかと反省するが、アミ少尉の顔に怒りも呆れもない、澄ましたままだった。
「戦況は変わらず悪化し続けています。指示をするならお早めにお願いします」
アミ少尉も然る者この状況下において平然としたまましれっと言う。
儚げな印象と違い強い娘だ。助けたのは余計なお世話だったかな。そうならゴッツ将軍に睨まれ評判を落とした俺は最高の場面で最高の配役が回って来たが、彼女は俺に触られて不快な思いをしただけになる。
無事神の一手に辿り着けたら何かお礼をしないとな。
「そうか。
これより作戦を伝える」
俺は歓喜を抑え、渋く自信に溢れた声で告げるのであった。
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