第3話 蜘蛛の糸

「ちきしょう、こんな豆鉄砲じゃ歯が立たない」

 森の中に残ったガリア軍歩兵部隊は必死に応戦を行っているが総崩れ寸前であった。

 深い森を利用して防御に徹して引き付けている間に遊軍が敵の側面などに回り込み打撃を与えていく。地の利を利用した手堅い必勝の戦術であったが、それ故に拘ってしまった。失敗が続き手の内を読まれているのを察したが過去の成功体験に囚われ続けてしまった。

 結果ガリア軍は貴重な精鋭森林戦部隊を磨り潰される結果となった。

 脅威の排除が十分に達したと判断したヴィザンツ軍は今まで待ち伏せに使っていたメタームズを全面に押し出し一気に攻勢に出た。

 戦車や大型火器が持ち込めない森林戦において歩兵より速く歩兵よりパワーがあり歩兵と違って装甲で覆われたメタームズは脅威であった。

 当然ガリア軍側もメタームズで対抗しようとするが、もとより数が違った。前線全部に配備することは叶わず配備されていない戦線もある。ヴィザンツ軍はそういった箇所をいやらしく突いてくる。

「グレネード」

 歩兵の一人がヴィザンツ軍アイアンエラ・メタームズ「ガルム」に向かってグレネードを放つがガルムは軽々と躱す。巨人で寸胴気味な体型は鈍重イメージがあるが、あっさりと覆しメタームズは人間以上の機敏さでシャープに動く。

 尤もそれは当たり前のことでメタームズは人類が失われた黄金時代を取り戻す為に生み出されたものであり、この程度出来なくては話にならないのだ。

「クソッもう駄目か」

 歩兵部隊の隊長が諦め掛けたとき、ちょうど攻めてくるヴィザンツ軍の後方に要塞砲が着弾した。

「ぐわっ。

 一体何が?」

 湧き上がり周りに撒き散らされる土砂巻みれになりながらも生き残った隊長は状況を確認しようとするが状況を確認するより前に重火器がガルムに襲いかかる。ガリア軍側のアイアンエラ・メタームズ「デュラハン」が応援に来たのだ。

 猟犬を彷彿させるボディに黒を貴重としたカラーリングが施されたガルムに青白いカラーリングでフルプレートを着込んだ騎士のような体型で人間で言う頭部がないデュラハン。

 神聖ヴィザンツ帝国とガリア王国の共にアイアンエラ同士の対峙の対峙である。

 メタームズを動かすには精神に感応する物質メタニマにより作られたメタニマ機関を起動させる必要がある。だがメタームズを自由自在に動かせるほどメタニマ機関の出力を出せるものは者はほとんどいない。よってメタームズには機械的機関による補助がされている。

 アイアンエラ、ブロンズエラ、シルバーエラとクラスが上がるにつれて機械的な補助の割合は減っていく。そしてブロンズエラ以上を動かせるものは人類の尊敬と希望を込めて「メター(超越者)」の称号を得る。

 メターの称号を得られない、アイアンエラは出力の六割以上を機械的機関に頼っている。その代わり比較的能力が低い者でも動かさせることが可能で軍のメタームズ部隊を構成する主力を担う。それでもメタニマを操れる者の数自体が少なく軍の主力には成れない兵種であり、要人の護衛や強襲などの切り札的な使われ方が多い。

「生き残った者は援護するから指定ポイントまで後退しろ」

 デュラハンからガウデ大尉の声がして後退を命令する。

「ガウデ大尉、これは一体何ですか? 要塞砲をこんな敵味方が乱戦している場所に打ち込むなんて司令部は錯乱したんですか」

 正当な抗議である。今回はたまたまだ平気だったが着弾ポイントが少しずれていただけで味方の部隊が吹っ飛んでいた。砲撃をするなら前線部隊と連絡を密に取り、両部隊が乱戦状態になる前に行うべきである。

「抗議は生き残ってから受け付ける、今は後退を急げ」

「その言葉覚えておきますぞ。酒でも片手に聞いて貰うのでご無事で」

「俺の心配なんか十年早い」

 ガリア軍歩兵部隊は撤退をしていき、デュラハンはガルムに追撃させないように牽制するのであった。


「ポイントS56に要塞砲発射」

「ポイントS56に要塞砲発射」

 ファート中佐の命令を復唱しセイツ中尉は電話で要塞上部の要塞砲に砲撃ポイントを伝達する。命令を受けたった要塞砲部員は砲撃長ギャデラック少佐の指揮の下指定ポイントに向けて風向きなどを計算し直ぐ様砲撃をする。

「第4中隊はその場で抗戦。その間に第10中隊は後退」

 ファート中佐は戦況図を見つつ秒単位で指示を各部隊に出す。その淀み無い指し手は将棋の名人のようであった。

 森の各所には有線で要塞と結ばれた連絡所が設置されている。上空でプラズマが瞬いていてもシールドされた有線には影響はない。

 司令部にいるオペレーターは直ぐ様命令を伝えるのに最適な連絡所を選び命令を伝達する。ここがオペレーターの腕の見せ所でこの選択で命令伝達のタイムラグが大幅に変わり戦況が変わる。命令を受けた連絡所には情報隊の連絡兵が待機していて直ぐ様命令を伝えるべく走る。また連絡兵は現場の兵に命令を伝達するだけでなく戦況を司令部に報告もする。連絡兵からの報告を受け目まぐるしく戦況モニターが書き換えられていく。

 戦況モニターが目まぐるしく変わると言っても報告を受けるタイムラグもあり今の戦場をゲームのようにリアルタイムに表しているわけではない。過去の戦況、それを半眼で見下ろすファートはそこから未来の戦況を予測し先手を打って命令を下す。その未来予測が正しいことを示すように流れるように自軍は後退出来ている。


 撤退も三分の二ほど完了したところで戦況図から目を離した。

「諸君、ではそろそろ第二フェーズに移ろうか」

 全ては順調、掌の中。この場にいる部下達にそう思わせる為、自信たっぷり威厳を込めて宣言する。

 勝つ為なら三文役者にでも何にでもなる。

 突然捨て駒にされた頼りない司令官というイメージは早めに払拭しなくてはならない。軍隊である以上上がどんなに気に入らなくても頼りなく思えても一応命令には従うだろう。だがそれでは俺の思い描く勝利は得られない。部下の信用を短期で勝ち取りモチベーションをアゲアゲにするのは必須だ。

 戦いとは敵の手を読むだけではない部下の心も読まなくてはならない。次の大舞台に繋げるためにも、まずは鮮やかな撤退戦を演出して見せた。見せたのになぜそんな心配そうな顔を向けるのかな首席君は。やはりそう簡単には部下の心がつかめれば将軍は苦労しないということか。

 まあ死が迫る極上の逆境を楽しめるのは俺のようなリフェイターか自作願望者くらい。致し方ないことと割り切るしか無い。割り切った上の部下の心が掴めない管理職の小さな逆境を楽しもう。

「読み通りいきますかね」

 セイツが心配そうに問い掛けてくる。

「怖いか」

 後輩に相談された部活の頼れる先輩のように応える。

「はい。

 読みがハズレた場合我々はおしまいですからね」

 セイツは俺の前に出した腕は震えていた。まあ首席と言っても実践経験はそう多くない、ましてこんな捨て駒にされたとあれば怖くても可笑しくはない。そんなに怖いのにここに残るとは酔狂な青年だ。それとも見捨てられない想い人でもいるのかな?

「君は正直だな。それは美徳ではあるが軍では足元を救われるよ」

「私の目の前の上司なら拾い上げてくれると信じてますから」

 セイツは弟のように俺に信頼の目を向けてくるが、俺はそんな信頼されるようなことをしていない。

 演技か?

「そう言われるとくすぐったいな。前言撤回だ。君は上に可愛がられるよ。

 なに安心しろイシュタル姫殿下は常に華々しい手柄を必要としている」

 俺は司令部に響き渡るように声を張り上げて言う。

「他の兄弟に対するものですか?」

「そうだ。イシュタル姫殿下は神聖ヴィザンツ帝国の次期皇帝の座を巡って他の11人の兄弟姉妹達と熾烈な競争に晒されている。イシュタル姫殿下の本当の敵は身内と言ってもいい。

 故にイシュタル姫殿下は国民受けの良い華々しい勝利を常に喉から手が出るほどに欲している。それがイシュタル姫殿下唯一のウィークポイントであり我々の唯一の勝機だ」

 地味な勝ちに徹しられたら俺の目論見は霧散する。いい条件を引き出して降伏するしか無くなる。

 派手な手柄こそ、絶叫の谷に降ろされた天国へと続く細い細い糸である。

「おかげで震えが止まりましたよ。不肖セイツ、役目を果たしてみせましょう」

 再び出したセイツの腕の震えは止まっていた。

「頼むよ」

「君も役者だな」

 俺はセイツの耳元に囁くのであった。

 全てとは言わないが半分は演技。俺とセイツの掛け合い漫才を聞かせることで司令室内で怯えた顔をしていたオペレーター達の震えは止まっていた。

 セイツ少尉、伊達に首席卒業じゃない。それだけにここで彼のキャリアが終わってしまうのはもったいない。もったいないが俺の部下になった以上とことん活用させて貰う。

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