Lisk Life Like 捨て駒から始まる逆境生活
御簾神 ガクル
第1話 逆境に微笑む
高重力に潰された果て、星は超新星として宇宙に轟くほどに輝く。
人もまた逆境の果てに、超新星の如く輝く者がいる。
人はそれを英雄と呼ぶ。
連なる山々の裾野に広がる深い森にロックの如く爆音が響く。
地形が幸いして戦車などが動けない深い森の中道無き木々の間を縫うように歩兵が動き回る。歩くのも困難な木々が生い茂る森の中を人が扱える限界の重火器を持って平地を行くが如く進む。森林戦に特化して鍛えられた部隊である。
「俺達のホームを我が物顔で歩く敵の横っ腹を叩くぞ」
中年の部隊長が部下を叱咤し先頭を走る。このまま行けば森の中を走る森林管理用の作業道を行軍中の敵部隊の横腹を強襲できる。彼等にしてみればこの森はホームで地形は熟知している。ノコノコ森を歩く敵部隊への奇襲など余裕であり、今までこの森を抜けた先にある要塞を目指した敵を幾度となく撃退した実績もある。
いつも通りすれば問題なく侵略者を撃退できる。そして今回の手柄で昇進間違いなし、愛国と出世欲を秘めた部隊長の前に靄が漂い出す。
「靄?」
隊長の頭に今日の天候的に森に靄が発生するのはおかしいと疑問に答えるよう、地面から4メートル強の装甲に覆われた巨人達が亡霊の如く湧き上がった。
鋼鉄に覆われた巨人達からは白い蒸気が漏れ出しその手には無骨な重火器が握られていた。
「メタームズ!!!」
隊長だけあって驚愕しつつも反射で銃口を巨人に向けるが、残念なことに引き金を引くより早く巨人達が持つ重火器が火を噴く。
人では扱えない20mmマシンガンが雨の如く部隊に降り注がれる。
咄嗟に木々の影に隠れた者も居るが隠れた木ごと打ち抜かれ挽肉が量産されていく。
「隊長っーーーーーーー。
クソッ上層部のクソが完全に読まれているじゃねえか」
発見されて追撃されたわけでは無い、メタームズは奇襲部隊の針路上に待ち伏せをしていた。完全に作戦を立案した司令部のミスであった。
後方にいて部隊を見ていた副隊長は運良く初擊から逃れることが出来たに過ぎない。彼には司令部を罵る資格はあったが、運良く拾った僅かな時間をそんなことに費やすことが有意義だったのか誰も分からない。
数秒後、木々は薙ぎ倒され肉片が散らばる地獄のような光景が生まれた。メタームズはもはや動く者が無いことを確認すると次の獲物を求めて去って行く。
降臨歴279年、惑星リナセンティアの最大大陸アドヴェントゥス大陸においてガリア王国、神聖ヴィザンツ帝国、アテナ自由都市連合三国の国境がせめぎ合うガリア王国サルタリス鉱山地帯を巡って神聖ヴィザンツ帝国とガリア王国は激突をしていた。
「ハーツ中尉率いる森林戦部隊全滅と情報隊より連絡。
敵部隊への奇襲作戦は失敗」
「ポイントF12突破されました」
「各防衛線での敵軍の進行止まりません」
ガリア軍が鉱山地帯を守る為に建設したサルタリス要塞の司令室はオペレーターの悲鳴が飛び交っていた。
司令室中央に設置された巨大なテーブル式モニターには戦況図が映し出され、各防衛戦が破られヴィザンツ軍がここサルタリス要塞に向かってくる様子が刻一刻と更新されていく。
サルタリス要塞の眼前には深い森が広がり要塞の後ろには鉱山地帯が広がっている。そして鉱山地帯から要塞の脇を通って大河と神聖ヴィザンツ帝国とアテナ自由都市連合へと伸びる幹線道路が並走して伸びている。鉱山地帯を掌握するなら抑えなければならない要地である。
この地の重要性を理解しているガリア王国は二カ国からの鉱山地帯への干渉を跳ね除ける為に古くなった鉱山を利用して要塞を建設した。
斜面を強化コンクリートで固めて無数の砲台が設置することで要塞の防御を固めつつ、大河や幹線道路を利用して攻めてくる敵に対応する為に山頂に要塞砲を設置した。
かつて幹線道路を使い電撃戦でサルタリス要塞を攻略しようとした敵は要塞砲により辿り着くこと無く撃破され、要塞砲を恐れ身を隠せる森の中の進撃を選んだ敵は森の地形を熟知した森林戦部隊によって排除されてきた。
過去神聖ヴィザンツ帝国やアテナ自由都市連合の進軍を何度なく跳ね返してきた難攻不落を誇っていたガリア軍の要塞であったが、今回は違っていた。
敵が森の中を進軍してくるのをいつものように森林戦部隊が強襲するが尽くその動きを読まれ待ち伏せしていたメタームズに撃退されていたのだ。
メタームズは4m強の大きさを誇るパワードスーツに近い兵器である。精神感応マテリアル「メターニマ」を搭載し選ばれた者が操れば戦車すら凌駕すると言われている。
ヴィザンツ軍はガリア軍の動きを的確に読みメタームズ隊を待ち伏せさせることで強襲してきた部隊を撃退しジリジリとサルタリス要塞に迫っていった。
分刻みで悪化していく戦況を映し出すモニターを見た副官が要塞の司令官に尋ねる。
「ゴッツ将軍、どうしますか?」
「ぐぬぬぬぬぬぬ」
ゴッツ将軍は筋骨隆々の偉丈夫で髯を蓄えた禿頭で如何にも叩き上げの男臭い将軍に見えるが伯爵の爵位を持つ貴族である。そして副官のセイツ中尉は金髪碧眼の美丈夫であり士官学校首席卒業というエリート。交渉が決裂し国境近くの鉱山地帯への侵攻を開始したヴィザンツ軍に対して必勝を期して派遣した人材である。
ゴッツ将軍は女性スキャンダルが度々軍の中で流れるが決して無能ではない。猪突猛進などと攻勢に出ず、要塞と深い森を利用した手堅い配置を行いヴィザンツ軍を撃退していた。
だがそれは序盤だけであった。
神聖ヴィザンツ帝国第七皇女イシュタル。軍神と呼び名が高く数々の遠征で武功を立て国民の人気も高い今一番勢いに乗っている女傑である。序盤のうちは相手を見ることに徹していたが、地形や手の内を見切るとガリア軍の深い森を利用した奇襲を尽く読み撃退し出した。イシュタルのまさに軍神の如き読みがなければサルタリス要塞が追い込まれることはなかったであろう。
「ゴッツ将軍」
黙して答えない将軍にセイツは気遣わしげに再度問い掛ける。
「こうなれば仕方が無い。私はサルタリス要塞から脱出する」
「脱出!?
よろしいのですか、ここを奪われればサルタリス鉱山地帯を維持することは困難になりますが・・・」
ここ鉱山地帯はガリア国にとって重要な経済基盤であり、だからこそ神聖ヴィザンツ帝国と争ってまで守ろうとしたのである。
「軍人として手は尽くした。もはや政治的決着に期待するしか有るまい。其の為にも私が戦死するなどという決定的敗北は避けねばならない」
それなりに理はある。ここが陥落してもガリア側が抵抗を辞めず紛争地帯になってしまえば神聖ヴィザンツ帝国も鉱山からの利益が得られなくなる。それよりかは鉱山の権利の何割かはガリア側に残して手打ちになる可能性は高い。
それらしく言って臆病風の保身に走っただけの可能性もあるが、無駄に踏み止まって一兵残らず玉砕することを選ぶよりはマシとも言える。そしてこの場の思い付きでなく前の段階からある程度は考えていたようで、この場には参謀達や要塞の主だったメンバーが既に集められていた。ハーツ中尉の奇襲が成功するかしないかが最後の後押しだったようである。
「了解しました。
後任は誰に?」
逃げると言ってもみんなで一斉に逃げるわけには行かない。将軍や退却する味方が安全圏まで脱出するまでここで指揮を執り時間を稼ぐ者が必要であり、危険度は高く戦死や捕虜になる可能性が高い貧乏籤である。
ゴッツ将軍の周りに集まっていた参謀や主要メンバー達は死刑判決を待つ囚人の如く青い顔をして互いを横目でチラチラ見合う。
「おい、セクハラ中佐」
ゴッツ将軍は一人の士官を見ながら言う。その青年士官はパーマ気味の長いブラウンの髪をして丸眼鏡をしている何処か胡散臭さが漂う男であった。その青年士官は強面の将軍に睨まれても自分は関係ないとばかりに何処吹く風の様子であった。
「お前のことだよファート中佐。お前にセクハラ中佐の汚名を返上する機会をやろう。泣いて喜ぶがいい。
今よりここの全権を貴君に委譲する。栄光ある要塞司令官として友軍の撤退を援護せよ」
ゴッツ将軍はニヤニヤしながら以前から気に入らなかったファートに殿を命じた。
たまたま目があった。
優秀さが鼻に付いていた。
などではない。
ファートがゴッツ将軍に睨まれているのには明確に理由が合った。
サルタリス要塞を守護するためゴッツ将軍が派遣されたばかりの頃、女癖の悪いゴッツ将軍は早速悪い病気が発病して目に付いたある女性士官に手を出そうとした。だが運が悪いことに、たまたま居合わせたファートはゴッツ将軍が手を出すより早く女性士官にセクハラをしたのである。ファートの頬には真っ赤な紅葉が咲き女性士官は激怒してその場を去って行きゴッツ将軍は肩透かしを食らったのである。
以来ファートをセクハラ中佐と揶揄し自分の獲物に手を出したと逆恨みしていたのである。
「了解です」
セクハラ中佐と揶揄され死にも等しい殿を命じられてもファート中佐の顔に絶望が浮かぶことは無かった。淡々と命令を受諾する。いや寧ろその口元が僅かに微笑んだのを注意深い者は気付いただろう。
「他の士官は私と共に後方より脱出する。敵に気付かれないように護衛部隊は必要最小限の人員とする。編成を急げ」
「ゴッツ将軍」
「なんだねアミ少尉」
ゴッツが睨む先には女性士官がいた。
ショートの碧髪をした女性でそのブルーの瞳は理知的な輝きをしていた。少し幼さが残りながらも理知的な美人と兵士の間では人気が高かった。少尉の身で将軍であり伯爵に直訴を試みるとはおとなしそうな顔をして芯は強いようだ。
そんな彼女こそゴッツが目を付けた女性士官である。
「ファート中佐一人でここの指揮は無理です。残って補佐したいと考えます。許可願います」
「ふんっいいだろう。セクハラ中佐と運命を共にしたいとは酔狂だな」
ここがあっさり陥落しては自分達の脱出も危うくなるとの打算が働いたのか意外なほどあっさりと認めた。
女性士官を手籠めにする遊びも自分が無事でこそ。要塞を見切ったのもそうだが、無駄な色気を出さない損切と割り切りは優れていた。
「他にもセクハラ中佐と運命を共にしたい者は居るか」
ゴッツ将軍は面倒とばかりに士官達をぐるりと見渡し尋ねる。
「部下達を見捨てられません自分も残ります」
士官学校首席卒業とエリートのはずの副官セイツは意外と情に篤いのか志願した。
「キャリアを台無しにするつもりか」
「仲間は見せてられません」
「青臭さを捨てられなければ上にはいけないぞ。まあいい今回生き残れればいい経験になるだろう」
役に立つ男だと思っていたがゴッツはあっさりと認めた。立候補しなくてもゴッツはファートの補佐に2~3人は指名する気だったので都合が良かったようでもある。厚顔無恥のようであるが部下を死地に送るのに痛む心もあるのである。
「俺を呼び寄せておいたのはこの為か。俺も当然残らせて貰うぜ。まだ部下が前線にいるんだ」
サルタリス要塞最強の戦闘部隊隊長のガウデ大尉が申し出には、ゴッツも顔を顰めた。
大柄でゴリラのような男臭い顔立ちをしていて見るからに戦士を連想させ、事実自身でメタームズを操り先陣を切る豪傑である。その豪胆で竹を割ったような性格でありながら下の者の面倒見がいい彼は部下からの人気も高い。
「貴様は駄目だ。私の脱出を援護しろ」
ガウデ大尉率いる部隊は精強でサルタリス要塞をここまで保ったのも彼の部隊の功績が大きい。当然安全を高める為にもガウデに護衛させるつもりでいた。
「そんなの腰巾着に任せておけよ」
「命令拒否と受け止めるぞ」
「俺は大尉だ。承服できない命令を拒否できる権限はある」
「軍事法廷を楽しみにしているんだな」
ゴッツの出来る最大限の恐喝である。命令拒否が軍事法廷で認められれば最悪処刑もあり得る。
「お前こそ敵前逃亡罪で訴えられないように気を付けるんだな」
「・・・分かった」
これ以上ここで問答をしても時間を無駄にするだけと悟ったのかゴッツが折れた。
「時間が無い急ぐぞ」
ゴッツ将軍が司令室から出て行くと置いていかれては堪らないと志願しなかった士官達は慌てて続いていく。
司令室に残された者達の顔は蒼白であった。参謀士官達はまだしも自分達は選択肢を与えられること無く死地に留まることになったのだ仕方なかろう。それでもパニックにならないのは軍人としての矜持と自分達が捨て駒にされたことも知らずに前線で戦っている仲間を思う気持ちによるものである。
「どうしますか?」
先程率先して残ることを希望したアミ少尉がこの場に残された者達を代表して最高責任者となったファートに尋ねる。
「私が指揮を取ることになりますがよろしいですかなギャラティック少佐」
ファートは手で一旦アミ少尉を制して、先にオールバックにしておいてどこか枯れた風貌のギャラティック少佐に尋ねる。
「不満なんかありませんよ。ファート司令殿」
ギャラティック少佐はサルタリス要塞に建設当初からいる駐在士官である。サルタリス要塞はガリア王国の経済を支える鉱山地帯防衛の要所の要塞とは言え王都からは遠い僻地であり軍人達からの人気は低い。ギャラティックは上層部に煙たがれ早々に飛ばされて以来今に至るまで駐在している。今回の防衛の為に招集されたファートとは何かと気は合うようである。
「快諾感謝する」
無頓着のようでありファートは今後の規律を保つ為に筋を通したのである。
「改めて聞きます。どうしますか?」
「少し深く潜る。三分間は話し掛けるな」
自分と運命を共にしてくれると志願してくれた者に対して、ファートは素っ気なく答えると戦況ディスプレイの傍まで行くと焦点の合わない目で俯瞰しだした。
「了解です」
己にセクハラし危機において真っ先に切り捨てられるような男、それでいてアミ少尉は頼もしそうな目でファートを見るのであった。
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