『続』の章(八)

 その日の夜は慌ただしいの一言で、兄妹で両親を騙していたことに酷く怒られた。

 しかも犯人は武器を持っていたことも知られ、深く心配されることになり、

「ごめんなさい」の一言だった。

 夕日も、兄として頭を下げ、事の顛末を一から十まで話て「自分のせいだ」と口にする。

 そんな夜。

『裏田さん』だったのは純菜の彼氏で新川良次にいかわりょうじという生徒。

 この良次は、先の純菜を一人にしたという人物だったが、その実は自分で純菜を怖がらせてイタズラするということだったのに、ねねたちの「邪魔」が入ったこと、そのあと自分に冷たくなり別れ話を持ちかけられたことに怒りを感じ、今度は生徒会のメンバーと行くという情報をえて武器を持ち、脅かそうとした。

 しかし、良次の思惑通りにはならなかったという。

『裏田さん』の格好をしてからの記憶が曖昧で、覚えているのが武器を振り上げて純菜を攻撃した。そのあとサクラに追いかけられ背負い投げされたこと。

 まるで夢遊病のようだったと警察に話したらしい。

「これが警察から聞いた話」

 朝、ふわりと風が吹いている。いつもの窓を開けてサッシに座るサクラと、その横で椅子に座り台本を読んでいる百合姫、そして、それを見るねね。各ポジションで話を聞いたねねは何とも言えない顔をした。

 警察に事情聴取されたのはサクラと夕日だけだったので実情は知らなかったから、そんなことになっていたとは驚きの一言で、なんと言っていいか分からない。

「はぁ、これで『裏田さん』の話は終わりだな」

 サクラは髪をなびかせながら、ねねに言う。

「もう新川先輩のせいってことで片付くんですか」

 現実、良次が捕まったのだから、それでいい。

 もう『裏田さん』の話は良次のせいであり『裏田さん』はいなかったのだ。

「生徒会のメンバーも結城……兄貴のほうな。怪我人がいること、傷がなかったメンバーもいることだし、噂はバッと広がるさ」

 それを聞いて、ねねは喜ぶべきか怪我をしてしまった悠大や純菜を心配するべきか。悲鳴のおかげで、すぐに行動できたサクラたち一行の行動で「事件」は解決したのだから、自分のことを思えば『裏田さん』が終わって『普通』が戻ったと喜ぶべきなのだ。

「あの、新川先輩は」

「……本人は分からなくなってたとは言ったが、武器を持って人を襲ったんだ。それなりの処罰が下るだろう」

 当たり前か。

「先生、懲戒免職とかならないですよね?」

 次の心配事をぶつければ、サクラは困ったように笑い、

「夕日がな、自分たち兄妹が肝試しするのを心配した亜鈴柀ありすぎ先生が特別に校内にいれてくれた。見学しているおり、悲鳴を聞いて駆けつけたら新川という変な格好をした人に会い、亜鈴柀ありすぎ先生が対応してくれた」

 てね、と夕日がかばったのを初めて聞いた。

 昨日は夜中だったし、ねねは警察署に行くことなく、家で待機。夕日と朝ご飯を食べなかったので話ができない状態で、不安のまま学校に来、すぐさま音楽室に来たのだ。

「まあ、校長のお怒りはごもっともだったから。しかも、わたしが学生の時と同じだってのもあってか。お目こぼしもいただいて、どうにか教師を続けられそうだよ」

 首を傾げたサクラに対して、百合姫が非難の目を向けているのをねねは見る。

「でも、亜鈴柀ありすぎ先生も危なかったじゃないですか」

 あれねえ、とサクラは口にして乾いた笑いのまま遠くを見ていた。

「新川とわたしじゃあ、体格違うし、力もね。避けて警棒も振り回してたんだけど、腕に新川の武器が当たっちゃってさ。そんな時に夜波は来るし。アタックするし、そのおかげで一本とれたけど」

 今度の百合姫は、ねねを見ながら眉を顰めている。

「我ながら無茶をしたよね」

 百合姫は何もできないから傷つくことを忌避しているのかもしれない。

 そんな批判の目を、ねねはサクラを見ながら、ちらちらと見ていた。

「夜波、朝さ、全校集会があるから、早く教室いきな」

「『裏田さん』のことですか?」

「あー、肝試しが続いていたことと犯人が捕まったこと、だな。新川の名前は出ないけど、生徒がやっていた、てのは出るね」

 それにねねは、ほっとする。さっきも感じた通り『裏田さん』がなくなる。

「じゃあ、教室に行きます。その、ご迷惑をおかけしました」

「わたしが迷惑かけたもんだよ。新川から助けてくれてありがとう」

 サクラの笑いを見て、ねねは音楽室をあとにした。

 とんとんと階段を下りながら、ねねは昨日から続く動悸を抑える。

『違うわ』

 頭の中でリフレインが続く。

 あの場で百合姫がそう言ってたなんて言えないし、その百合姫は不機嫌そうで、放課後にでも話が聞けるか分からない。

 何が違うんだろう。ねねの中で疑問が浮かぶ。

 新川の顔を見て言っていたのだから、百合姫は『裏田さん』の中身を知っていたのだろうか。

 なら、ねねたちに「誰々がやっているのよ」と言うはずだ。

 そしたら、その人をターゲットとして『裏田さん』の格好をするところや生徒会のメンバーが傷つく前に止められたはずだ。

 言わなかったのは何故か。

 考えている内に、自分の教室へ入るとパッと教室内の雑音が途切れ、視線がねねに集まる。

「え……」

「おい、夜波さあ、昨日の夜にいたってホントかよ?」

 いつもは話しかけてこない水戸瀬みとせが、ずいっと身体を寄せてきて、ねねは一歩後ろに下がった。

「昨日?」

 とぼけるつもりはなかったが、水戸瀬みとせの圧に耐えきれなくて小さい声しか出せない。

「先輩たちが言ってたんだよ。昨日、新川っていう先輩が『裏田さん』だったって。その場にお前がいたってのも聞いた」

『噂』が早い。漏らしたのは生徒会のメンバーかと一瞬、思ったのだが、良次が事前に『裏田さん』をやると言っていたら、良次の仲間は今回の件を軽く想像するだろう。

 悠大や、彼女の純菜が怪我しているのも加えて、警察が来ていたという話も伝わったかもしれない。

 ねねは、どうするべきか悩む。

 ここで「いたよ」と言って何になるのだ。「いなかったよ」と言っても嘘が露呈する可能性があるし、ねねは正直に話すべきか、ちらりと背が高い水戸瀬みとせを見上げる。

「いた、よ。いろいろあって、昨日、肝試しして」

 現場に居合わせたよ、とは言わず。それに加えて『裏田さん』を捕まえたことは言わず、ただ「いた」とだけ伝えた。

「マジで人間だったのか」

亜鈴柀ありすぎ先生が捕まえたから」

「なーんだよ、もう」

 水戸瀬は腕を上げ、手のひらで後ろ頭を支えると、つまらなそうに「ケッ」と言ってがさつに自分の席に座る。

 すると静寂だった教室が一気に孵化して、ねねの周りに人集りができた。

『裏田さん』を見たか、とか、怪我した生徒がいたのは本当か、とか。誰と行ったのかまで聞かれて「ごめん、見てないや、知らないや」と押し通す。

 すれば「そっかあ」と返され、すぐに群衆はばらけた。

 そして集団はメンバーごとに別れて「昨日のテレビ見た?」「読んだ?」「聞いた?」と『普通』の会話が聞こえてくる。

 これだ。ねねはこれがほしかったのだ。

 鞄を抱えたまま自分の席に行き、机の上に置くと、

「ねねちん」

 少し不機嫌そうな顔の真琴が近づいてきた。

「いろいろさ、噂、聞いたけど、そのさ、大丈夫だったの」

 真琴は、昨日、ねねが学校に行ったことを知っているような口ぶりで、ねねをじっと見る。

 彼女なら誤魔化す必要はないと、ねねは「あとでね」と小さく答えた。

 それに真琴は「なら、いいけど」と不機嫌なままで、疑問に思っていると、

「結城」

「へっ!?」

 静かにねねの前に座っていた結城に目線が行く。

「結城の兄貴が怪我したって朝練の時に先輩に聞いた」

「……ああ」

 広大と二人で目が泳ぐ。

 真琴はのけ者にされているのが嫌なのかもしれない。

「あまちゃん、ちゃんと話すよ」

「うーあー! これってあたしが調べてきた七不思議が解決したと同じじゃん!」

 ぐぅうと真琴が頭を抱える。

 そうだ、彼女には先輩に七不思議を聞いてきてほしいとお願いしていたのだ。

『裏田さん』の件が片付いたなら、他の七不思議に「驚異」はない。

 調べる人もいないだろう。なんと言っても『裏田さん』が一番のトレンドだったのだから。

「で、でも、これで普通の生活、だよ」

 広大が口をもごもごさせながら真琴に言う。

「そうだけどさ、水戸瀬のツマンネーッて顔、見たぁ? 一番ホッとしてるの、多分、自分だよ。また野球部の先輩たちに連れて行かれなくてすむから」

 それもそうだ。昨日は生徒会のメンバー以外の生徒はいなかった。一昨日の騒動で「勇気」を出して行く人たちはいなかったということ。

「あ、結城くん、お兄さん大丈夫だった?」

「えっと」

「おい、お前らー、今日は集会があるから体育館行くぞー」

 襟戸えりと先生に会話は遮られ、ざわざわと「どうした」「なんだ」と言って廊下に並ぶ。

 そのまま階段を下り、体育館の道を進めばサクラの言う通り、集会は肝試しのことと犯人が人間だったという、サクラの言葉通りの話だった。

 これ以上の肝試しは即刻謹慎処分をするとのお達しも出て、もう肝試しをやろうなんて思う人はいない。

 はあ、とねねは息を吐く。それを感じとったのか結城が軽く振り向いて「よかったね」と小さく言った。

「うん」と返して、また体育館を出る。

 一限目の授業が始まり、とんとんとんと昼休みまできて、流石に教室内で事の顛末を話のは不味いと思い、悠大のことも気になるし、広大を連れて学食に行って聞かれないであろう席につく。

「はあ、なるほどねえ」

 夕日のことも、サクラのことも、悠大や純菜、良次の話もして真琴は長い長い旅路を終え、感心というか脱力して箸をカチカチ鳴らす。

「お行儀悪いよ」

 ねねの言葉に真琴はニヤリと笑い、

「ねねちんほどじゃないよ。あたしに黙って肝試ししたんだから」

 そう言われると言葉が詰まってしまったので、

「結城くん、お兄さんは?」と話を振る。

「あっ、打撲程度だって。その北利純菜きたりじゅんなさん? をかばって叩かれたって」

「そっか、骨折とかじゃなくてよかった」

 あの場で蹲っていた悠大と純菜は思っているより怪我は軽いようで、ねねは安心した。

 武器を持っている血まみれで長身の男というショッキングな姿と蹲る人間を見て「最悪」を感じとるのは簡単だったのだから。

「ま、これで終わりか」

 真琴がウィンナーを突きながら、終わりを告げる。

「うん。これで普通の学校生活だ」

 ねねはミートボールを口に入れて、ほくほくと笑う。

 朝の「昨日のテレビ見た?」「読んだ?」「聞いた?」が『普通』なのだ。

 サクラや夕日から七不思議を聞いておいて裏切るような形だが、これ以上の進展はないだろうと、ねねは安心する。

 だが、

『違うわ』

 その言葉が頭の中に残っていた。

「……百合姫先輩」

 ぽつりと呟き、

「なに? ねねちん?」

「ううん、なんでもないよ」

 真琴の疑問を消して、ねねは本当に終わったのかと想像してしまった。

 それを広大に聞かれたままに。

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