第2章 悔やんだ過去を書き変える 1話① 自分の本心で選択するということ
「アヤおはよう、朝だよ」
アヤのお腹の上を飛び跳ねるムンの声で目が覚めた。
「わーい、朝ごはんの部屋に行こう」
サーンがアヤの頬をツンツンした。
顔を洗いムンとサーンとリビングに降りて行くと、
シュラがいた。
「おはよう、今日はあんたにとってここでの最初の朝ごはんだ、
特別にあんたに選んでもらおう」
「朝ごはん・・」
まだよく出ていない声でアヤはそう答えた。
「そうとも、朝ごはんは大切だ。今日は客人がやってくる日だからね」
つまりあんたにとって最初の仕事だ、シュラはそういい、リビングの奥にある扉を指さした。
アヤは促されるままにその扉に近づきドアノブをまわした。
「わわわ・・」
アヤは急いで開いたドアにつかまる。
足場かない、そこはまるで宇宙のように藍色の空間が広がっていた。
そのどこまでも続く暗闇の空間に色とりどりの無数の扉があった。
「ふふ、心配することはない、一歩踏み出してごらん」
「だって足元が・・」
「大丈夫」
微笑むシュラの言葉に迷いはない、シュラがいうならそうなのだろう。
アヤは目を瞑ってえいやっとその空間に入った。
不思議なことにシュラのいうとおり、その空間をちゃんと歩けた。
「選びなさい、好きな扉を」
背後からシュラの声がした。
「人生は選択の連続だよ、そしてその選択が未来を創造してる、朝ごはん一つもね」
アヤはちゃんと目をあけ、
好きな扉を意識してみた。色とりどりの、様々なかたちの扉から、
一つに向かって歩いた。
「選んだら、開けなさい」
シュラの声に導かれるように、扉のノブに手をかけ、開いた。
眩しい日差しと海の香り。
「わーい、今日はハワイのごはんだ」
アヤの視界に砂浜に駆け出すサーンとムンが見えた。
背後にいたシュラも、いつの間にかアヤの目の前にいた。
「意外だね、パリでクロワッサンかと思った、あんたの雰囲気から」
そして、
「でも、最高じゃない?海を見ながらパンケーキもさ」
とシュラは両手を大きく開いて笑った。
白い砂浜と乾いた太陽の日差し、砂浜に用意された白いテーブルクロスをかけたテーブルの上には、シュラのいうように、パンケーキとエッグベネディクト、それから
トロピカルドリンクにオレンジジュースとたっぷりとバターとシロップ。
「すごい」
ただ茫然と圧倒されるばかりのアヤに、どうぞ、とサンが椅子をひいてくれた。
「驚くことはないさ、あんたが用意してくれたんだよ」
「あ、でも私はただ扉を選んだだけです」
戸惑うアヤに
「ふふ、それが、この食卓と時間を創ったのさ」
生きるってのはね、創造なのさ、いずれすべてわかる、とシュラはテーブルに座りながらいい、
まだ困惑しているアヤを見て、
「いいかい、私がいえるのはただ一つ、昨日もいったけど、どんなことも楽しむってこと」
楽しむってこと、その言葉はアヤの心の中に優しく波のように広がる。
「あんたが今いる次元は確かに今までいた次元とはちょっと異なる。
戸惑うだろうけど、でも実はそんなに大差ないんだ。
しいて言えば、私も、サーンもムンも、トトもここ蓮の庭ではすべてが可能だと知っている」
このパンケーキ絶品だわ!シュラはそういいながら、アヤを見つめ、言葉を続けた。
「あんたがいた次元では、それは不可能だと信じ込まされている、その違いだけ」
シュラは一旦言葉を区切り、
「そしてこれはアヤあんただけにいってるわけじゃない」
シュラはアヤの向こう側一点を見つめたまま
「この画面の向こう側にいるあんたたちにもいってる。偶然じゃないよ、
この世界を見ている時、見ているんじゃない、あんたたちも、この物語の中にいる一人なんだ、忘れないで、蓮の庭へようこそ」
アヤは振り返った。
「え?誰?どういうこと?」
シュラは笑った。
「ふふ、まあ、独りごとみたいなもんさ」
アヤは、腹を括った。シュラがいうように、ここにいる自分を今は完全に楽しもう。
とにかくすべてを受け入れて、だって、本来ならば二度と戻ってこれない場所へ(一回目の記憶がないにしても)戻ってこれている自分がいる。
そしてその奇跡が正道に繋がっていることも知っている。
今度は二人で生きる過去から未来までを創造し直す、確かに決意したのだから。
目の前に起こることはすべて恩恵であり、再生への道なのだ。
アヤは大きく頷いて、パンケーキを頬張る。
「本当だ、おいしい!」
シュラは笑いながら、
「さあ、そろそろ戻らなきゃ、トトがお客人を連れてくる時間だ」
「それはつまり、過去を変えにくる人ってことですか?」
「そう、あんたに手伝ってもらうっていったけど、実践が一番かなと。
今日は一日私にしっかりとついていなさい」
リビングに戻ると同時に、窓の外からバサバサという鳥の気配とドスンと人が落とされる気配がした。
「あ、いたた」
アヤは瞬時に昨日の自分を想い出す。(それがトトらしいおもてなしなのだろう)
シュラが玄関のドアを開けて
「ようこそ、蓮の庭へ」
トトに手厚い歓迎を受け腰をさすりながら、初老のご婦人がシュラを見た。
「驚いてるのはわかるけど、手っ取り早くいうよ、ここは変えたい過去を変える場所、あんたそれをどこかで望んだでしょ。それを天が許したのさ」
「ええ、ええ、ええ、確かに望みました。そうなんです、そう、で、それが叶うんですか?」
ご婦人が今度はアヤの方を見た。
アヤはただ大きく頷いた。わかるよ、私だって驚いたもの。
「名前は?」
シュラの問いに
「優実子と申します、よろしくお願いします」
とよいしょと起き上がり、シュラに手を差し出し握手しそう答えた。
サーンがソファに腰かけた優実子の前に紅茶を差し出した。
「ありがとう、かわいい人」
「サーンだよ」
とサーンがいうと、優実子は、かわいい、と微笑んだ。
「さっそくだけど、話を聞きましょう」
シュラのその言葉に、
「ええ、私この歳まで、看護師という仕事を天命と思い、実際にね、私にとってとても合う仕事だったわ、今年定年を迎えたんだけど、ふとね、あの日のことを想い出すの」
「あの日?」
アヤがそういうと、
「ええ、友人がね、仕事ばっかりしている私に男の人を紹介したいって、
本心をいうと、その話を聞いた時、とてもときめいたの。でも私その時は結婚よりも仕事の責任感を優先してしまって、そのお誘いを断った」
優実子は一つ溜息をついて、
「今思うの、あの時友人が伝言してくれた約束の場所に行ったとしたら、私の人生は変わっていたのかしらって、寂しいからとか、今後が不安だからとかじゃないの、ただ、知らない自分がいたかもしれないと思った時、なぜかずっとひっかかっていたあの日に戻れたら、どんな自分になっていたんだろうって」
恋らしい恋もしないままこの歳まできてしまったわ、と微笑んだ。
「人生は一瞬一瞬すべて選択ですものね、でも今ここに来れたという事は、天があなたにその機会を与えたということですよ」
シュラはそういい、
「私に出来るのは、それを手伝うことなんです。あなたはある場面の過去に戻る、
その日からこれまでのあなたの現実はあなたが見た夢として処理されます、その夢を見た前提であなたは目覚め、そこから新しい選択をしていけます」
優実子はシュラを真っ直ぐにみつめたまま、一度頷いた。
「ただ、この蓮の庭で私と話したことはあなたの記憶から消える、だからそこから先は自分の本心ですべて選んでいかないといけない、心が望む方へ、自分の本当の気持ちを大事にして」
アヤは思う。自分の過去も含め、それは簡単なようで簡単じゃない、でも、絶対的に必要なものだ、と思う。
自分が自分を導ける、自分が自分の人生の主導権を握るために。
「そうなのね!それはとてもわくわくしますね」
優実子は子供のように瞳を大きくし顔を輝かせた。
「稀にですが、またまったく同じような選択をする人もいる、でも、きっと、あなたなら、あなたの望む新しい選択が出来ると感じます」
今のあなたのように自分を楽しんで、自分の本心で選んでいけるならば、
シュラは微笑み、
「承りました、あなたの悔やんだ過去を変えましょう」
そういった。
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