第2章 悔やんだ過去を書き変える 1話② 自分の本心で選択するということ

「あの蓮の中に、あなたの鍵がある、まずはそこから始まります、どうぞ選んでください」


シュラがそういい、窓の外の蓮の庭へと優実子を促した。


優実子は玄関のドアを開き、迷わず咲き乱れる蓮の庭の前に立ち、


そして迷わず一つの蓮を示した。


蓮から金色の華奢な一つの鍵が浮かび上がり、優実子の手の中に納まった。

魔法みたいだわ、アヤはそれをただ映画を見るようにみつめた。


「じゃあ、家の中に戻りましょう」

シュラに促され家の中に入ると、あの重厚な本が置かれた本棚が開き始めた。

その中にあった錆びだらけの一つの古びた鉄の扉が姿を現した。


「まあ、すごい魔法みたいね」

優実子もそういった。


「どうぞ、その鍵を使って中の部屋へ、その部屋にもう一つ、過去に戻る赤い扉があります。私たちはその部屋にいてあなたが創造する新しい過去を書き写し、今までのあなたの過去を夢として処理し、新しいあなたの過去を現実に書き換えます」


もしも引き返すなら今ですけれど、とシュラの言葉に優実子は微笑み大きく首を振った。


「大丈夫、行きます」


シュラのいうように、鉄の扉の向こうの部屋に入ると、鏡と大きな赤い扉があった。


「あの、ありがとうございます」

優実子は深々とお辞儀をした。そして、

「あなたたちの事は忘れるのね、でもきっと魂ではきちんと刻まれていて、あなたたちの事も自分の中にちゃんと残り刻まれているように感じるの、ここに来た時まで、ただ知らない自分をみてみたいと思ってたけど、今はそうじゃない」


シュラとアヤ二人を交互に見ながら、


「もっと大きなことかもしれないと思うの」

優美子はそういい、瞳を閉じて頷いた。


「なぜならこの世界に生きる私たちは縁で繋がっている、だから私の選択が変われば、それがどんな風に影響するか計りしれない、だからこそ、シュラさんがいってくれたように、自分に正直に、自分の心が望む方へ歩いていく、私はそのことをけして忘れないわ」


シュラは優実子にただ黙って微笑みながら頷いた。


「あの、きっと優実子さんなら出来ると思います、そう感じるんです、優実子さんの選択がきっと誰かの助けになったり、優実子さんが自分に正直に生きる自分への愛が、きっともっと大きな愛になっていくんだろうって感じるんです」

アヤはなぜか泣いていた、心が震えていた。


「ありがとう、忘れるんだろうけど、忘れないわ、あなたの涙も優しさも」




※~※~※~※~※~※~※~※~※~※



目が覚めると、夕日が秋の気配とともに部屋をオレンジ色で満たしていた。


「夢か」


優実子は冷蔵庫から麦茶を取り出し、喉を潤した。夜勤明けで少しソファで横になっていたら、そのまま眠っていた。


「ありそうな、夢だったな、一生一人でいて、仕事だけしてるなんて」

ふと優実子は昨日同じ看護師の同期にもらったメモのことを想い出した。


申し送りが終わり病棟をまわり始めた優実子に、帰宅組の日勤だった祥子が満面の笑みで優実子に近づいてきた。


―ねえ、優実子、実はさ、私の結婚式の日に彼の同僚があなたを見染てて、あなた是非会いたいっていってんのよ、覚えてないかな?すごくハンサムな人いたでしょ?わるい事いわないからさ、会ってみなさいよ、ね、あなた一週間後の24日休みでしょ、お昼ちょうどに、ここが待ち合わせ場所だからさ

―そんな勝手に決めないでよ、覚えてないし、興味ない


病棟の廊下で無理やり白衣のポケットに押し込まれたメモ用紙。


―私は明日からハワイに新婚旅行だからね、あんたもうまくやんなさいよ、じゃね

―ちょっ待ってよ


祥子は頭から幸せの湯気をだしながら、足早に帰っていった。


そういえば、着替えた時、白衣から取り出すの忘れてた、まあ、いっか、明後日の日勤の時忘れずに見ておこう。


「あの、落としましたよ」


病棟の患者を外来にある1階のレントゲン室まで車椅子で運んでいたら、廊下ですれ違いざまに、そう声をかけられた。


「あ、すみません、ありがとうございます」


男の人が優実子にその小さな紙切れを差し出す、時が止まったように感じた。

美しい低い声と、瞳。流れるような優雅な手の気配。


優実子はお礼をいい受け取り、また忘れてた、祥子のあのメモだわ、とまた急いでポケットにしまった。


それからふと、もう一度、振り返った。


そこにあったのは、いつもの忙しい朝の外来患者が行き交うフロアの光景だった。


そしてお昼休憩の今、テーブルに置いた二つの白いメモに優実子は困惑している。


一つにはコーヒーショップオリビアと書かれている、もう一つには喫茶カトレアと書かれていた。どちらも病院の近くの喫茶店の名前。


―一週間後の24日お昼ちょうどよ

祥子の声が頭の中でした。


祥子に尋ねれば答えはすぐに出るだろう、でも、祥子は今頃ハワイ行きの機上だ、彼の隣できっと変わらず全身から幸せな湯気を出しながら。


優実子は、

「面白い」

と一人微笑んだ。


その時優実子の耳元で誰かが囁いた気がした。


カトレア


優実子は二つのメモをみつめ、それから、一つのメモを手に取った。

迷いがなかった。なんなら本当は見た瞬間すでに選んでいた。


なぜだろう、宇宙の星々の中浮かんでいる自分がいて、目の前に二つの扉があって、その一つを選んだ、そんな気分だった。












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