第26話 青とマーガレット
ミサの時間まではまだ余裕があった。
リヴィアは人々の笑い声につられるように、もう一度広場へ足を向けた。
すでにコンテストの片付けは終わり、代わりに歌や踊りの準備が始まっていた。
(少しだけ……見ていこうかしら)
参加はできなくても、こうして眺めているだけなら悪くない。
領民たちの楽しげな表情を見ていると、心が少し軽くなった気がした。
やがて音楽が鳴り出す。
若い男女が手を取り合い、陽気な節に合わせて身体を揺らしながら踊り始めた。
上品な宮廷舞踏しか知らないリヴィアには、こうした自由な踊りはとても新鮮で、思わず目を奪われる。
一組の踊りが終わると、美しい女性のもとへ何人もの若者が赤いリボンを差し出していた。
何事かと思い見守っていると、女性はその中の一人のリボンを受け取り、髪に結んでいた白いリボンをその若者へ手渡した。
そして二人は再び、手を取り合って踊り始めた。
互いを見つめるその瞳には、あたたかな想いがあふれている。
(……あれは、告白の儀式?)
ようやくリヴィアは気づいた。
赤いリボンは、恋の想いを伝えるしるしなのだと。
――エドモン。
つい先ほどの出来事が脳裏によみがえり、リヴィアの顔から血の気が引いていく。
あのとき、自分は何も知らず、彼の差し出した赤いリボンをただの謝罪の印だと勘違いして――。
(まさか……知らずとはいえ、傷つけてしまった?)
胸がぎゅっと締めつけられる。
リヴィアは目を伏せ、小さく息を吐いた。
(……もし、そうなら、謝らなきゃ)
それが彼の誤解だったとしても、自分のせいで誰かが悲しむのは嫌だった。
「リヴィア、どこへ行くんだ?」
立ち上がってエドモンを探しに行こうとしたリヴィアに、ヴァルトが声をかけた。
「領主様、お疲れ様です」
コンテストのあと、巡回を終えたヴァルトが広場へ戻ってきたようだ。
「リヴィアこそ、祭りの準備をよく手伝ってくれたな。おかげで良い祭りになった」
楽しげに踊る男女を眺めながら、ヴァルトは満足そうに微笑んだ。
「あ……グラシアン補佐官を見かけませんでしたか? 伝えなければならないことがあって……」
リヴィアは、自分の思い違いかもしれないと前置きしつつ、エドモンとのやり取りについて説明した。
「……確かに、赤いリボンには“告白”の意味がある」
やはり。想像通りの答えに、リヴィアの中でエドモンに会いに行かねばという思いがさらに強まる。
「だが、それだけじゃない。見てみろ。子どもたちも赤いリボンをつけているだろう」
若者たちの横で可愛らしく踊る子どもたちの髪や腕にも、赤いリボンが巻かれていた。ほかにも、さまざまな色のリボンが見える。
「リボンは、男女の恋愛だけを表すものではない。親が子どもの健康や幸福を願って贈ることも多い。色によって意味は違うがな」
なるほど――リヴィアは腑に落ちた。
それならば、リヴィアより十歳ほど年上のエドモンが自分にリボンを贈った理由にも納得がいく。赤の意味は定かでないが、明るい子に育ちますように、あるいは健康でありますように――そんな願いが込められていたのかもしれない。
エドモンが自分に好意を寄せているなど、思い上がりも甚だしい。あやうく勘違いして恥をかくところだった。
その前にヴァルトに会って、意味を教えてもらえて本当に良かった。
「それは――白いリボンか?意味をわかってつけているのか」
「え……ああ、たぶんイザベラさんが」
化粧のついでに髪も結い直してくれていた。きっとそのときに、こっそり付けられたのだろう。
「――白は未婚者の証だ。つまり、恋人募集中という意味になる」
「えぇっ!?」
ヴァルトの言葉に、リヴィアは驚きの声を上げた。
思えば、男女の出会いにこだわっていたイザベラのことだ。赤いリボンの時点で気づくべきだったのかもしれない。
「すぐに外します!」
リヴィアは慌てて髪からリボンを外した。するとヴァルトが手を差し出してきた。
「せっかくのイザベラの好意を無下にしたら、彼女が悲しむだろう。そのリボンは俺が預かろう。代わりのリボンを買ってやる」
そう言ってリヴィアからリボンを受け取ると、ヴァルトはそのまま露店へと促した。
「い、いえ!領主様に買っていただくなんて、とんでもないです。自分で買いますから!」
リヴィアが慌てて言うが、ヴァルトはどこ吹く風で、棚に並んだリボンを真剣な顔で見比べていた。
そして、マーガレットの花が刺繍された青いリボンを一つ選び取る。
「これを。俺は君の言うならば保護者のようなものだ。遠慮せず、受け取ってくれ」
差し出されたリボンを、リヴィアはおずおずと受け取る。
「この色には……どんな意味があるんですか?」
「青は――信頼、だな」
なるほど、とリヴィアは静かに頷いた。そして髪にそのリボンを結ぶ。
道行く人々の中にも青いリボンをつけた者がちらほらいる。その多くは、家族連れだった。
――家族のように信頼している。
ヴァルトがそう言ってくれている気がして、胸の奥にじんわりと嬉しさが広がった。
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